第6章:花火の輝き《断章2》
【SIDE:鳴海朔也】
茉莉に連れられて、俺は隣街の繁華街まで来ていた。
美浜町の田舎の風景とは違い、ずいぶんと賑わっている。
「やっぱり、こういう所でデートした方が楽しいよね、センセー」
「デートじゃないから。そこ重要です」
「えーっ。いいじゃない、デートっぽい方が私はいいの」
彼女は俺の手を取り、握りしめてくる。
「暑いからやめてくれ」
「ひと肌の方がひんやりして冷たいのに」
何も知らない人間に見られたら、恋人同士にでも思われるだけですむ。
だが、知っている人間に見られたらいろんな意味で困るのだ。
夏も真っ盛り、俺がなぜ茉莉と共にここまで来ているかと言うと、
「さっさと買うモノを買ってくれ。後は何がいいんだ?」
「ツーン。つれないの。センセーには愛が足りていない。次は服が欲しい~」
つまり、茉莉の買い物に付き合わされているのである。
俺も隣街に用があって来ていたのだが、同じように遊びに来ていた茉莉に見つかり、一緒に行動する事になった。
「茉莉はいつも、こっちに来てるのか?」
「んー、隣街の方が買い物も便利だからよく利用してる。ホント、美浜町は田舎で嫌いだよ。面白くもなんともないもん」
「故郷を悪く言うのはどうかと思うけどな」
何もないのには同感だけども。
「センセーを悩殺できる露出の多い服を買うの」
「……中身がこれだからなぁ」
「ひどいっ。もういい、私も本気になるからね!?」
結局、服やらアクセサリーを買う茉莉に付き合わされてしまった。
茉莉と遊んでると、妹っぽくて可愛いらしい。
昔から年下の従妹とか神奈とかによく甘えられたっけ。
「……別に嫌いじゃないけどな」
どうにも俺は妹属性みたいな甘えられる事に弱い。
「ふふっ、いいのがあってよかったぁ」
服を買うだけ買った茉莉は満足の様子。
しかも、お値段もかなりのものを遠慮もせずに買っていた。
俺には真似できないお金の使い方である。
「茉莉がお嬢様なんだってのを思い知らされるな」
「そう? ただ散財するだけだと怒られるんだよ? これでも、お金の扱いはちゃんとお姉ちゃんに教育されてます、ぐすっ」
「雫さんか。いろいろと大変なのね」
その名を聞けば、もう詳しい説明がいらないな。
「雫さんと言えば、意外と言うと失礼かもしれないが、お嬢様らしくないよな」
「……あー、分かる。お姉ちゃん、オシャレも気にしないタイプだもん。あれだよ、女の子なのにブランド物とか全く興味ないんだから。着飾る事をほとんどしないし」
「お嬢様っぽいのは高級車くらいかな。お金の使い方も、きっちりしてそうだ」
「無駄使いしないし、飲んでるワインも安物だし。もう、お金があるのに使わないのは日本の経済のためによくないよ。あるモノは使う、それが私の主義です」
「まるで正反対の姉妹だな。あと、お前の言い方は何かムカつく」
庶民をなめるな、皆は頑張ってるんだよ。
お金がある人はいいですな。
「……ところで、最近、お姉ちゃんと急接近中みたいだけど、まさかセンセーとくっつきそうとかそんなことはないよね?」
「ないだろう?」
「だよね!? よかったぁ。お姉ちゃん相手だと絶対に勝てないもん」
雫さんと恋人関係になるなんて想像できないっての。
意外と可愛い所があったり、優しさがあったりする所に惹かれる事もあるが、向こうが俺をどう思ってるとか考えるとなぁ。
……俺、今も嫌われたままだし。
「雫お姉ちゃんと付き合える男の人なんているの? 自分の姉の事だけど、他人にすすめたくもない。いつかお姉ちゃんも結婚する日が……くるのかなぁ?」
「俺のコメントは求めるな。命が危なくて言えません」
俺も茉莉と同感だったが、本人には到底、言えないことだ。
電車に乗り、再び美浜町に戻ってくると夕方の時間帯だった。
「はぁ、寂れた田舎に到着、っと」
「そのテンションの低さはなんだ」
「んー、私にはこの町があってないんだよ。魅力もよく分からないし?」
「田舎的雰囲気が魅力の観光地だ……それしか俺も言えない」
茉莉の年頃なら遊ぶ場所が大事なのは分かる。
仕方ない事だが、外に出て大人になってから魅力に気付いてもらおう。
「そうだ、お姉ちゃんに会いに行かない?」
「雫さん?」
「違います。自分で会いたいなんて言わないもんっ。由愛お姉ちゃんだよ」
……ホントに茉莉と雫さんって相性が悪いようだ。
由愛ちゃんと言えば、駅前のカフェでアルバイトをしている。
ちょうど、近くまで来ているので由愛ちゃんに会いに行くことにした。
