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蒼い海への誘い  作者: 南条仁
第8部:星々の彼方 〈星野家三姉妹編・星野雫END〉
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第10章:名前を捨てて《断章3》

【SIDE:星野雫】


 鳴海家で一泊させてもらうことになり、私達はお酒を飲んで楽しんでいた。

 すっかりとご両親には認めてもらえて、ホッとしている。

 

「あの朔也が結婚することになるとはな。お前に男の責任がとれるとは思わないが」

「なんだとー? 俺は別に遊んでばかりいるわけじゃないからさ。昔の俺とは違うんだ。それに、ちゃんと教師も頑張ってるんだし。親父も、少しは俺を認めてくれ」

「……どうだかなぁ。いまだにお前が教師ってのが想像できん」

「失礼な。こーみえて、学校では生徒に人気なんだぞ。……うん、いろんな意味で」

 

 朔也はお父さんとお酒を飲みながら盛り上がっている。

 何だかんだ言いながらも仲のいい関係に見える。

 朔也いわく、何でも気軽に話し合える悪友のような親子関係らしい。

 私は優しい雰囲気の朔也のお母さんと話をする。

 

「ああ見えて、旦那も嬉しいのよ。雫さんみたいに、とても綺麗で真面目な人が朔也のお嫁さんになってくれるんだもの」

「私なんてそんな立派な人間ではありませんよ。私は朔也に救われたんです」

「息子に? あの子が貴方のような人に何かを与えられたとは思えないけども」

「いいえ。本当に私は彼と出会えてよかったです。大切な事を教えてもらい、私の心を救ってもらって……幸せな日常を過ごさせてもらっています」

 

 朔也がいなければ、今の私の幸せはない。

 自分と正直に向き合うこともできなかった。

 こんな面倒な性格をした私を彼はちゃんと受け止めてくれている。

 

「……彼が星野家を継ぐという話になってしまい、申し訳なく思っています。そちらにもそちらの事情があったのに、こちらの無理をきいてもらいありがとうございます」

 

 やはり、気になる事は相手側の事情だ。

 朔也が呆気ないほどに簡単に婿入りを決めたけども、それは事情が分かっていなかったせいだと言うことも分かっていたもの。

 実際に彼の両親に話をするまでは緊張しっぱなしだった。

 相手が長男であるがゆえに婿にはやらない。

 それを言われたらどうしようと思っていた。


「私は星野家の長女ですから。そこだけはどうしても譲れなくて……」


 これだけは引くわけにはいかない。

 星野家を守り続けるためには朔也には婿になってもらわなければいけないもの。

 

「星野さんのように大きな家では跡取りがいないのは大変だものね。むしろ、うちの息子でいいのかと思ってしまうくらいよ」

「それは大丈夫です。朔也さんは人に好かれ、責任感のある優秀な人です。私の両親も彼の事はとても信頼していますから」

「雫さんは落ち着いてしっかりした性格ね。朔也をお任せできるわ」

 

 優しく微笑まれると私はどこか照れくさくなる。

 

「今度はこちらから、そちらの御両親に挨拶させてもらうわ。久し振りに美浜町に行く事になるわね。あちらはずいぶんと変わってたと聞いているもの」

「そうですね。少しずつではありますけども、変わってますよ」

「楽しみだわ。ふふっ」

 

 朔也のお母さんと和やかにお話を続けていた。

 理解のあるいい人でよかった。

 これなら、家族付き合いもちゃんとしていけそうだ。

 


 

 

 しばらくして、お開きになり、私は朔也の部屋にいた。

 

「私も同じ部屋で寝るの?」

「嫌ですか? 何なら隣に部屋を用意しますが」

「嫌なワケないでしょう。ただ、いろいろと考える事があるだけ」

 

 私の事も認めてもらっているのは嬉しい。

 私は布団に寝転がりながら、朔也の方を向いた。

 

「今日は気疲れしたわ」

「お疲れ様です。うちの両親はどうでした?」

「思っていた以上に良い方達で安心した。婿取りの事も、反対されなくてよかったわ」

「……すみません。親父と話してようやくその重大さを自覚しました」

 

 朔也にしてみれば、今の人生の中で家の名前を気にした事なんてなかったんだろう。

 跡継ぎの問題。

 普通の家でも、そう言うことを考えるのはもっと先の話だ。

 

「御両親の決断にはとても感謝をしている」

「あはは……。婿入りが大変なんだと言うことも分かりました」

「私の我が侭につき合わせてごめんなさい。私の人生で一番の我がまま。朔也がそれを叶えてくれて嬉しい」

「俺も頑張りますよ。その期待にぜひとも応えたい」

 

 そう言ってくれる相手と巡り合えたことには感謝している。

 結婚の問題は相手との関係は良好でも、親が反対する事も多い。

 いろんな事を考えていたけども、すべて上手くいってホッとする。

 

