第5章:部活の顧問《断章3》
【SIDE:鳴海朔也】
翌日、校内放送で望月を職員室へと呼んでもらった。
昼休憩の終盤、望月は慌てた様子で職員室に入ってくる。
俺の姿を見つけるやいなや、彼女は尋ねてきた。
「あ、あの、鳴海先生」
「落ち着いてくれ。慌てる事もない。ここだと何だから、少し部屋を借りようか」
俺は生徒指導室が空いてるかを確認して、そちらへと移動する。
人目を忍んで、というよりも内容が内容だけに公にすることでもない。
「椅子に座って。いきなり呼びだしてすまない。昼食はもうとったか?」
「はい、大丈夫です。それで、先生。昨日の話は考えてもらえましたか?」
「部活の顧問だろう。その事で望月を呼んだんだ」
俺は昨日と今日で教師たちから情報を入手した。
部活の顧問になる事はある意味、教師の仕事のひとつだ。
だが、責任を伴う事だけに中途半端に受けるのはいけない。
「……昨日はあまり話せなかったが望月は星が好きなんだ?」
「はい、大好きですよ。星は素晴らしいです」
「その辺の話を聞かせてもらえるか?」
顧問になる前に部長である望月自身の話を聞いてみたいと思ったのだ。
彼女は普段は寡黙で喋る事が少ないが星の話はよく話す、と教師から聞いた。
「そうですね。星を初めて好きになったのは小学3年生の時でした。初めて流星群を見たんです。ちょうど、流星群が見れると言う機会があって、親に頼みこんで星の見える丘に連れていってもらったんですよ」
「星の見える丘?」
「あっ、すみません。分かりませんよね。そう、地元の人から呼ばれている丘の公園があるんです。七つの森公園っていうんですけど」
「あぁ、七森か。知ってる、あの山の奥の方にある場所だろ?」
七つの森公園=星の見える丘。
なぜ七つの森なのか、その理由は知らないが俺達は七森って呼んでいた公園がある。
ホテルの立つ山とは反対側になる人気の少ない場所だ。
カブト虫とかよく取りに遊びに行ったものだ。
「……知っているんですか? 先生、東京から来たばかりなんじゃ?」
「あれ、言ってなかったっけ? 俺って元はこの町の生まれなんだよ。大学があっちなだけで、一応は地元なんだ。だから、ある程度は知ってるよ」
「そうでしたか。村瀬先生と同じなんですね」
「七森が星の見える丘なんて小洒落た名前で呼ばれているのは初めて知ったぞ」
七森公園の付近は確かに民家もなく、電灯もほとんどないので星がよく見えるだろう。
「七つの森公園がそう呼ばれるのもその流星群がきっかけなんですよ。たくさんの人がその公園に集まって皆で星を見たんです。それ以来、そう呼ばれるようになりました。今も天文部はそこで星の観測をしたりするんです」
「なるほど。それじゃ、俺が知らないわけだ。望月が小4って事はちょうど7年くらいか。俺がこの町を去ってすぐ後ぐらいの話だろうからな」
「そうなんですか?」
俺は頷き「中学時代までここにいたんだ」と付け加える。
あれから7年、何も変わらないと思っていた町にも変化はある。
「流星群を見て、感動したのか?」
「はい。とても驚きました。それまで、星なんて空に浮かんでいて別に物珍しくもないと思っていたんです。この町は他と違って普通でも良く星が見えますから。でも、違った。あの日、見た光景は幻想的で素晴らしく綺麗でした」
「それは分かる気がするな。都会に出て、星なんて見上げても全然見えなかったから。こっちに戻ってきて初めてその価値を知る。綺麗な海もそうだけど、当たり前が当たり前じゃないって知ったらその価値を大切に思えるようになったよ」
都会は便利で何でもあるが、自然と言う特別なモノがない。
それゆえに、田舎にとっては何でもないことに興味を抱くこともある。
「……流星群を見上げて私は思ったんです。星の一つ一つの輝きの意味って何だろうって。こんなにも数えきれないほどの星が宇宙にはあって、この地球もその無数の星のひとつでしかないと思うと、宇宙の広大さに圧倒されたんです」
「それがきっかけで星に興味を持ったのか?」
「はい。調べれば調べるほど、星って興味深くて面白いんです。天体望遠鏡で見上げる星の輝きは最高です。この夏にもまた流星群が来るんですよ。先生もぜひ、見て欲しいですね。あっ、そ、その……」
彼女はそこまで話してまた黙り込んでしまった。
星の話をする時の彼女は普段とは別人に思える。
それだけ好きなんだろう。
想いがとても伝わってきて俺は思わず笑ってしまった。
「あははっ、いいじゃないか。そんなに恥ずかしがらなくても」
「も、もうっ。笑わないでくださいよ、先生っ」
「よく分かったよ。望月が星を大好きだってことが。確かに俺も星空を眺めて思った事がある。宇宙は広くて、地球は小さな星でしかなくて、その星にすむ俺ってどれだけちっぽけな存在なんだろうってな」
「でも、この地球ですらも大きく思える小さな宇宙が世の中にはあるんですよ。そう考えたら不思議ですよね」
星の大きさって自分たちが思っているよりもかなり大きいものがある。
