第5章:部活の顧問《断章2》
【SIDE:鳴海朔也】
「先生、無理を承知でお願いします。私達、天文部の顧問になってもらえませんか?」
望月に頭を下げて頼みこまれた。
俺が部活の顧問だって?
「……俺が? いや、でも、俺って星とか全然分からないぞ?」
「顧問の役割的には問題はありませんよ。前の先生には部活指導よりも、活動のサポートをしてもらっていましたから」
言われてみればそうだな。
部活とは生徒のためのものだ。
スポーツ系ならともかく、文化部はそう気負う事もないか。
「……ダメでしょうか?」
「よく分からないのが本音かな。一度考えさせてもらってもいいか? 顧問は俺もどういう事をするのか聞いてみるよ。もし、自分に出来そうなら協力したい」
「あ、はい。ありがとうございます。考えてもらえるだけでも十分です」
ホッとする望月の表情。
安易に答えたのはいいが、その期待に応える事が出来るか。
それは分からないが、こうして生徒から頼まれると言う事は悪くない。
「明日は金曜日か。そうだな、明日にでも返事するよ」
俺はそう言って彼女と別れて職員室へと戻る事にした。
引き受けるにしても、断るにしても情報を聞かないと始まらない。
職員室では帰り支度を始める村瀬先生がいた。
「あっ、鳴海先生。おかえり。どう、見回りは終わった?」
「はい。それはそれで終わったんですけど、村瀬先生、聞きたい事があって」
先ほどあった話を彼女に相談してみる。
俺は部活顧問ってのがどういう仕事なのか、いまいちよく分からない。
「……部活の顧問? そう言えば、天文部の顧問は鳴海先生と入れ違いでやめたんだっけ。うーん。顧問か、私はどの部活の顧問もしてないからよく知らないわ」
「そうなんですか?」
生徒想いの彼女なら部活の顧問くらいしていると思ったが。
その点を追求すると彼女はどこかバツが悪そうに。
「え、えっと、ほら、部活の顧問をすると休日とか潰れちゃうし。私的に趣味の時間がなくなるのは困るわけで……ねぇ?」
「つまりは自由の時間のために、時間外労働はしたくないと?」
「わ、若い女子には自由が必要なんですぅ」
余計な面倒は背負いたくないのが本音のようで、彼女は苦笑いで誤魔化した。
小声で「しかも、休日手当とかでないし、ほとんどボランティアに近いし。野球部顧問とかよくやってられるわよ。私には無理ね」と呟いていた。
学校によっては強制的にどこかの部活の顧問になると言うのもあるようだ。 勤務外活動と言う事で中々給料にも反映されず、確かに自分の時間を削るものだらしい。
彼女のようにやりたくないと言う声があっても不思議ではない。
とはいえ、このような田舎高校では担当する部活の顧問の数自体が少ない。
いくつか兼任することもざらにあるそうだ。
「村瀬先生の趣味って何ですか?」
「ん。そ、それは、また今度話してあげるわ。それより、部活の顧問の話でしょ」
どうやら、はぐらかされてしまったようだ。
そんなに変な趣味なんだろうか……危ない趣味とか?
彼女は職員室を眺めて、誰か残っていないのか探す。
「あっ、白井先生。少しいいですか?」
同じく若手の白井先生を呼ぶと彼女は「部活の顧問の話は彼にしてみて」と言う。
「白井先生はね、剣道部の顧問をしているからきっと教えてくれる」
「そうですか。分かりました」
「それじゃ、私はもう帰るから。顧問の話、よければ受けてあげてね。望月さんのこと、気になるんだ。あの子、本当に星が大好きな子なの」
去年の事件で親しくなった事もあり、彼女なりに心配しているらしい。
「考えておきます。それでは、また明日」
「うん。お疲れ様、お先に失礼するわ」
村瀬先生が帰ってしまったので、俺は白井先生に部活の話を尋ねて見る。
「部活の顧問か。僕も剣道部の顧問をしているけど、結構大変だね。休日とか出てこなくちゃいけなかったりするし、自分の時間を削ったりする。ある程度の責任感も必要になってくる。先生はまだ新米だし、安請け合いはしない方がいいな」
「でも、文化系なら日数的にも負担的にも大丈夫でしょうか?」
「それはキミのやる気次第だ。鳴海先生は高校時代に何か部活をしていたのかい?」
「何もしてませんね。中学時代は陸上部をしてましたが、高校はつい遊びとかバイトをしていたので部活はやってませんでした」
ちょうど初めての彼女が出来た頃で部活とか興味ゼロだったのだ。
その後も女の子と遊ぶことに全力で部活とは無縁でした。
俺のどうでもいい過去はともかく、部活経験がないので部活顧問が具体的にどういうものかも分からない。
「部活顧問と言っても、天文部のような文化系ならほとんど顧問の仕事は楽なものさ。うちの学校は教師の数も少ないし、キミがよければぜひ受けてあげて欲しい。生徒達の部活動を支えるって言うのもいい経験になるんじゃないかな」
俺は彼に部活に関する詳しい説明を受けた。
やれるだけの事はしてもいいかな。
望月たちの力にもなってやりたい。
その日の夜、俺はいつものように神奈の店に夕食を食べに行く。
メニュー的にも飽きないし、値段も手ごろで馴染みの顔がいると言う意味でも、非常に使いやすい店なのだ。
「……あれ? 神奈、今日はお前だけか?」
