第4章:バースデー《断章2》
【SIDE:鳴海朔也】
夏休みに入って高校内も静かな日々が始まった。
俺はクーラーのきいた職員室で、のんびりとした時間を過ごす。
……こんな風に落ち着いた時間を過ごせるのは良い。
本日のお仕事も終わり、帰り道を歩いてると茉莉から電話がかかってくる。
『鳴海センセー。お仕事が終わって暇なら、駅前のスーパーに来て』
「スーパー? なんで?」
『今日は由愛お姉ちゃんの誕生日なの。お祝いのパーティーをするから、一緒に来てよ。きっと由愛お姉ちゃんも喜ぶよ』
「なんだと!? それを先に言いなさい。着がえ次第、すぐに向かう」
由愛ちゃんの誕生日が近い話は聞いてたが、今日だったのか。
それはぜひ、祝ってあげないといけないだろう。
俺はシャワーを浴びてすっきりしてからスーパーに向かった。
その途中で、プレゼント選びとしてアンティークショップに寄ることにした。
茉莉に電話をして彼女の好みをリサーチする。
「なぁ、茉莉。由愛ちゃんって何か好きなものでもあるのか?」
『可愛い物全般? 小物とか猫とか、可愛い物をコレクションしてるよ?』
「幅広く可愛い物が好きなのか」
由愛ちゃんの誕生日プレゼントになるものがないか探す。
せっかくの機会だし、ここは喜んでもらえるものを買おう。
何かないかならと探してたら、アンティークのオルゴールを見つける。
ブランド物でもないけど、こう言うのでも喜んでくれるのだろうか?
「これでいいや。値段もそれなりだし」
由愛ちゃんが喜んでくれることを期待して、俺はそれを購入する事にした。
店を出たあと、待ち合わせた場所では満面の笑みを浮かべた茉莉と合流する。
「……鳴海センセー、会いたかった♪ 夏休みだと会う機会が少なくなるのが嫌~」
「そんな事より、準備というのは何をすればいいんだ」
「うぅ、簡単に流すし。ひどい。まぁ、いいや。えっとね、料理……は無理だから、材料を買います。料理担当は雫お姉ちゃん。あとはね、注文してたケーキもあるから。センセーには荷物持ちをして欲しいなー」
そんな所だろうと思ってた。
荷物持ち程度なら俺の役目として妥当だろう。
俺達はスーパーでパーティーの材料を買うことにした。
星野家では既に帰宅していた雫さんがキッチンで料理をしていた。
エプロン姿がよく似合う家庭的な雰囲気の雫さん、なんか新妻っぽくていい。
口を開けば俺を言葉の暴力でフルボッコする魔女なので、決して口には出せませんが。
「ただいま、お姉ちゃん。材料を買ってきたよ」
「そこに置いておいて……あら?」
俺の方を見るや、不機嫌な表情を浮かべる。
「……どうやら、招かれざる客もいるようだけど?」
「そんないい方しないでくださいよ、雫さん。ちゃんとプレゼントも持ってきてます。あの子の誕生日を一緒に祝わせてくださいよ」
「鳴海センセーも誘った方がきっと由愛お姉ちゃんも嬉しいはず」
最初は嫌な顔をしつつも、雫さんは参加を認めてくれた。
「はぁ。プレゼントも持参してるみたいだし、今日は許可しましょう。お前達も手伝いをするのよ。茉莉はテーブルのセッティング、鳴海はワインを取りに行って欲しい」
「……ワイン?」
雫さんの話では星野家には倉庫がいくつもあり、その中の一つはワインセラーとして改装されているそうだ。
さすがお金持ちだと思いながら倉庫の中に入る。
ワインは温度と湿度が大事、ひんやりとした温度管理された倉庫内を見渡す。
「ワインセラーまであるとはさすがだな。えっと、指定された番号の棚はどこだ?」
中には彼女のお父さんや親戚の趣味のお酒も置いてあるらしい。
今回は雫さんの好みのお酒を持って来いとの命令だった。
「高そうなワインが並んでおるわ。年代モノとか探せばあるかも……」
だが、指定された棚のワインは思いの他、普通のワインばかり。
どうやら雫さんの所有するお酒は他の高そうなお酒とは違うようだ。
お酒を飲みに誘った時にも普通にカクテルを飲んでいたし、特に高い物が好きというこだわりがあるわけではないらしい。
「安いお酒もこういうちゃんとしたワインセラーに飾られると高く見える」
俺の部屋に置いてる酒なんて、せいぜいクローゼットの中で保管だからな。
同じ安酒でも扱いが違うと価値さえ違って見える。
俺は棚の中から一本のワインを取り出した。