雰囲気の良いオシャレなカフェ。
コーヒーの味もよくて俺も何度か利用した事がある。
由愛ちゃんが働いてるのは知らなかったが。
「いらっしゃいませ」
お店に入ると店内は夕方と言う時間なのか客はまばらだった。
ちょうど由愛ちゃんがこちらに気付いて接客してくれる。
「あら、朔也さん。お店に来てくれたんですか?」
「私もいるよー、お姉ちゃん」
「茉莉ちゃんもこんにちは。ふたりとも仲良くデートですか?」
「一緒に遊んできただけ。今度は由愛ちゃんも一緒にどう?」
俺が誘うと嬉しそうに「いいですね」と笑う。
「席にご案内します。こちらへどうぞ」
ウェイトレスの格好も可愛らしくていい。
由愛ちゃんは本当に癒し系です。
俺の心のオアシス、最高だ。
「……鳴海センセー、鼻の下が伸びてる」
「そんなことありません」
少し緩み過ぎたようだ、ちょいと反省。
「ご注文は何しますか?」
「俺はアイスコーヒーで。えっと、茉莉は何だ?」
「マンゴージュース! ここのジュース、大好き。センセーのおごり?」
「あぁ。これくらいならいいよ」
茉莉が追加でケーキを注文すると、由愛ちゃんが「少々、お待ちください」とにこやかに対応してくれる。
あの笑顔はカフェとか接客業がよく似合うよな。
「……星野家三姉妹って個性的だよな」
「個性的? どーいう意味?」
「厳しく怖い雫さんに、優しくて笑顔の素敵な由愛ちゃん。無邪気な茉莉。こうも性格が違う姉妹って、一緒に暮らしていてどうよ?」
姉妹って似るイメージがあるがこちらの姉妹は全然違う。
茉莉は「んー」と考える仕草を見せる。
「正直に言うと、私は雫お姉ちゃんが苦手だから。もう、いつも意地悪してくるし、怖いし。それに比べて甘やかせてくれる由愛お姉ちゃんは大好き。姉妹で性格が違うのって……大変だよ、いろんな意味で」
げんなりとした表情で言う茉莉には説得力がある。
茉莉みたいな妹だと可愛がりたくなると思う。
「雫さんのも姉妹愛かもよ?」
「絶対に違うから。あれは人をいじめて楽しむドSなお姉さん、危険人物です」
妹にそこまで断言されてしまう雫さんっていったい……。
「お待たせしました、マンゴージュースとアイスコーヒーです」
ちょうど由愛ちゃんがアイスコーヒーを持ってきてくれた。
「ありがとう。暑い時はアイスコーヒーがいいよな」
俺は乾いた喉をうるおしながら、由愛ちゃんにも聞いてみる。
「……雫姉さんですか? そうですね、私は好きですよ」
「由愛お姉ちゃん。そこまで良い人ぶらなくてもいいんだよ?」
「茉莉ちゃんは姉さんの魅力を知らないんです。あの人は厳しさの中に、優しさもある方なんです。不器用ながらも、包み込んでくれるような温もりを持っています」
優しさとか温かさって、雫さんの評価の言葉じゃないよね。
「ありえないよ。我が家の魔女だよ、魔女」
「ふふっ。昔の話をしましょう。あれはまだ私が子供だった頃、茉莉ちゃんが生まれた時の話です。実は茉莉ちゃんが生まれて、一番に可愛がっていたのは雫姉さんなんですよ」
「え?」
「もう毎日、付きっきりで面倒をみて、お世話もしてあげてました」
「う、嘘だぁ。お姉ちゃんが?」
信じられないと言った茉莉の顔。
「本当です。赤ちゃんだった茉莉ちゃんのほっぺを指で触っては『可愛くて、可愛くて仕方がない』って笑ってました」
「あ、ありえない」
「10歳も離れた妹。茉莉ちゃんと言う妹ができた事に一番喜んでいたのは姉さんです。今もちゃんと、茉莉ちゃんを妹として愛してるんですよ」
彼女の言葉に俺達は黙り込んでしまう。
あの怖いお姉さんにそんな一面があったなんて。
昔のこととはいえ、姉妹としての愛情は確かにあったのか。
「そんな話を聞くと、いいお姉さんなのかもしれないな」
「む、昔の事だから私は騙されませんっ。今は違うもん」
「いいえ、変わりません。だって、今でも茉莉ちゃんの寝顔を見た時は嬉しそうに笑うんですよ。『昔と同じで無垢で可愛いね』って。本人には面と向かって言うことはないかもしれませんけど、愛している事だけは事実です」
自分が人から愛されているかどうか。
案外、分かりにくい物なのかもしれない。
だけど、ちゃんと愛されているんだって。
雫さんなりの姉妹の愛情、確かに存在するようだ。
茉莉は何だか気恥ずかしそうに赤くなっていた。
「うぅ、私も愛されてるのかな?」
「今度、本人に聞いてみればいいじゃないか」
その時はどんな言葉が帰ってくるんだろうね?
俺はまだ雫さんという女性の事をよく知らないんだな。