第8章:愛の実感《断章1》
【SIDE:星野雫】
「うぅ、あぁあああああ……」
私はその夜、自分の部屋の布団の上で唸りを上げていた。
恥ずかしくて。
恥ずかしくて。
自分の頭がおかしくなりそうだ。
「……あの鳴海に告白してしまった」
そして、まさかの承諾をもらえて、付き合うことになるなんて。
布団に転がりながら、私は頭を抱える。
「ありえない。私は何をしてるの」
自分自身の行動に戸惑うしかない。
気恥ずかしさで顔を赤くすることしかできない。
「好き……とか言うなんて思わなかったし」
自分で自分の行動に疑問を抱いてしまう。
あの告白は、私にとっては勢いみたいなものだった。
恋に悩んでいたのは本当だ。
美帆に言われて考えた。
「私にとって鳴海はどういう存在か」
考えれば考えるほどに。
ただの男としてだけの感情じゃない思いがあるのに気づいた。
「けれど、それを恋だとは認めたくなかったの」
それでも、あの日の嵐の夜を思い返す。
この年になっても雷を怖がる私を笑いもせず、彼は救いの言葉をくれた。
思えば、鳴海を意識し始めたのはあの時からかもしれない。
「私の事を理解してくれる人……。ひねくれて、人を傷つける事を平然と言う口の悪さ。人から好かれるはずもないのに」
それなのに、本当の性格は、ただの臆病者の寂しがり屋だと分かってくれる。
美帆と初めて会って、私は彼女が自分を理解してくれた事が嬉しかった。
友達が欲しい、たったそれだけの事も言えずに、周囲と壁を作り、自分の名の持つ権力を振りかざしていただけの子供。
その私にできた初めての友達が美帆で、彼女は私の心の本質を見抜いた。
……その上でさらに友達になってくれたのだから。
今回もそうだ、鳴海は私の本質に触れて理解を示してくれた。
「はぁ……」
ため息をついて私は携帯電話を取り出す。
電話をかける相手は美帆、今の時間ならお店も閉めている時間だ。
『……こんばんは。雫から電話なんて珍しい。なによ?』
「ごめん、今、時間は大丈夫?」
『うん。お店も閉めた所だし、旦那はお風呂で子供は熟睡。おひとりでお酒を飲んでる所だから問題はないよ。あっ、そうか。昨日、お店に来た時のお悩みに答えでも出た? いろいろと考えたんでしょう?』
そう、思い返せば美帆に相談したのは昨日の夜だ。
それからたった1日でこんな状況になったんだ。
悩んでいる時間は長く感じる。
私にとってこの1日は、かなり長いことのように思えた。
「悩んでた答え、私は鳴海が好きなのよ。自分で思ってる以上に彼を好きなんだって気付いてしまった。どうしてくれる」
『私に文句を言わないでよ。好きだって気付いたのは良い事じゃない。でも、雫が男を好きだと認めるなんて……ふふふ、あははっ。面白い~。皆に連絡しよ』
「するな、余計な事はしなくていい」
『とりあえず、結衣と真白には報告しておくわ。あははっ』
笑いすぎだ。
やることがひどい、美帆の性格の黒さは私以上だ。
『ふふっ。本人を前に笑うのはやめておくわ。あとで思いっきり笑う』
「友達が恋をして笑うのはひどくない?」
『いいじゃない。だって、面白いんだもの』
「はぁ、もういいわ。美帆から見れば私は鳴海に惹かれているように見えた?」
他人から見ればどういう風に私は見えていたのだろうか。
『……うん。普通に見えてた。恋してるのに無自覚だなぁって。まぁ、気づいてたのは私だけかもよ? いい意味でも悪い意味でも、雫は人に心を見せないもの』
「そう。鳴海の傍は居心地がよかった。だから、好きだと思ったの。でもね、鳴海には私は好かれてないって思ってた。普通にいじめてたし。怖がられるのもしょっちゅうだったもの」
顔を合わせる度に罵詈雑言の嵐。
私は口が悪いという自覚がある。
普通の人間なら苦手意識を持たれて当然だ。
『……こ、これから頑張ればチャンスはあるかもよ?』
「その微妙にフォローしようか迷った態度はいらない」
『そうねぇ、雫と朔也君、どうすれば恋人になれるか考えると難しいわ』
美帆から見ても、当然ながらそう見えたんだなぁ。
「別に心配しなくてもいいの」
『まさかもう諦めちゃう気? それはダメだよ、雫。せっかく気持ちに気付いたら……諦めなければ想いは叶うかもしれない』
「ううん、諦めるっていうか……すでにくっついた。今日、告白したら奇跡的にオッケーをもらえて、付き合うことになったの」
電話の向こうで美帆は沈黙する。
やがて、びっくりした声を上げる。
『えーっ!? 嘘、ありえない!』
「……自分でもそう思うわ」
『あ、ごめん。今の声で娘が驚いて起きちゃった。ご、ごめんねぇ、悠姫。ほら、泣き止んで。……ちょっと、悪いけど娘を寝かしつけてくるわ』
「どうぞ」
電話が一旦切れて、彼女は泣きだした娘をあやしに行ってしまった。
思わぬハプニングで少し話が途切れてしまったので改めて考える。
鳴海が告白を受け入れてくれるとは告白した本人が思っていなかった。
そもそも、アイツは由愛が好みだと思っていた。
だから、告白しても断れるんだと覚悟もできていた。
ただ、好きだと伝えたかっただけなのに。
まさか、こんな風にくっついてしまうなんて。
『お待たせ……ようやく悠姫が寝てくれました。話を途中で切ってごめんね。で、話を戻すけども行動早すぎない? 昨日、恋に気付いて、今日に告白って。しかも、付き合うことになったなんて。雫の行動力には参った』
「私も驚いてるから。ダメだって諦めて告白したら付き合うことになったんだもの」
『えっと、よかったわね? おめでとう?』
「なんでそこで疑問形?」
人の恋を素直に喜んではくれない友達である。
「ゆっくりでいいから鳴海と関係を深めていきたいと思うの」
『……そっか。いい関係を作っていければいいね』
「美帆……一度しか言わない。私にチャンスをくれてありがとう。アンタのおかげで私は自分の気持ちと向き合うことができたと思う」
「あら、素直じゃない。いいのよ。だって、私は友達だもの」
何だかんだいいながらも、美帆と言う友人がいてくれてよかった。
しばらく美帆と雑談してから、彼女の旦那がお風呂からあがってきたタイミングで電話を終えることにした。
「恋って、変な感じ」
どこか心がくすぐったいような感じがする。
「……というか、本当に私は今まで恋愛に縁がなさすぎたわ」
普通の人ならもうとっくに味わっている経験。
恋が始まって、すぐにこんな形になれた。
私を好きだと言ってくれた鳴海の気持ちを今は信じたい。
ただ、問題があるとすれば……。
「妹の事か」
茉莉にどう説明するべきか、私は今も悩んでいる。
避けては通れない事だけに、ストレートに告げるわけにもいかない。
「どうすればいいのかしら」
恋の悩みと同じくらいに頭の痛い問題である。
「……姉さん、部屋に入ってもいいですか?」
控えめなノックの音に私は返事を返す。
「いいけど?」
「では、お邪魔します」
部屋に入ってきたのは由愛だった。
今は深夜の12時過ぎ。
普段の彼女ならもう既に寝ている時間だ。
「姉さんと朔也さんの関係、どうなりましたか?」
「由愛……?」
「少し、お話をしましょう。茉莉ちゃんのためにも」
私には逃げてはいけないことがある。
姉として、逃げられない事が……。