第6章:花火の輝き《断章3》
【SIDE:鳴海朔也】
初めての経験、それは雫さんから自宅にご招待された事である。
いつもは由愛ちゃんや茉莉からの夕食に誘われる。
それが本日は帰宅途中に雫さんから声をかけられた。
「鳴海、今日は家に夕食を食べにこない?」
……ありえない。
思わず、これが夢なのかと疑う所だったぜ。
もちろん、お誘いは嬉しいので即断で返答する。
「もちろん、喜んで」
先日の嵐の件で少しは距離が近づいたのであろうか。
とか、淡い期待を持っていたら、雫さんは不気味な事を言いだした。
「……鳴海朔也、確保成功」
「あれ、俺って逮捕されてる扱いですか?」
「ふふっ。今日は私の手料理だから楽しみにしてなさいよ」
「は、はい。それは楽しみなんですが……何やら嫌な予感が……」
雫さんの車に乗せられた時点で気づくべきだった。
彼女の優しさには当然、裏があることに。
夕食の時間になり、俺と茉莉に出されたのは肉の味噌焼きと肉の入った味噌汁だった。
良い匂いのするお肉を前にテンションがあがる。
「美味しそうなお肉~。でも、雫お姉ちゃんと由愛お姉ちゃんはお魚?」
「こちらの事は気にしないで。ふたりと食べなさい」
「「……?」」
ふたりが別メニューなのは気になるが、俺と茉莉は?と思いながら食べることに。
そして、思い知る、この人はやはり魔女だと言うことを……。
俺は肉に箸をつけて食べ始めるが、どうにも肉質が硬いのだ。
味は美味しくても、どこかクセのある味がする。
「とても硬くて、歯ごたえのある肉ですね。でも、美味しい」
「んー、美味しいけども、何か少し匂いがする気がするよ」
「気にせず食べなさい」
俺も茉莉も味には文句がないが、違和感があるのだ。
ただ、料理はおいしくて2人して大満足だった。
お肉を食べ終わった後に俺は気になって尋ねてみることにした。
「……ちなみに聞きますけど、これは何の肉ですか?」
「何だと思う?」
「牛肉ではなさそうですね」
にやっとする雫さんに俺は危機感を抱いた。
もしや、これは……危ない類のお肉ではないのか?
「分からないのなら、ヒントをあげるわ。国語教師の鳴海なら分かるわよね? 紅葉、牡丹、柏、桜……この意味は何かしら?」
「植物の名前……? 意味が分からないよ?センセー、分かる?」
「ま、まさか」
確かに、どれも植物の名前ではある。
だが、その意味を知っている俺は思わず顔をひきつらせた。
「うぐっ……そ、そういう類ですか。俺が説明しよう。昔の日本では獣肉を食べるのを禁止されていて、肉を植物の名前で例えていたんだ。もみじは鹿、ぼたんはイノシシ、かしわは鶏、さくらは馬って感じでな」
他にはウサギの肉は月夜(げつよ)と言う、少し洒落た感じがする。
ちなみにウサギを1羽、2羽と数えるのは昔の人が獣肉を食べたいがために、ウサギの耳を羽に見立てて、ウサギを鳥扱いにして食べていたからだそうだ。
その頃の名残で今も羽という呼び名をしている。
「ちょっと待ってよ!?これ、そっち系!? もう食べちゃったよ、うぇー。ど、どういうお肉だったの!?」
「馬刺しならまだしも、ジビエ料理とは……イノシシ、ですか」
「違います」
「ジビエ……はっ、い、いや、待って。もしかして、もしかすると!?」
食べてしまったことに動揺する茉莉。
俺も同じ気持ちだ。
雫さんは俺達をあざけ笑うように言い放つ。
「正解は熊肉よ。近くの山にクマが出たから駆除をして、その熊肉のおすそわけだって。猟友会のおじさんからもらってきたの」
「――い、い~や~!!」
茉莉の悲痛な叫びがリビングに響き渡る。
「クマさん!? バカじゃないのっ。妹にクマさん食べさせるってひどすぎ。姉としても最低だと思う! うぇーん」
マジで半泣き寸前の彼女。
猟師が駆除した熊を食べたりするらしいが、さすが星野家。
そういう知り合いもいるのか。
「何よ、そんなに喜ばなくてもいいじゃない。新鮮な肉なのに、熊に謝れ」
「謝るのはそっちでしょ、鬼畜な姉めっ! ひどすぎる、ひどすぎるよ」
「あら、熊肉って高いのよ? 知らないの? 熊の手なんて高級中華の材料なのに。それに新鮮だから臭みも少なくて味も良かったでしょ」
「気持ち悪いよ! こんなのいらないのに……うぇーん、この人、大嫌いっ!」
ついには半泣きのまま拗ねて部屋を飛び出してしまった。
姉妹の溝がまた広がる……ほとんど雫さんのせいだけどな。
先日、少しだけ雫さんを褒めた俺達が間違っていたのだ。
やはり、この人は魔女だ、やる事がひどい。
これは茉莉にとってトラウマになりそうだ、可哀想に……。
今まで黙っていた由愛ちゃんが申し訳なさそうに口を開く。
「……熊さんのお肉はさすがに可哀想で食べられませんでした」