本当に地球が小さいと思えるその宇宙の広大さ。
無限にも思える数多の星々の輝きに惹かれる望月。
彼女を見ていると、とても楽しそうで、部活を潰すわけにはいかないと思えた。
「……望月、顧問の件だが」
「はい……。どうでしょうか?」
「引き受けてもいいと思う。それだけ熱心に何かに取り組んでいる生徒を拒絶することはできないし、応援したいと思えたんだ。俺でよければ顧問になるよ」
「あ、ありがとうございます、鳴海先生っ」
嬉しそうに微笑む彼女は可愛く見えた。
ふーん、この子はこういう風に笑うんだ。
笑顔をみたことがなかったが、ずいぶんと可愛らしい。
「やっと見れたな」
「……何がですか?」
「望月が笑顔を浮かべたところだよ。そんな風に笑うんだ。可愛いじゃないか」
「え? あ、いや、あの、先生!? も、もう、何を言いだすんですか!?」
少し褒めただけなのに彼女はドキマギした感じで真っ赤になる。
純情ってのは彼女のためにある言葉ではないか。
「褒めただけなのに?」
「そう言う褒め方は……照れます」
ここで「可愛いな」とか言ったら俺はセクハラ教師になるんだろうか。
あまり調子に乗るのも自分の立場的に首を絞めるだけだ。
お兄さん、まだ教師を続けたいです。
「望月、俺が顧問になるのは了承したが、部活として天文部を認めるには人数が足りていない。確か、同好会になるかの瀬戸際は今月末だったよな?」
「そうです。ゴールデンウィーク前までが最終リミット。それで集まらなければ、GW後は同好会に引き下げられてしまいます」
「そうなると、顧問の俺は必要なくなる。そうならないように人数集めをしてくれよ」
「はい、頑張ります。先生が顧問になってくれるというだけでも、未来が繋がったんですから……。本当にありがとうございます、鳴海先生。必ず、部員を見つけてきますから」
丁寧に頭を下げて礼を言われる。
そこまで感謝されると、こちらも受け入れたかいがある。
「部員集めは何とかします。来週には新入生向けの部活紹介もありますから精一杯アピールしますね。頑張りますよ」
やる気になってくれて何よりだ。
俺が顧問になっても、天文部の廃部危機は乗り越えられない。
あと2人以上、入部してくれないとダメなんだ。
タイムリミットが迫る中で彼女達の努力次第で運命が決まる。
職員会議が長ったらしくて、終わったのは夜の7時過ぎだった。
俺がのんびりと夜道を歩いていると、斎藤と妹の桃花ちゃんの姿を商店街で見かける。
彼女たちの家である魚屋が近くにあるのでここで会うのは普通の事だろう。
「よぅ、おふたりさん。いつも兄妹仲良くていいね」
「おっ、鳴海か。仕事頑張ってるか?」
「まぁな。斎藤は妹と一緒に何をしてるんだ?」
「私達は図書館に行ってきた帰りなんだよ」
桃花ちゃんと斎藤の組み合わせで図書館?
何だ、何の用事があってそんな場所に兄妹で行く。
「図書館? 何かあったのか?」
「朔也お兄ちゃん、知ってる?美人兄にはねぇ、すっごく綺麗な恋人がいるの」
恋人がいるとは聞いていたが、どういう相手なのかは知らない。
聞いても「年下の女だよ」と程度しか教えてくれていないからな。
「おい、桃花。その話は……」
「いいじゃない。朔也お兄ちゃんになら言っても。あのね、その人、この町の図書館の司書さんをしているの。美人司書で有名なんだよ。ホント、美人兄にはもったいなくらい」
「へぇ、そうなんだ。やるねぇ、斎藤」
俺がそう言ってやると彼は困ったような表情を見せる。
あまり追求しないでくれと言う目が怖い。
「恥ずかしいから追求するな。分かるだろ、鳴海?」
「つまんない。まぁ、いいや。桃花ちゃん、また今度詳しい話を聞かせてくれ」
「うんっ。で、そのお姉さんにあってきた帰りなの。何で美人兄にあんな綺麗な人が恋人になったのかな?不思議だよねぇ」
俺と桃花ちゃんはふたりして斎藤の顔を見た。
「な、何だよ。いいだろう、どんな相手と付き合おうと。何が問題だ」
「いや~っ、斎藤にもそういう浮いた話があったんだな、と」
「鳴海のようにいろんな女に手を出してない。俺は一途で硬派なんだ」
「……俺も軟派じゃないっての。その辺の誤解をされているのが悲しい」
そりゃ、大学時代は女が切れた事がなかったのは事実だが。
別に特別に軟派ではないのだけども、どうにも誤解されやすいのだ。
「俺の事は良い。そうだ、鳴海。桃花のクラスの副担任になったんだって?」
「知り合いがクラスの生徒にいるってのは良い事だ。桃花ちゃん、何かあったらお兄さんを助けてくれるようにお願いします」
「くふふっ、それは袖の下の具合によるかな~?」
笑顔で教師に賄賂を要求する桃花ちゃん。
「さすが斎藤の妹、やるな……」
「どういう意味だよ、おい」
「ふむ、袖の下はこのジュースでどうだろうか?」
「あー。桃の天使の聖水だ。これ、おいしいから好き。袖の下、受け取りました」
彼らとしばらくの間、雑談しながら金曜日の夜を過ごしていた。
明日からは休日、どんな休みにしようかね。