第8章:愛の実感《断章2》
【SIDE:星野雫】
私にはふたりの妹がいる。
由愛と茉莉、妹としてとても可愛く思っている。
それを素直に言葉や態度で示す事は苦手だけども。
「……すぅ」
「あらら、茉莉ちゃん。眠っちゃったみたいですねぇ」
それはある日の日常。
夕飯を食べて横になっていた妹がいつのまにか眠っていた。
「まったく、食べてすぐ寝るって動物と同じじゃない。お前の飼いネコと同じ」
「ふふっ。そうですね」
「ったく、お腹出して寝て。風邪をひいても知らないわよ」
茉莉は無垢な寝顔をさらけ出す。
私はタオルケットを彼女にかけてやりながら、
「普段は口うるさくて生意気なくせに、寝顔だけは可愛いのよね」
その顔に私は彼女の小さな頃を思い出した。
「茉莉が生まれた時はすっごく可愛くて、私は親よりも茉莉にべったりだったわ。よくお世話をしてあげたっけ」
「覚えてますよ。姉さんは茉莉ちゃんが大好きでしたから、少し私が妬けるくらいでした。茉莉ちゃんが小学生に入ったら、お互いに喧嘩もするようになってしまって残念です」
「この子が生意気すぎるのよ。昔の可愛げがなくなったもの。甘やかされて育つとダメねぇ。私が言える台詞ではないけども」
今の茉莉は生意気で可愛げもなく、小悪魔みたいな存在だ。
けれども、ひとつだけ言える事がある。
「ただ、この子の寝顔は昔みたいに無垢で可愛いわ」
そっと寝ている茉莉の髪を撫でてみる。
んっ、と微妙に反応するが起きる気配はない。
「ふふっ。雫姉さんは本当に茉莉ちゃんが大好きですね」
「……そうね。大事な妹には変わりないわ。片思いだろうけど」
「そんなことはありませんよ」
この想いは妹に伝わる事がないと思う。
伝える気もないし。
「ホント、この子は黙っていれば天使なのにね」
「……それを一度本人に言ってあげたらどうですか?」
「嫌よ。気恥ずかしいわ。それに、起きてる時のこの子は生意気だもの」
その頬をつついて私は楽しんでいた。
寝てる時だけはあの赤ちゃんの頃と変わらない。
末妹の天使のような寝顔を見つめながらそう思った。
……。
鳴海と付き合い始めたその日の夜。
由愛が私の部屋を訪れて、話がしたいと言ってきた。
彼女はクッション上に座り、先程の告白の話をすると熱心に聞いていた。
「姉さんと朔也さんがお付き合いをすることになったんですね。よかったです。応援していた立場としてはホッとしました」
「応援してたの?」
「だって、雫姉さんにとっては初恋も同然。どんな結末になるか不安だったんです。朔也さんならば信頼できる相手ですから、よかったです」
どうやら、私の気持ちは由愛にはバレていたようだ。
他人に知られるような覚えもなかったのに。
「私、そんな素振り見せていたっけ?」
「……茉莉ちゃんみたいに朔也さん大好きってアピールはしていなかったですけども、見ていれば分りますよ。人と接するのが苦手な姉さんが、自分の決めた線の内側に朔也さんをいつのまにかいれてました。本気になりかけてるな、と思いました」
「ちゃんと見てるのねぇ」
「はい。妹ですから」
満面の笑みで笑う由愛だった。
自分でも分からない気持ちを友達や妹に見抜かれていたなんてね。
「くすっ。他人は自分が思っているよりも自分を見ている。そう言うものです」
「……かもしれないわね」
ちゃんと自分を見ている家族がいる、それは嬉しい事だ。
「でも、茉莉ちゃんも朔也さんが大好きですから、そこは話をした方がいいと思います。あの子と向き合ってあげてください」
「……えぇ、気が重いけど仕方ないわ」
元々、鳴海は茉莉が好きだと言うことで家に連れてくるようになった相手。
鳴海の方にはその気はなかったとしても、茉莉にとっては大事な恋だ。
結果的に私が奪ってしまったことに関しては謝罪もするべきだろう。
それで許してくれるとは到底思えない。
「また茉莉に嫌われるわ」
「先日の熊肉の事で姉さんとは最近、口も聞いてくれませんし」