いつもいる美帆さんの姿が店内にはない。
どーにも顔なじみと言うのは便利なモノで、互いに気を使わない分、雑になるのだ。
「そうよ。お姉ちゃんは2、3日、旅行に出かけちゃったからね。ほら、さっさと座る。今日は何する? 良いお魚あるけどそれでいい?」
「神奈にお任せで。ただし、俺の嫌いな貝系は勘弁な」
「はいはい。それじゃ、フライ系でいい? お酒はいつものビールでいいわね」
神奈が料理を作る姿を眺めながら俺は彼女に尋ねる。
「そういや、神奈って高校時代は何か部活をしていたか?」
「部活してたわよ。水泳部と料理部。運動部と文化部のふたつをしていたの」
「へぇ、二つの掛け持ちか。大変だったんじゃないのか?」
「どちらも日数的には週2回ずつだから別に問題はなかったよ。」
昔から料理好きだった彼女らしい料理部はともかく、水泳部って言うのは意外すぎだ。
なぜなら、小さい頃の彼女は全く泳げず、何度も溺れて問題となった。
これだけ間近に海があるのに満足に泳げなかった彼女の悔しそうな顔を思い出す。
「神奈は泳げなかったのに?」
「泳げないからか入ったの。初めは水に浮かぶのにも苦労したわよ。顔を水につけるだけでトラウマ発動。泣きそうになりながら水を克服したわ」
「へぇ、今は泳げるのか?」
「当然。3年間、頑張ったかいもあって、高3の時は自由形で県大会5位入賞。自分でよく泳げるようになったと思う。顧問の先生が熱心でね、初心者の私を教えてくれたの。今でもあの高校に狩野先生っていない?」
狩野先生は俺と同じ国語教師で、よく指導してもらっている先生だ。
「知ってるというか、俺と同じ科目の先生で上司みたいな人だな」
「そうなの? その狩野先生が水泳部の顧問だったのよ。今もそうじゃないかな。昔、高校時代にはインターハイ入賞とか記録持っていたんだって」
俺から見た狩野先生は人の良い優しい先生だが、水泳を教えているとは思わなかった。
「あ、それに。私が一年の頃にはお姉ちゃんの友達で星野雫さんって人がいるんだけど、インターハイで入賞したの。その先輩にもお世話になったなぁ」
「お前が泳ぎを覚えるとはねぇ。夏が楽しみだ」
「ふふふっ、過去の私と比べてどれだけ進化したか見せてあげるわ」
「水着のスタイルの良さも含めて期待させてもらおうか」
話をしながらも料理する手はやめない神奈はあっという間に揚げ物を仕上げる。
相変わらず、料理が上手な子である。
「はい、出来たわよ。アジのフライとお造り。あとはね、クリームコロッケ」
「おっ、うまそうだな。いただきます」
俺はさっそく味噌汁から手をつけると彼女は「メインから行ってよ」と不満そうだ。
神奈の料理は何でもうまいが、俺のお気に入りはこの味噌汁だったりする。
「これが好きなんだよ。味付け的に濃くもなく、薄くもなく、抜群の味だ」
「……あ、ありがとう。そう言ってもらえるなら嬉しいけど」
「それで、料理部の方はその経験が活かされているのか?」
「料理部? うん、人のために料理するって言う意味ではそうかも。それまで、自分の趣味でしかなかったわけじゃない?それが今、こうして居酒屋をする上で、必要な経験を積めたと思うわ。部活って大事な経験だもの」
泳ぐにしろ、料理するにしろ、部活から得た経験は彼女にとっては大切な思い出だ。
「朔也は高校時代に何かしてた?」
「何もしてなかった。友達とか遊んでる方が楽しかったからな。バイトとかしてたし、部活なんて興味もなくてなぁ。そー言う話を聞いていると、部活くらいしておいてもよかったかもしれない」
「部活の時の友達とか今でも会う良い友達になったりしているわ。人付き合いって意味でも得られるものは大きいわよ。でも、どうしてそんな話を?」
俺はビールを飲みながら、彼女に言う。
「部活の顧問、引き受けてくれないかって生徒から頼まれてな。どうしてやればいいのか、お悩み中だ」
「朔也の大好きな十代女子の生徒の頼みじゃない。引き受けてあげれば?」
「十代女子って言うな。あれ、何で女子生徒からだって分かった?」
俺は一言もそんな事を言っていないはずだ。
「女好きの朔也でしょ? 男の頼みなんて聞くわけないじゃない」
「それはいくら何でも、俺の事を偏った目線で見過ぎだと思うぜ」
俺は別に女子じゃなくても生徒の言葉は聞く耳を持っていると言うのに。
「それはともかく、部活の顧問、引き受けてあげるの?」
「俺の気持ちとしてはそうしようかなって。教師として部活の顧問って言うのは経験しておくべきだろう。強制じゃないって言っても、あの学校は教師も少ないからな。俺でよければ引き受けてあげようかなって思ってる」
「何か教師らしい事言うじゃない。朔也らしくない」
「……俺を苛めて楽しいですか?」
こっちは新人教師として頑張ってるって言うのに。
「朔也は昔から人に頼られるとノーと言えない男だものね」
「そうだったか?あんまりそう言う気はしていないが」
「……そうよ。だから、今でもアンタの周りには人が集まる。皆に信頼されている証じゃない。私だって頼りにしてるのよ?」
神奈の言葉に俺はどこか照れくささを抱きながら、ビールを飲んだ。
部活の件、まじめに考えてやりますか。