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蒼い海への誘い  作者: 南条仁
第8部:星々の彼方 〈星野家三姉妹編・星野雫END〉
180/232

第9章:安らぎの場所《断章3》

【SIDE:星野雫】


 好きな人ができた。

 たったそれだけのことなのに、毎日がとても楽しく充実している。

 

「最近の姉さんはとても、穏やかになりましたね」

「……そうかもね」

 

 夕食の準備を由愛としていた。

 鳴海はお風呂を出てからは、茉莉と共に猫と遊んでいる。

 

「一緒にお風呂まで入るような仲に。妹としては進展具合にドキドキです」

「変な誤解をしないで。ただの罰ゲームで別にやましい事はしてないわ」

「うふふ」

「その笑い方はやめなさい。ええい、笑うんじゃない」

 

 不運にも由愛に鳴海と一緒にお風呂に入った事を知られてしまった。

 こちらとしては恥ずかしさで穴でもあれば入りたい気持ちだ。

 

「それはそれで、朔也さんが可哀想です」

「私にどうしろと?」

「素直に襲われてしまえばいいんですよ。私、可愛い甥か姪が早くみたいです」

 

 真顔でとんでもない事をさらっと由愛は言う。

 こ、子供とか、まだ早すぎだ。

 

「な、何を……私達はまだ付き合いたてなのに。子供なんてまだ先の話でしょ」

「そうでしょうか? 多分、お母さんは孫ができるのをすごく望んでると思いますよ? 姉さんに恋人ができたと知って、思わず失神したくらいです」

「……私はそれを聞いて泣きそうになりました」


 先日、本当にちょっとした騒動になったのだ。

 娘に恋人ができたのに驚いて、病院に運ばれそうにならないでほしい。

 ひどい話だ。


「子供とか結婚とか……そんな夢を私に望まれてもね」

「ああみえて、お母さんなりにとても姉さんの事を心配しています。姉さんが三十路までに結婚できるかどうか、お父さんと本気で心配してました」

「リアルすぎて、どう突っ込めばいいのか分からない」

「星野家の親族は大いに期待と喜びに溢れています。素晴らしいことですよ」

 

 早めに結婚して欲しいと願う両親の気持ち。

 鳴海との関係も続けていれば、いつかはそんな日もくるのかしら。

 由愛はハンバーグ作りを、私は野菜を切りながら、サラダの準備を始める。

 

「由愛、そちらのトマトを取って」

「どうぞ。黄色なんて珍しい。とてもいい色ですね。美味しそうです」

 

 叔父の家庭菜園で作っているトマトは綺麗な黄色をしていた。

 黄トマトという種類らしい。

 スーパーではフルーツトマトという甘い品種もあるようだし、奥が深いのね。

 

「冷やして塩だけで食べるのもきっと美味しいわ」

「今が旬ですから。トマト、私も大好きです」

 

 それを切りながら、レタスの上に乗せていく。

 

「子供とか、私はあんまり望んでないもの」

「今は、でしょう? きっと朔也さんとお付き合いしてるうちに子供だって欲しくなると思います。前に美帆さんがそんな事を言ってましたよ」

「美帆と私は違う。そんな風に思えるのか分からない」

 

 まだまだ私は恋人関係に慣れていない。

 時間を積み重ねていかなくては分からないことだらけ。

 でも、恋人になった事はとても嬉しくて、幸せな事だと思う。

 

「由愛ちゃん。ちょっといい? 猫の餌はどれなのかな?」

 

 雑談していると、鳴海がこちらに顔を出す。

 

「ショコラに餌をあげてくれるんですか。そちらの棚に置いてあります」

「茉莉に頼まれて取りに来た。おっ、これか」

「はい。ショコラのエサ、よろしくお願いします」

 

 鳴海に対して由愛は思い出したように言う。

 

「そうだ、朔也さん。雫姉さんとお付き合いすると言うことは将来的には、お義兄さんって呼んだ方がいいんでしょうか?」

「……お兄さん?」

「義理のお兄さんって意味です。ダメですか?」

 

 いくらなんでも、気が早すぎると思う。

 由愛は私達の状況をどこか楽しんでいる。

 

「どちらかと言えば、お兄ちゃんの方がいいな。お兄ちゃん、素敵な響きだ」

「お兄ちゃん? どちらでもいいんですけど、そちらの方がいいんですか?」

「うん。俺はそう呼ばれたい」

「おい、そこの変態。私の妹に欲情するな。潰されたい?」

 

 鳴海に牽制的な睨みをきかせる。

 これまでなら、それでびびってくれた彼だが、もはや鳴海には通じない。

 

「ふっ。雫さん。もう、そんな言葉じゃ俺はびびりませんよ。貴方の言葉に実は敵意がないのは分かってるんです。怒られても怖くはない。さぁ、由愛ちゃん。今からでも存分に俺の事をお兄ちゃんと呼んでくれ」

「くっ、自分の弱みをあっさりバラすんじゃなかった」


 すっかりと力関係が変わってしまっている。

 嫌じゃないけど、何だか悔しい……。

 

「お兄ちゃん。何だか兄ができたみたいで私も嬉しいです」

「いいよ、今日から俺が由愛ちゃんのお兄ちゃんだ」

「鳴海……調子に乗っていたら本当に怒るからね?」

「……はいはい。これ以上はやめておきますよ、雫さん」

 