「あれは私だけが悪いわけじゃないわよ。熊肉の処理については貴方も共犯でしょ。鳴海を巻き込んで自分は回避したのだから」
「うぅっ。そうでした。だって、ジビエは何だか可哀想で食べられないんです」
どちらにしてもまた仲が悪くなるんでしょう。
前々からさほど仲がいい姉妹ではないけども、妹に嫌われるのは辛い。
「雫姉さんは素直じゃないんですよね。茉莉ちゃんの事も大好きなのに、その愛情を示してあげればもっと仲良くなれると思いますよ」
「はっ。今さらでしょう」
私達は3人の姉妹だ。
由愛と言う次女が間にいてくれるのは本当にいい事だと思う。
「由愛の事も好きよ?」
「知っています。私への愛はちゃんと感じてますから。その辺を茉莉ちゃんに向けてあげて欲しいだけですよ」
家族としての愛情は大事にしたい。
もう遅い時間だし、そろそろ寝ようと話を終えようとする。
その時、私の部屋に入ってきたのは茉莉だった。
「――雫お姉ちゃんっ!」
「ま、茉莉?」
予想外に彼女と対面する形になり私は心の準備がまだできていなかった。
茉莉はほんのりと瞳を赤く感じる。
「さっきまでセンセーと電話でお話してたの。雫お姉ちゃんと付き合うことになったんだって事を電話で話してくれた」
鳴海らしいと言うか、筋の通した方と言うか、律儀な男だと思う。
痛みを伴うこともちゃんと逃げずにやる。
私とは違う、逃げない強さが彼はあるのだ。
「お姉ちゃんがセンセーの事が好きなの、分かってたけども、何で私じゃなくてお姉ちゃんをセンセーが選ぶの? ひどいよ」
「お前、気づいてたの?」
「はぁ? 気付いてないと思ってるの? そんなの普通に見れば分かるじゃない。何があったか知らないけど、最近のお姉ちゃんはセンセーに優しかったし、センセーを見る目も優しかったもん。そんなの好きなんだってまるわかりじゃない!」
どうやら、本当に私は自分の事が分かっていないらしい。
茉莉にすら気付かれていた鳴海への想い。
自分で自分の事すら分からないなんてね。
茉莉は私の方を睨みつけてくる。
その瞳から私は目をそらさずに耐える。
この子の辛い想いを考えると、これくらいの痛みには耐えなくちゃいけない。
「茉莉、私は……」
だけど、そんな私の想いを告げる言葉は茉莉の思いもしない発言で遮られる。
「私は負けない、これで負けたと思ってないから!」
「は?」
「どうせ、お姉ちゃんの極悪な性格からすれば、すぐに鳴海センセーと喧嘩して隙もたくさんできるはず。お姉ちゃんは素直じゃなくて怖いから、センセーだって可愛い私に振り向くもん」
いきなり、私の文句を言いだすと、びしっと私に人差し指を向ける。
「私はセンセーが好き。今も変わらないし、センセーの事も諦めてない。だから、負けないもん。見てなさない。すぐに私がセンセーを奪い返すっ」
「え? あ、ちょっと待って」
「ふんっ。年上なんてね、どうせすぐに飽きられるんだから。最後は若い方が勝もの。若さに勝る強みはなし。最後に笑うのは私なんだからっ!」
言いたい事を言うだけ言って、茉莉は部屋を出て行ってしまった。
宣戦布告されて残された私と由愛は唖然とするしかない。
「……何かしら、この展開?」
「あはは……」
シリアスな雰囲気がどこかに消えてしまい、あ然とする私に由愛は言うのだ。
「えーと、茉莉ちゃん、全然、諦めてませんね? むしろ、余計に恋の炎に燃えているみたいです。ふふふ」
「……はっ。なんで、どうして? なんなの、あの子?」
「常に前向き、ポジティブさはすごいと思います。さすが茉莉ちゃん」
茉莉は姉と違って心が強くて、前向きなすごい妹だった。
なんていうか、本当にあの子は……面白い子だ。
私は肩をすくめて小さくため息をつく。
「……負けられないし、頑張るしかないわ。あの子に鳴海を取られないようにね」
「はい、頑張ってください」
思わず微苦笑がもれた。
私も少しは妹を見習って前向きに生きてみようかしら。