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蒼い海への誘い  作者: 南条仁
第8部:星々の彼方 〈星野家三姉妹編・星野雫END〉
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第3章:触れ合いの中で《断章1》

【SIDE:星野雫】


 悪意の固まり、ひねくれた性格。

 私、雫と言う女を一言で表すとそうなる。

 茉莉から言わせれば私は魔女らしい。

 妹に言われると不愉快ではあるけども、言い得てると思う。

 私も自分の性格の悪さは自覚している。

 幼い頃からひねくれて、他人を卑下して見下して、敵を作って嫌われて。

 周囲に敵だらけつまらない生き方しかできない。

 星野家という、この小さな町では大きな権力と立場を持つ家柄。

 誰も私のする事を止めないから、我が侭好き放題に育った。

 だけど、私はそういう自分の性格が嫌だったのだ。

 私だって由愛のようになりたいと思う。

 誰にでも愛されるような人になりたい。

 ……だけど、そんな自分を想像するだけで笑ってしまう。

 私は人に愛想良く振舞うことなんて苦手だもの。

 こんなつまらないほどの意地の悪い性格を受け入れてくれる人間なんていない。

 変わらなくてはいけないと思いながらもできない。

 そんな風に思いながら生きてきて、気がつけば25年も経っていた。

 

 

 

 

「ショコラ、茉莉ちゃんが買ってきてくれた猫缶は美味しいですか?」

「にゃー♪」

 

 鳴海の看病を終えて、家に帰ると由愛が猫と戯れていた。

 猫缶のエサを美味しそうに食べる子猫。

 野良の子猫を拾ってきてから、由愛はとても機嫌がいい。

 

「ただいま、由愛」

「おかえりなさい。お疲れ様でした。風邪をひいた朔也さんの容体はどうですか?」

「典型的な夏風邪よ。寝ていれば明日には治るでしょう。ひどくもなさそうだから放っておいてもよかったかも」

「そうですか。夏風邪もこじらせるとやっかいですし、はやく治ってほしいですね」

 

 心配そうな顔を見せる由愛。

 まだそれほど出会ってから間もないのに随分と心を許しているらしい。

 

「何よ、鳴海の事が心配だったの?」

「当たり前ですよ。風邪と聞いてびっくりしました。それにしても、雫姉さんが朔也さんのお世話をしてあげるなんて、失礼ながら意外に思いました。普段の姉さんなら、そんなことをなさらないのに……」

「お世話というほどの事はしてない。看病って言っても、そんなに大したことじゃないわ。あと、自分でも意外だとは思ってるけど」

 

 鳴海の夏風邪の看病をしてあげたのはただの気まぐれだ。

 確かに普段の自分なら見捨てるだろう。

 

「雫姉さんにも人並みの優しさがあったんですね」

「……人並みにって言葉が悪い」

 

 にこやかな笑顔でさらっとひどい事を言う由愛。

 悪意ゼロなところは私以上に性質が悪いと思う。

 

「食事はすませましたか?」

「まだよ。この時間だし、今から、美帆のお店に行くわ。たまには顔を見せないとね」

「あぁ、美帆さんですか。一昨日、カフェにきてくれました。可愛らしい赤ちゃんを連れてましたよ。ほっぺが柔らかくて、とてもキュートです。抱っこさせてもらったんですけど、赤ちゃんって意外に重いんですね。命の重みと大切さも感じました」

 

 猫の頬を触りながら由愛は「ショコラの頬も柔らかいです」と再び猫と戯れる。

 美帆の子供は可愛いけども、子猫と比べるのはどうだろう。

 妹の天然さ加減に少々、呆れながら私はもう一人の妹の事を聞く。

 

「茉莉はどうしてる?」

「さっき、お風呂に行きましたよ。朔也さんの事を話したら、明日はお見舞いに行くと張り切っていました。私も一緒について行こうと思います。姉さんは……聞くまでもないですよね」

「二度目があるはずないでしょう。好きにすればいいわ。まったく、あんな男のどこがいいのかしら。由愛も変な男に気を許さないように。それじゃ、戸締りをしておいて。今日は遅くなるかもしれないわ」

「分りました。夜道ですから気をつけてくださいね」

 

 私はスーツから私服に着替えて美帆の店へと向かうことにした。

 

 

 

 

 小学校時代からの数少ない友人のひとり、美帆はこの町で居酒屋を経営している。

 常連客で賑わうお店に入ろうとすると、彼女の妹、神奈とすれ違った。

 

「こんばんは、雫さん」

「どうも。これから外に行くの?」

「えぇ。少し用事があって、出かけてくるんです。お姉ちゃんなら中にいますよ」

 

 挨拶と会釈をされて、慌てた様子で店から出ていく彼女。

 一応、彼女もお店の店員なので、何かあったのかと思いながら中に入る。

 

「こんばんは。今日も賑わってるわね」

「あら、雫じゃない。どうしたの?」

「お店にやってきたお客に言うセリフではないわ。美帆がたまにお店に顔を出せって言うから来たのよ」

 

 カウンター席に座ると美帆が笑顔で出迎えてくれる。

 お酒は好きな方だけども、ひとりで家で飲む事が多い。

 私が外でお酒を飲むのはこのお店くらいしかない。

 

「それは嬉しい。車で来たならお酒はダメよ」

「ちゃんと、歩いてきたわ。ついでに食事をしに来たの。ちょっと他人に親切をしてきて、夕食をまだ食べてないの」

「……うわっ、雫が人に親切するなんて珍しぎする。他人に優しく、が一番縁遠い言葉なのに」

 

