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蒼い海への誘い  作者: 南条仁
第8部:星々の彼方 〈星野家三姉妹編・星野雫END〉
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第5章:嵐は突然に《断章2》

【SIDE:鳴海朔也】


 嵐の夜に星野家の邸宅に泊まることになった。

 

「朔也さん、お風呂はどうでしたか?」

「……檜風呂、ものすっごく広くてびっくりしたよ。しかも、温泉なんだ?」

「はい。少し離れた所から温泉を引いて来てるんです」

 

 さすが星野家と言うべきか、お風呂ひとつでもかなり広かった。

 しかも、温泉なんてどれだけの贅沢なのだか。

 まるで、温泉旅館のような雰囲気だぜ。

 俺は借りた浴衣に着替えていた。

 

「さすが朔也さん。男の人でも浴衣が似合いますね。昔は町長をしていた祖父のお仕事の知り合いがお泊りする人も多かったんですよ。だから、そう言うのも用意しているんです。今は祖父も亡くなり、あまり泊まり客は来ませんけどね」

「そういえば、星野家って代々、町長をしてる家系だっけ」

 

 それなら、来客も多かっただろう。

 ちなみに今の町長は星野家の人間ではない。

 だからこそ、これだけ急な美浜町の開発も始まってるわけだが……。

 

「由愛ちゃんのお父さんとか、町長をしないのか?代々、そうだったんだろ?」

「父を含めて兄弟の皆さんは会社を経営していて、そちらの方が興味があるみたいで。将来的には分りませんけども、今の星野家の中で政治に意欲のある人は今はいませんね。冗談で、雫姉さんが町長を狙うとか言うくらいです」

「……そうなったら、この美浜町は恐怖の独裁政治が始まるな」

 

 まさに星野雫の野望。

 ……考えるだけでも怖いのだが。

 

「それにしても、改めて思うけど、広い家だよね」

「私が子供の頃は家族だけでなく、一族の皆さんもここに住んでいたので大人数だったんです。あの頃はとても楽しかった思い出があります」

 

 俺は由愛ちゃんにお茶を淹れてもらう。

 風呂上がりの乾いた喉をうるおしながら、俺は詳しい話を聞いてみた。

 

「この広い家に3人で住んでるけど、親戚はどうしてるんだ?」

「数年前からは親戚の方々は他にも星野家が所有する土地にそれぞれ家を建てたりして生活をしているんです。大家族で住むというのも今の時代でもないですから」

 

 時代が変わったというのもあるんだろうが、親戚もそれぞれ別の場所に住んでいるのは、この広い家がもったいない気もする。

 お金持ちの価値観ってのは、庶民の考えがおよばない。

 

「私の両親が会社を立ち上げてから忙しくなって、隣街に引っ越ししてしまってからは、もうずっとこんな風に姉妹3人での生活が続いています。お手伝いさんは昼間はいますけども、やはり家族がいないと広すぎる家ですからね」

「親と離れて暮らすのは寂しい?」

「そうですね。私は両親が大好きですから正直に言えば寂しいです。茉莉ちゃんもまだ甘えたい年頃でしょうし。それでも、ちゃんと週に1度は顔を見せに来てくれてますから。ちゃんと愛してくれているのは分かってます」

 

 家族に愛されてるからこそ、由愛ちゃんはこれだけ優しい子に育ったに違いない。

 ……それならば、雫さんはどう育ったのだろうか。

 

「雫さんって、昔からあんな感じ? 一匹狼っていうか、一人が好きみたいな」

「他人と慣れ合うのを好みませんね。すぐに人と溝を作ってしまう、はっきりと言えば姉さんの悪い所です。もっと、自分に素直になって欲しいんです」

 

雫さんが素直になるってところがまず想像できにくい。

 

「それに姉さんは誤解されやすいですが、決して強い人ではないんです。その心は私達の誰よりも、壊れやすくて繊細な方なんですよ」

 

 あの人のどこに弱さがあるのか教えて欲しい。

 

「嘘だろ? 怖い物知らずの弱みなし、まさに魔女というべきお方なのに」

「ふふっ。姉さんにだって、怖いものはありますよ。弱みだって見せないだけであるんです。まぁ、本人も弱みを絶対に見せないと隠してますけどね」

「マジで? あの人に弱みなんてあるの?」

「それは人ですからありますよ。知りたいのなら、ご自分で見つけてあげてください」

「……そんなの無理だから。絶対に無理だと断言できる」

 

 俺は肩をすくめて否定をした。

 そもそも、俺に弱みなんて見せるはずがないだろう。

 

「朔也さんの前では姉さんも結構、素直な所を見せたりしてますよ。あんな風に自然な姿を見せる人はお友達以外には朔也さんだけだと思います。ああ見えて、それなりに朔也さんの事を気に入ってるんです」

「それはないわぁ……」

 

 俺に対しての悪意全開が彼女の本質だというならば、余計に性質悪いよ。

 俺の事を気に入ってる素振りすらないんですが。

 

「本当です。長年、妹をしている私が感じるんです。姉さんは朔也さんに心を開いてます。これを機会に姉さんも変わってくれればいんですけど」

 

 姉を心配する由愛ちゃんの言葉が気になっていた。

 

 

 

 

 その後、俺は雫さんに部屋まで案内されることに。

 微妙に気まずい雰囲気の中、雨の音の響く廊下を歩く。

 

「強い雨ですね。こりゃ、今日の夜は雨の音で眠れないかも」

「……雨の音だけならまだマシよ」

「はい?」

「何でもないわ。さっさと歩け。お前の部屋は一番奥に用意してあるから」

 

 それにしても、星野家の間取りは一体、何部屋あるのか知りたい。

 あちらこちらに部屋だらけで迷子になりそうだぜ。

 

「もしも、夜中に私達の部屋に来た時は命はないと思いなさい。部屋の外にでたら……分かるわよね。山が良いか、海が良いか、最後にそれだけを選ばせてあげるわ」

「さ、さー、いえっさー!」

 

 俺はガチガチに緊張しながら答えた。

 だって、雫さんの顔が笑ってない……彼女は本気だ!?

