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蒼い海への誘い  作者: 南条仁
第9部:もう一度キミに 〈千歳編・一色千歳END〉
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第1章:けじめの旅《断章2》

【SIDE:一色千歳】


 夏の日差しが眩しいほどに照らしている。

 私は車いすに乗りながら、駅のホームに降り立つ。

 海の香りを運ぶ風が私の髪を揺らめかす。

 

「海の匂いだ。電車の窓から海が見えたもの」

 

 朔也ちゃんの生まれ故郷、美浜町。

 海が綺麗な町だって彼が言っていたのを思い出す。

 

「来ちゃった」

 

 過去にけじめをつけるための一人旅。

 私は朔也ちゃんに会うためにここまできた。

 “後悔”を“納得”に変えるために。

 この足で一人の旅には不安もあるけども、頑張ると決めた。

 電車を乗り継いでいくと、たどりついたのは田舎ののどかな風景。

 

「どこまでも続く広い海が見たいなぁ」

 

 あんまり海には縁がなくて、ちゃんと見た事がない。

 海で泳いだ経験も子供の頃に一度しかなくてあんまり覚えていないくらいだ。

 近くにあると言う海を見ようと思い、町を歩き始めた。

 駅前の商店街は賑わっている。

 昔ながらの町、と言う言い方は失礼かもしれないけども、都会にはない雰囲気のあるお店が並ぶ商店街だった。

 近くにいた人に道を尋ねて、私は海へと進み始める。

 車いすの扱いにもずいぶん慣れたもので、今では自分の足のように動かせる。

 都会の喧騒のようにうるさくもなくて、静かで穏やかな街並みが気にいる。

 海岸沿いの道路にたどり着くと海はもうすぐそこまで見えていた。

 ふと、前を向くと2人の可愛らしい女の子達が歩いてくる。

 地元の子達なのか、楽しそうに笑いながら、

 

「待ってよ、千津ちゃん。足が早いんだから」

「桃花がお昼ご飯をのんびり食べてるからじゃない。迎えに行くまでに準備もしてないし。あんまり遅いと先生に怒られるんだからね?」

「うぅ。こんな事なら美人兄に車を出してもらえばよかった」

「文句言わない。はい、ダッシュ。走っていけば十分に間に合うよ」

 

 仲よさそうなふたりが近づいてくる。

 

「あっ」

 

 その時、私のかぶっていた帽子が海風に吹かれて空を舞う。

 この足では無理はできないので、すぐには追いかけられない。

 風に流された帽子は少女たちの真上を飛んでいた。

 

「……えいっ」

 

 すると、少女の一人が元気よくジャンプして帽子をつかまえてくれた。

 

「おー、さすが千津ちゃん。ナイスキャッチ。運動も得意だねぇ」

「このくらい、普通だってば。……あの、これ貴方のですよね」

 

 帽子をキャッチしてくれた女の子が私に帽子を手渡してくれる。

 

「ありがとうございます。助かりました」

「お気にせずに。……あれ?」

 

 少女は私の顔を見ると何やら不思議な顔をして見せる。

 マジマジと見られるとどこか照れくさくなる。

 

「あの、何か?」

「……んー。いえ、何でもないです」

 

 彼女は何か悩んだ素振りを見せる。

 私の視線に気づいたのかハッとして、

 

「えっと、あっ、この辺は海風が強いので気を付けてください」

「はい。注意しますね」

「それでは、お気をつけて。行くよ、桃花。遅刻するから」

 

 少女たちは一礼をすると、私の前から立ち去って行く。

 元気のいい女の子達が駆けていく姿に私は微笑した。

 

「高校生くらいかな。部活とか言ってたし……青春してそう」

 

 この年になると学生時代が懐かしく思える。

 私は何とか海にたどり着いて、青い海を眺めた。

 

「うわぁ、綺麗な海。こんなに蒼い海って初めて見たかも」

 

 きらきらと煌めく水面、潮風香る、深く蒼い海の色に私は驚きの声をあげる。

 雲一つない晴天の空の下、海で遊んでいる子供たちは楽しそうだ。

 

「……いいなぁ」

 

 海を眺めると、すごく心が落ち着く。

 

「私も泳げたら楽しいのに。なんて、無理だけど……」

 

 よくよく考えてみたら、足の障害の前に私は泳ぎが下手だったのを思い出す。

 

「ここが朔也ちゃんの故郷なんだ」

 

 ずっと彼に会いたくて仕方がなかった。

 けれども、私には会う資格がないからずっと会えずにいた。

 この2年で彼にも新しい生活がある。

 きっと恋人だっているかもしれない。

 その新しい日常を壊す事はしたくない。

 これは私の我が侭なのだから……。

 

「朔也ちゃん」

 

 彼に会いたくて、ここまで来てしまった。

 

「……でも、会う自信はないなぁ。姿を見るだけでもいいかも」

 

 実際に会って話すのは怖い、と言うのが本音だ。

 彼を傷つけてしまった事実は変わらない。

 なのに、一目でいいから彼に会いたい。

 

「ホント、自分勝手だよね。私って……」

 

 私は気持ちを抑えられなかった。

 関係を戻したいとか、そんな都合のいい事を今さら言うつもりはない。

 彼は私を許したりしていないだろうし。

 自分勝手なこの気持ちにけじめをつけておきたかったの。

 

「ねぇ、朔也ちゃん。貴方の言う通り素敵な海だね」

 

 私は海を眺めてそんな言葉を呟いた。

 

『海しかない、何もない町だけどな。良い町だと思うよ』

 

 彼がそう言っていた故郷。

 ここにいる、朔也ちゃんも同じようにこの空を見ているかもしれない。

 

「――蒼い海に誘われて、ここまで来たよ。朔也ちゃん」

 

 さざ波の音が響く海に向けて、私はその言葉を静かに放った。

 


 

 

 ……。

 千津と桃花は何とか遅刻せずに学校にたどり着く。

 

「はぁ、疲れた。まったく、桃花のせいで走る事になったじゃない」

「ごめんー。あとでジュースおごってあげるから許して。私のお勧めがあるの」

「桃花は変なジュースばかり好きだから嫌だなぁ」

「美味しいのに。挑戦的なジュースほど魅力的なものはないんだよ」

 

 息を整えながら、彼女達は廊下を歩きだす。

 

「千津ちゃん。そう言えば、さっきはどうしたの? お姉さんの顔を見ていたじゃない」

「……そうだ、あの人ね。どこかで見たような気がして」

「どこがで? 綺麗な人だったから芸能人とか?」

「そーいうんじゃなくて。どこかで見た顔なんだけど思い出せない。前にどこかで会ったのかも。かなりの美人さんだったね。車いすに乗っていたから足が悪いのかな」

 

 千津は再び悩んでいると、天文部の部室についた。

 

「部室についたよ。まだ悩んでるの?」

「んー。誰だったんだろう?どこかで、見たのは間違いないんだけど……」

 

 千津は記憶の中にある女性の顔を思い出せないでいた。

  

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