俺はそれを持って帰ると、ちょうど由愛ちゃんがお仕事が終わって帰って来たようだ。
こちらに気付くといつもの可愛い笑顔を浮かべてくれる。
「こんにちは。朔也さん、来ていたんですね」
「おかえり、由愛ちゃん。今日は誕生日なんだって? 誕生日おめでとう」
「ありがとうございます。朔也さんもパーティーに参加してくれるなんて嬉しいです」
ホントに可愛いなぁ、由愛ちゃん。
お姉さんとは大違いの歓迎ぶりは本当に和むわ。
……雫さんなんて、俺の顔を見たら嫌悪しかしてくれません。
「鳴海、サボって妹と戯れてないで、さっさと手伝いなさい」
「う、うぃっす」
いつのまにやら、背後に魔女がいたのでゾクッとした。
まさに神出鬼没、油断していたら命とり。
雫さんに叱られながら、慌てて俺はキッチンへと走った。
由愛ちゃんの20歳の誕生日パーティー。
美味しそうな料理の数々が並ぶテーブルの真ん中にはケーキが置かれている。
「お姉ちゃん、誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
誕生日ケーキを眺めて、幸せそうに微笑む。
皆に祝福されて、今日の彼女の笑顔は今まで一番可愛らしい。
由愛ちゃん、俺の天使になってください。
「由愛も20歳か。10代の頃と違って、責任のある行動を心がけなさい」
「はい、気をつけます」
「雫さん。たまには姉らしい事を言いますね」
「当然でしょう。私は立派な大人だもの。どっかの教師みたいに、自分の行動に責任を持てない大人にはならないように」
それ、俺の事ですか?
まるでダメな大人代表のように引き合いに出さないで欲しいな。
「……文句でもある?」
「まったくありません」
大人には時に屈辱的に辛い事を言われても我慢しなきゃいけないことってあるんだ。
……それが大人の対応、そして、今がその時。
単純に雫さんが怖くてびびったわけではありません。
ケーキを食べながらそれぞれが用意したプレゼントを由愛ちゃんに手渡す。
最初は茉莉、何やら大きな箱を用意している。
「由愛お姉ちゃん、誕生日プレゼントを用意したの。じゃーん、しょこたん用のベッド。猫用のベッドをお姉ちゃんにプレゼント」
「うわぁ、可愛らしい絵柄のベッドですね。ショコラも喜びますよ」
「ふふふっ、これでしょこたんも少しは私に懐くはず」
飼い猫に懐いて欲しいと言う願いを込めた、下心ありなプレゼントである。
ていうか、まだ懐いてないのか……。
次は雫さんの番だが、彼女が由愛さんに用意したのは女性物の腕時計だった。
「由愛も大人なのだから、時計のひとつでも持っていなさい」
「ありがとうございます。デザインもいいですし、素敵な時計ですね」
ブランド物なのか結構、高そうに見えるんですが……。
さすがお金持ちのご令嬢は、妹の誕生日プレゼントの額も桁が違うようだ。
順番的には次が俺なのだが、買ったきたのはたった数千円のオルゴールだ。
「雫さんの豪華なプレゼントの後に渡すのはちょっとランクダウンするけど」
「これは……何の箱でしょう? 可愛らしい彫刻がされていますね?」
「開けてみれば分かるよ」
俺の言う通りに箱を開けると、由愛ちゃんは驚いた顔をする。
「綺麗な音色……。オルゴールですか?」
アンティーク調の箱からテンポよく流れるオルゴールの音色。
「朔也さん。とても嬉しいですっ。大事にさせてもらいますね」
ご機嫌がいい彼女は俺に笑顔を見せてくれる。
その笑顔で十分、俺も幸せと言うプレゼントをもらえた気がした。
「本当に綺麗な音。とても気に入りました」
「いいなぁ、お姉ちゃん。鳴海センセー、私の誕生日も忘れないでプレゼントをちょうだい。私は物じゃなくていい。鳴海センセーの溢れる愛が欲しいです」
「やめいっ。俺の愛は18歳未満の子供には刺激的だから無理」
茉莉に手を出したらロリ教師として、リアルで捕まるわ。
俺の発言に心底呆れた顔をする雫さん。
「……つまり、鳴海は性癖も愛も、ど変態ってことね」
「ちょっ!? 違いますよ、雫さん! そう言う意味で言ったわけでは……」
和やかな雰囲気で由愛ちゃんの誕生日パーティーは過ぎ去っていく。
だが、このパーティーはそう簡単には終わらなかったのだ。
……まさか、あんな事が起きるなんて。