「そう言えば、茉莉にこの話をした?」

「茉莉ですか? あの子はですね、実は……いまだに俺達の関係を認めるつもりはまだないそうですよ。子供でもできない限り、諦めないのかもしれません」

「何とも茉莉らしいわ。いい加減に諦めて欲しいのに」


 彼女は自分の世界を広げたいと東京の大学に通っている。

 念願の一人暮らしと喜んでいたっけ。

 あの子の一人暮らしは今でも心配だわ。

 

「茉莉、すっかりと大人の女性になって、魅力が増しましたよね」

「今、誘惑されたら我慢できない、と?」

「……い、いえ、俺は雫さん、一筋ですよ? ホントですよ?」

 

 その戸惑い方が余計に怪しい。

 実際、茉莉は成長して子供らしさがなくなり、すっかりと魅力的な大人の女性になったので油断はできない。

 中身はあんまり変わっていないのにね。

 

「私には朔也しかいないんだから。お前を信じるわ」

「そうしてください。俺は雫さんを裏切りません」

「裏切ったら、私は言葉にできない真似をするから。覚えておいて」

「……浮気だけはしません。貴方を泣かせたりしない、約束しますよ」

 

 彼との交際から3年、私達はたくさんの想い出を作ってきた。

 こんな私が好きな男と結婚したいと思えるようになった。

 子供をこの手に抱きたいと思えるようになった。

 数年前、彼と出会うまでは想像していなかった人生だ。

 

「……雫さん?」


 瞳に涙が浮かんで、私はそれを誤魔化した。

 幸せすぎる、こんな人生を与えてくれた朔也が大好きだ。 

 朔也にもたれかかるように肩に寄り添う。

 

「疲れたの。少し、こうさせておいて」

「どうせなら俺はこっちの方がいいです」

「あっ……」

 

 彼は寄り添う私を、膝元にのせて寝かせる。

 

「覚えてます?由愛ちゃんが俺にこんな風にしてきて、雫さんに怒られた事を」

「あれはお前が悪かった」

「ははっ。そうですね、雫さんが嫉妬してくれていたんでしょう?」

「なっ!? ち、違うから。あの時はまだ自分の気持ちに気付いてなかったし」

 

 無自覚ではそうだったかもしれない。

 朔也に優しくされる由愛が羨ましいと思っていたのかもしれない。

 

「……出会った頃は俺達が結婚するなんて思いもしてませんでした」

「でしょうね。私もそうよ。それなのに、お前を好きになって、恋人になって、今度は夫婦になる。人の縁って面白すぎる」

「えぇ。こんなにも素直になってくれるとも思いませんでした」

「それは私が一番驚いているわ。心を許して、身体を許して……この胸が好きという気持ちでいっぱいになるなんてね」

 

 私は朔也に膝枕されながらこれまでの事を思い出す。

 初めは妹が連れてきた軟派な男の印象しかなかったのに。

 今では私の人生で一番大切な男になっている。

 人生は本当に面白いように出来ている。

 私は彼に甘えながら思うのだ。

 朔也という男を心の底から愛している。

 

「……貴方の子供が欲しい。自分でそう思えるようになったの」

「俺は二人くらいは欲しいですね」

「えぇ。そうね。男の子がいいわ。跡取りは重要だもの」

「あはは……」

 

 私には母性がない、と否定し続けてきた。

 子供なんて欲しいと思った事もなかった。

 そんな私は今、朔也との子供を望んでいるのだから人は変われるんだわ。

 

「女の子だったら、由愛ちゃんみたいに、大和撫子になるように教育すると決めているんです。雫さんや茉莉みたいな我が侭な子には育てません」

「いろんな意味で殴って良い? ていうか、殴らせて」

「す、すみません、失言でした。怒らないでくださいよ」

「ったく。まぁ、気持ちは分かるわよ。私みたいな性格に似るより、由愛みたいな誰からも好かれる子になって欲しいと思うわ」

 

 いずれ私達の間にも子供が生まれるだろう。

 私はその子を大切に育てていきたいと思う。

 今の私なら子供に愛情を向けられるという自信が芽生えていた。

 私の髪を撫でながら朔也は言う。

 

「……幸せですね。これからもその幸せが続いて行けるように頑張ります」

「頑張って、幸せにしてよ。目先の目標は星野家の一員になれるように頑張りなさい」

「あー、それがありましたね。大変そうな試練がもうすぐそこに」

「忘れないで。大事なことなんだから」

 

 私達は笑いながら今、この瞬間の幸福を実感する。

 

「……朔也なら大丈夫よ。私が見込んだ男だもの」

「はい。雫さんの期待に応えて見えますよ。俺は男の子ですからね」

「うん……」

 

 名前を捨ててくれてまだ、彼は私と添い遂げてくれる。

 

「ご期待に応えます。全力で、貴方を幸せにするためにね」

 

 その気持ちが本当に嬉しい。

 今はただ、彼の温もりを感じていたかった。

 この温もりが、私の幸せ。


「朔也、誰よりも愛しているわ――」

 

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