 そんな時、雷の激しい音がうるさいくらいに鳴り響く。

 

「うわっ、今のはかなり近そうだ。もしかしたら、山の方に落ちたのかも」

 

 続けざまに雷鳴が鳴り響く、これはかなりの大嵐だ。

 

「……ぅっ」

 

 だが、何やら、沈黙してしまう雫さん。

 ゴロゴロと轟く雷、俺が異変に気付いたのは立ち止まってしまった彼女を見た時だ。

 

「……ぁっ……いやっ……」

 

 雫さんは明らかに顔色も悪く、いつもの覇気がまったくなくなってしまっている。

 

「あの……雫さん? 聞こえてますか?」

「……え? あ、何? ……ぅっ」

「いえ、どうしたんですか?どこか具合でも悪いのか、と」

「な、何でもないわ。さっさと、案内するからついてきなさい」

 

 言葉はいつも通りに強気なのに、雰囲気が先程までと違いすぎる。

 これはまさか、もしや……雷が原因ではないか?

 いやぁ、でもあの雫さんが雷程度にビビると思うか?

 ないだろう、むしろ、魔女だから雷すら操るかもしれん。

 一応、聞いてみることにする。

 

「雫さん。実は雷が怖いとか?」

「……鳴海、それ以上の深い追求をすれば、この雨の中を追い出すわよ」

「す、すみません。大人しくしてるので許してください」

 

 俺を睨む彼女の反応、マジっぽい。

 ……嘘だろ、あの雫さんに苦手なものが本当にあったなんて。

 雷が怖いなんて女の子みたいな反応だ、って、確かに雫さんも女の人なんだ。

 あまりにもギャップがあって驚きだが、気づいてみれば、先程から雷が鳴るたびに身体を震えさせて、手を強く握りしめて必死に耐えているように見える。

 苦手なものがあっても、人前では決して弱みを見せない、その強さ。

 これが由愛ちゃんの言っていた雫さんの心か。

 

「……雫さん、ひとりで寝れます? 何なら、俺が付き合いましょうか?」

「鳴海。私は一度言ったことを二度も言う優しさはないわよ。添い寝なんて希望もしてないし、気持ち悪い妄想をするな。ぶち潰されたいの?」

 

 苛立ち全開、こちらにも強力な雷が落ちた……。

 うかつな軽口禁止、俺は雫さんの殺意にげんなりしながら、部屋にたどりつく。

 すると、部屋にはパジャマ姿の茉莉が待ち構えていた。

 

「鳴海センセー、今日は一緒に寝よう♪」

「いつのまに……。茉莉、自分の部屋で寝なさい! この男と一緒なんて許さない」

「やだぁ。私、雷が怖くてひとりじゃ眠れないの。ねぇ、センセー」

 

 俺に甘えてすり寄る彼女。

 やばい、お風呂上がりだとシャンプーの匂いがいい感じだ。

 ……ハッ、お子様の茉莉相手に俺は何を考えた?

 

「離れろ。あのさ、茉莉。だったら、今日は雫さんと一緒に寝ると良い」

「え? あ、えっと……え?」

 

 茉莉は思わぬ展開にあ然とする。

 その隣の雫さんも驚いた顔を見せるが、珍しく微笑みを見せた。

 

「いいわね、茉莉。たまには私も姉らしく妹と仲良くしましょうか」

「え? ちょ、ちょっと待って!? 意味が分からない。私が一緒に寝たいのはセンセーであってお姉ちゃんじゃないよ!?」

「ほら、行くわよ。姉妹の仲を深め合いましょう」

「この展開、何!? ぜ、全力で遠慮させてもらうから! ひ、ひとりで寝れるし……い、いやぁー、連れて行かないでぇ!?」

 

 ――強制連行決定。

 雷が怖い雫さん、茉莉でもいいから傍にいて欲しいと思う程とは……そこまで苦手か。

 

「おやすみ、茉莉。雫さんもおやすみなさい」

「ほら、行くわよ。お姉ちゃんが一緒に寝てあげるわ。雷が怖いなんてお子様な妹のためになんて優しいのかしら」

「せ、センセー!? 助けてよ、冗談だよね? 姉と一緒に寝るなんて意味が分からなくて泣きそうだよ。うぇーん」

 

 微笑を浮かべる雫さんにずるずると引きずられていく茉莉の顔はひきつっていた。

 本気で嫌がられるほどの姉妹仲ってどうなのだ、と突っ込みたい。

 

「いや~、連れて行かないで! 私一人でも眠れるから、やだぁー」

 

 嵐の夜に、少女の叫びは無慈悲にも豪雨の音にかき消された。

 茉莉が連行されてしまい、静かな部屋でひとりっきりになった。

 

「……彼女は犠牲になったのだ」

 

 俺は手を合わせて、茉莉の今夜の平穏を願った。

 嵐の夜は長く、まだ続く。

 

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