「美味しかったのならいいじゃない。お味噌汁も結構良い味出てたでしょ」
「ひでぇ、マジでひどい。今回ばかりは俺も雫さんが嫌いになりそうです」
「あのねぇ、私がお前を普通に誘う時点で怪しいと気付きなさいよ」
「自分で言っちゃった!?」
しれっとした顔で言う雫さん。
騙し打ちで熊肉を食べさせるとかマジでえげつないお人である……ぐふっ。
……味が美味しかったのは事実だけど。
貴重な体験をしたくもないのにしてしまった。
「……ふぅ」
食後のひと時を俺は憂鬱な気分で過ごす。
茉莉なんて部屋に引きこもってしまったではないか。
「熊肉なんて、熊肉なんて……美味しゅうございました」
意外かもしれないが、調理法がよかったのか美味しくいただけたのも事実だ。
だが、精神的にぐったりしている俺に雫さんが話しかけてくる。
「鳴海、怖い顔しないでよ。いいじゃない、熊肉くらい。武勇伝にすれば?」
「しませんよ、そんなもの。人生経験もしたくなかったものでした」
「まぁ、私もしたくないけど。それより、少し、私に付き合わない?」
「……今度は俺に何をするつもりですか?」
危機感がありすぎてビビる俺に雫さんは「これ」と俺に何かを手渡した。
それは家庭用の花火だった。
「花火ですか?」
「そうよ。夏と言えば花火。私は大好きなの。でもさぁ、由愛も茉莉もこの手の花火は苦手なのよ。普通の花火は好きなくせに、手持ち花火は怖いから嫌なんだって。おかげでこの時期はひとりで寂しく花火をしているわけ」
ふたりが花火嫌いなのは意外だが、もっと意外なのは雫さんである。
今でも花火が好きって、マジっすか。
しかも、一人でするほどに好きなんて……人の趣味って意外だなぁ。
「妹達が花火嫌いなのは昔、ねずみ花火を大量に投げつけたせいでもあるんだけど」
「でしょうね!」
そんな事だと思ったよ。
つくづく妹達にトラウマを与えるお人だ。
「私はただ一緒に楽しもうと思っただけなのにね」
「雫さんは妹への愛情表現が過激すぎます」
「目の前でロケット花火を大量に打ち上げた時は茉莉なんて大泣きだったわ」
「……お願いだから茉莉だけはもうイジメないであげてください。同情するほどに可哀想すぎますよ」
この人なら平然と人に花火を向けそうで怖い。
「ほら、行くわよ」
俺は彼女に誘われるがままに縁側に座る。
バケツに水を入れてろうそくに火をつければ準備はOK。
「花火なんて子供の頃以来ですよ」
「そう? 私にとっては夏の風物詩みたいなものよ。空に打ち上がる花火も綺麗でいいけども、手元で輝くこの光が好きなの」
眩い光を俺達は眺めながら花火を始めた。
音を立て小さく光を放つ花火。
懐かしいながらも、確かに綺麗で童心に帰ったようで楽しい。
「子供の頃は幼馴染達と一緒によくやってましたよ。雫さんは何の花火が好きなんですか? やはり、線香花火とか?」
「ううん、ロケット花火。あとはねずみ花火とか爆竹とか。派手さがあるのが好き」
「……そこは風情がある線香花火にしておいて欲しかったです」
好きな花火が雫さんらしすぎる。
線香花火が好きって言う女性らしさを求めた質問だったが、相手を間違えた。
「線香花火は地味だもの。風情よりも派手さを私は花火に求めてるの」
「ひとりでねずみ花火とロケット花火をする女の人も珍しいと思います。いつもおひとりで?一緒にやる人いないんですか、お友達とか?」
「結衣も美帆も、こう言うのを誘う相手じゃないでしょう? それに子供じみた趣味と思われてバカにされるのも嫌だから。美帆には言わないでよ」
だとしたら、俺を誘ったのはなぜだろう?
ある程度、信頼されているということなのかな。
「俺には雫さんの秘密を知っても良いってことですか?」
「鳴海は女を相手にバカにすることがないでしょ。その辺、ちゃんと分かってるつもりよ。この前の嵐の時も、私に対してバカにしなかったし」
なんと、俺に対する信頼値がいつのまにか雫さんの中であがっていた。
……まぁ、女性に暴言を吐くのは俺の趣味ではないからな。
花火を見つめながら俺は雫さんの横顔を見つめる。
「くすっ」
楽しそうに子供のように笑う彼女。
こんな風に笑うんだな……。
「私はお前の事、わりと嫌いじゃないわよ」
「……え?」
「ホント、変な奴よね……お前って」
嫌みではなく、笑って話す彼女。
美人に微笑まれてドキッとしないのは男じゃない。
やばい、中身を知っているのに思わずときめきかけたぞ。
色鮮やかな花火の輝きが煌めいてる。
「……ロケット花火がしたいけど、ここでやると山に響くから怒られるのよね。動物が怯えるとかなんとか。面白くないわ」
「お願いなのでやめてください。怖いっす」
この人なら絶対に俺に向けて発射する、そうに違いない。
花火を見つめながら、のんびりとした穏やかな時間が流れていく。