 妹同様にここまで驚かれるとさすがの私も傷つくわ。

 親友の驚いた顔に私は頭を抱えながら嘆く。

 

「友達から言われると、心が痛むのだけど?」

「ごめんね。ほら、貴方は基本的に自分以外の誰かに優しくする事なんてほとんどないでしょう? 驚いたのよ」

「……そうかもね」

 

 言われてみたら、反撃するのも虚しく思えた。

 自分の事は自分が一番よく知っている。

 

「せっかくだし、ゆっちゃん、連れてこようか?」

「まだ起きてるの?」

「起きてるわよ。自分の娘ながらいつ見ても可愛いんだから 」


 お店の奥から、美帆は赤ちゃんを抱き抱えてくる。

 まだ小さな赤ちゃんの名前は悠姫(ゆうき)。

 可愛らしい女の子だけども、眠いのか薄目を開けている。

 

「……めっちゃ眠そうな顔をしてるんだけど?」

「この目が可愛いんだよ、大人しくしてる時は天使だもの。抱っこする?」

 

 私は悠姫を抱きかかえると眠そうな目をこちらに見せながら小さく欠伸をする。

 確かに無邪気な子供は見ていると可愛い。

 

「ホント、子供は無邪気よね。見てるだけなら可愛いと思うわ。自分が母親になって育てるのは勘弁してほしいけど」

「もうっ、そんな事を言って。雫に母性はないの?」

「さぁ? 実際に子供が生まれなきゃ母性なんて芽生えないんじゃない?」

 

 子供を育てるだけの優しさが私にあるのかも疑問だわ。

 

「雫もきっと、好きな人ができれば分かるわよ」

 

 この手の話題は苦手だ。

 恋愛感情だけでなく、優しさも愛情も私には欠けている。

 

「この前、妹のお店に来たって聞いたわ」

「あぁ、由愛さんのカフェに買い物帰りによったのよ。あの子、本当に癒しキャラよね。悠姫のこともすっごく、可愛がってくれた。子供が大好きなんだって。由愛さんも本当なら今頃、子供でもいたのかな」

「あの子の場合は子供が好きというよりも可愛い物が好きなだけ。あと、その話はもういい加減にやめて。昔の話よ」

「分かってるわよ。ただ、人の出会いって不思議なものだって思ってるだけ」

 

 由愛のありえたかもしれない未来。

 あの子もいろいろとあって今がある。

 

「雫だって、誰かと素敵な出会いでもあったのかしら?」

「だから、私の話は良いってば。放っておいて。それよりも、注文してもいい?」

「はいはい。友達としての忠告、貴方もいい年なのだから、さっさと恋人くらい作りなさいよ」

「うるさい。まったく、結婚したからって上から目線はやめなさい」

 

 親友の余計なお世話に私は不満そうに文句を言う。

 適当に注文して料理を作り始める美帆。

 私はぐっすりと寝てしまった悠姫のベッドに戻してきた。

 

「そう言えば、さっき、神奈に出会ったわ。こんな時間にどこかに行ったの?」

「あー、神奈なら幼馴染の彼の所に行ったのよ」

「幼馴染って、彼女の恋人?」

「神奈の片思い相手。前々から彼の世話をしてあげたりしてるの。今日は夏風邪を引いたらしいんだけど、大丈夫かしら」

 

 ……夏風邪?

 偶然だろうか、脳裏にちらっとあの軟派男の顔が思い浮かんだ。

 

「その男の人の名前って?」

「雫は知らないと思うけど、鳴海朔也君。美浜高校の先生をしてる人よ」

「……やっぱり、鳴海か」

 

 まさか、神奈の幼馴染が鳴海だったなんて……。

 私は彼の家の中が思っていたより、綺麗だった事を思い出す。

 誰かに掃除させたりしてるんだと思ってたけど、神奈だったのね。

 

「あら、知り合い?」

「茉莉の副担任で、彼女のお気に入りなの。最近は由愛にもちょっかい出してるわ」

「ふふっ、朔也君は優しいから、神奈みたいに好きになる子、多いわよ」

 

 美帆は笑みを浮かべて言う。

 

「神奈は朔也君の事が好きだけど、相手は恋人のようには思ってくれない。でも、自分の想いが受け入れられなくても、傍にいるだけでもいいんだって。今は妹みたいな存在だって自分で言いきってるし。ある意味、関係が変わらない事を諦めてるの」

「うちの妹同様に、最低な男に引っ掛かってるわ。鳴海は女の敵だ」

 

 茉莉だけでなく、神奈まで鳴海を好きなんて……。

 鳴海はやっぱり、回復次第、一度ぶちのめした方がこの町の女性のためかもしれない。

 

「分かってないなぁ、雫は……」

「何が?」

「朔也君にはそれだけ魅力があるってことじゃない。いろんな女の子が好きになる、何かがあるんだって思うわよ。案外、雫もあっさり、朔也君に惹かれたりして?」

 

 私は「それだけはないわ」と断言して、美帆の料理を食べ始めた。

 鳴海朔也、思っていた以上にひどい軟派男らしい。

 

「……あの男、今のうちに何とかしておかないと妹達を含めてひどいことになるかもしれない。始末しておいたほうがいいかしら」

「怖いことを言わないで」

「害虫でも何でも早めの対処が大切なのよ。手遅れになる前にね」

 

 レモンチューハイを飲みながら私は軟派男の“始末”の仕方を考えていた。

 

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