 鳴海は笑って答える。

 私の怒りが大した事がないのを見抜かれてしまっている。

 すっかりと飼いならされてしまった犬みたいな気持ちだ。

 鳴海が猫の餌を持ってキッチンから出ていくのをみながら由愛は言う。

 

「姉さんと朔也さん。何だか良い関係で楽しそうです」

「調子に乗りすぎなのよ、アイツは……」

「ふふっ、いいじゃないですか。朔也さんはありのままの姉さんを受け入れてくれたんでしょう? よかったですね」

 

 ありのままの私、心の弱い私を彼は受け入れた。

 それに関しては私も、心の底から鳴海には感謝している。

 

「本当に私が朔也さんをお兄ちゃんと呼ぶ日も近いのかもしれません」

 

 由愛のにこやかな笑顔に私は小さく頷いた。

 アイツに好き放題にされるのが嫌じゃない。

 それが悔しいような、うれしいような……複雑な乙女心だった。

 

 

 

 食後はのんびりと鳴海とふたりで花火をしていた。

 手元で瞬く花火の輝きを眺めながら、

 

「とても美味しいハンバーグでした。さすが由愛ちゃん、料理が上手です」

「鳴海はああいう洋食が好み?」

「雫さんが作る和食も好きですよ。ただ、ハンバーグは好物なだけです」

「……そう。それなら次は私が作るわ。鳴海に褒めてもらいたいもの」

 

 少しだけ由愛に妬ける。

 こんな風に嫉妬する自分がいるなんてね。

 

「誤解のないように言っておきますが、俺は雫さんの料理もちゃんと好きですから」

「ふんっ」

「拗ねないでくださいよ。和風ハンバーグ、期待しております」

 

 調子のいい奴、でも、そう言ってもらえると内心は喜んだりする自分がいる。

 自分のことながら変な気持ちだ。

 鳴海と共に庭先で花火の光を見つめる。

 毎日続けていても飽きない花火だけど鳴海は違うらしい。

 

「毎日、やってるとは聞いてましたが飽きたりしません?」

「いいじゃない。好きなんだもの。文句言わずに付き合って」

「そうですね。雫さんに、おひとり様花火をさせるわけにはいきません」

「……その言い方、今までの私が寂しい奴みたいな、言い方なんだけど?」

 

 美帆にしろ、鳴海にしろ、私に対してかなり失礼だと思う。

 

「まぁ、今は俺がいますから寂しくはありませんよね」

「その自信満々な物言いがムカつく」

「あははっ。俺らしいでしょう?」

 

 鳴海を好きになって、戸惑いながらも付き合い始めて。

 私は自分自身の変化に気付いていた。

 自分が弱い事を告白したり、拗ねてみたり、甘えたいと思ったり。

 私は自分で思っている以上に鳴海に心を許している。

 

「……鳴海。私はお前の恋人にちゃんとなれてる?」

 

 愛する事も、愛される事も、私には初めての体験でうまくやれてるか自信がない。

 

「自信を持ってくださいよ。雫さんが見た目よりも繊細な心を持ってるのは意外でしたが、それも俺に対して心を開いてくれてるって意味では嬉しいです。もっと俺に甘えてくれたら、嬉しいですね。今以上に幸せになれますよ」

「年下のくせに生意気だ」

「ふふっ。それじゃ、甘えさせてくれますか? 雫さんは基本的に人に甘えるのが苦手だ。だからこそ、俺にしか見せない姿を見せて欲しい」

 

 鳴海が花火をやめて、そっと私の肩を抱きよせてくる。

 

「甘えるのが苦手な甘えたがり。それが俺の雫さんの認識です。違います?」

「知らないわよ。す、好きにすれば?」

「それ、もうどうにでもしてくれって意味ですか? 可愛いことをいうじゃないですか。では、お望み通りに好きにさせてもらいますよ」

「ち、違うっ。好きに思えばって意味で、私を好きにしろって意味じゃ。もうっ」

 

 からかわれて私はムッとするが、鳴海に抱擁されたまま抵抗できない。

 年下男に好きにされてるのに嫌じゃない。

 そのまま黙って私は彼に唇を奪われる。


「好きにさせてもらいます。そっちの方が、雫さんにとっていいんでしょ?」

「くっ……何か女性の扱いに手慣れてる感がムカつく」

「経験の差ってやつです」

 

 抱きしめられているのは心地よくて、私には安らぎの場所のように思えた。

 心が安らいでいく、不思議な感覚。

 これが好きな相手と一緒にいるっていうことなのかしら。

 

「この状態で花火してもいい?」

「それは危険だ!? もうしばらくお待ちください」

「……うん」


 仕方ないので私からも彼にキスをしてみる。

 この年でキスひとつで心が高揚するなんて。

 初々しい自分が恥ずかしい。 

 夏の夜の涼しい風を感じて空を見上げた。

 綺麗に丸く輝く満月の光、今日は月明かりが眩しいほどに美しい。

 

「雫さん。可愛いなぁ、本当に。もう、本当に好きにしてしまいたいくらいです」

「押し倒そうとするな。花火を向けるわよ」

「物理的に攻撃するのは反則でしょう!?」

 

 彼は私の耳元に囁いた。

 

「雫さんの事を知れば知るほどに好きになります。ホントに素敵な人ですね」

「……鳴海は、知れば知るほど軽い軟派男にしか思えない」

「褒め言葉として受け取っておきます」

 

 もう一度キスをされて、私は何も言えなくなった。

 ただ、目の前の大好きな男に心を奪われていったのだった――。

 

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