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蒼い海への誘い  作者: 南条仁
第8部:星々の彼方 〈星野家三姉妹編・星野雫END〉
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第2章:夏風邪と魔女《断章3》

【SIDE:鳴海朔也】


 夏風邪に倒れた俺は想像もしていない展開にあっていた。

 この俺を世話してくれるのが雫さんなんて、ありえないだろ?

 雫さんと言えば、妹の茉莉から魔女と呼ばれるほどに畏怖される存在だ。

 俺も散々な目に会い、口の悪さにフルボッコされたのは記憶に新しい。

 そんな彼女が今、俺のために料理を作ってくれているのが信じられない。

 

「熱に浮かされて、変な夢でも見てるんじゃないか」

 

 思わず、そう思ってしまうのだが……。

 キッチンの方で調理する音が響くのは現実のようだ。

 俺は雫さんの事を誤解していた。

 こんなにも面倒見がよく、情に厚い一面があったのを知らなかったのだ。

 もちろん、ただ病人の面倒をみてくれているだけかもしれない。

 それでも、彼氏でもない、ただの知り合いに対してこんなにも介抱してくれるだけで十分に彼女の優しさは伝わってくる。

 怖いお姉さんというイメージもあったが、違うんだな。

 

「ご飯、出来たけど、食べれる? 一応、雑炊にしてみたわ」

「……どうもです。美味しそうだ」

「それを食べ終わったら、私は帰るからね」

「面倒をかけました。ありがとうございます」

 

 時計を見れば夜の8時過ぎ、本当にお世話になりました。

 

「由愛も心配していたわ」

「……茉莉は?」

「看病したいとだだこねるから、家に帰ってから話すわ。もう今頃、由愛から伝え聞いてるかもしれないけど。あの子、本当にお前の事が好きみたいね」

 

 茉莉に余計な心配をかけるのもアレなので黙っていてもらいたい。

 温かい雑炊は今の俺にはすごく身体に染みわたる美味さだ。

 食欲も少ないが、これなら十分に食べられる。

 食事をしながら、前々から気になっている事を聞いてみる。

 

「雫さんは結婚とかしないんですか?」

「とりあえず、元気になったら一発殴る事を先に言っておくわ」

「笑顔が怖っ!? そ、そこまで禁句でした? ちなみにこれまで彼氏とかは?」

「鳴海朔也。命が欲しいのならそれ以上は言わない方がいいわよ?」

 

 怖いよ、顔がマジで怖いよ、この人。

 病人じゃなければ、もはや俺の命は風前の灯し火だったであろう・

 俺は寒気以上のものを感じてブルブルと震える。

 

「はぁ……」

 

 彼女は大きくため息をつくと、自分の事を語り始める。

 

「私だってね、この年でも彼氏がいないのは想像していなかったのよ」

「そうなんですか? 雫さん、美人ですから彼氏くらい容易にできると思いますが」

「……私の性格を知って、付き合える男がいるとでも?」

「ノーコメントでお願いします」


 返す言葉が思いつかずに黙り込んでしまう。

 そうだよなぁ、雫さんと付き合うと言うことはかなりの覚悟がいる。

 星野家の令嬢という立場も、サディスティックな性格も……壁として高い。

 

「彼氏なんて自然にできるものだと思っていたけど、男の縁もないし、両親も最近は全くお見合いも勧めなくなったわ」

「雫さんでも結婚したいんですか?」

「全然、興味もないわよ。結婚も彼氏なんて必要ないと思ってた。でも、美帆の所に子供が生まれたでしょう。ああ言うのを見ると、私もそう言う年なんだなと思うわけ」

 

 美帆さんは神奈の姉で、雫さんの親友だ。

 昨年、結婚して今は可愛い女の子が生まれている。

 友人の結婚が、雫さんにも影響を与えてるのだろうか。

 そう言う所は彼女も女性なんだな。

 

「ごちそうさまでした」

 

 俺は雑炊を食べ終わると、ボーっとしながらまた眠くなりかける。

 熱はまだ下がらないが、苦しさはずいぶんと楽になった。

 

「……雫さんの言ってる事、俺も何となく分りますよ。先日、俺の親友が結婚したんですけど、家庭を持つっていいなぁと思うんです。俺もそんなに遠くない将来、可愛い嫁さんをもらって、子供の世話とかしてるんだろうかなって」

 

 先日、親友である斎藤が恋人と結婚した。

 結婚式はしないと言う斎藤達に俺と神奈はサプライズを企画し、中学の頃の同級生達を集めて、彼らのために結婚式をあげてやり盛り上がったのだ。

 このサプライズに斎藤達も喜んでくれてよかった。

 そんな時にふと、自分の将来を思い描いてみた。

 俺はこの先、誰と付き合い、生きていくんだろうって。

 その未来を想像して結婚意識は高まったのだ。

 

「鳴海でも結婚を意識する事があるの? ずっと女の子と遊んでいたいでしょ」

「そんな事もないんですよ。こー見えて、過去に結婚を決めた相手だっていたんです。いろんな事情が重なり、上手くはいきませんでしたけどね」

 

 俺も男だから、家族を持ちたいと言う願望くらいはあるのだ。

 それはきっと雫さんも同じなんだろう。

 現実的ではなくても、未来の自分が家庭を持つ所を想像する事くらいある。

 

「鳴海が結婚を考えた事があったなんて意外だわ」

「その話するたびに皆に言われるんですが、そんなに違和感あります?そこまで、俺って遊んでるような印象を持たれすぎているんですかね」

「……むしろ、平然と結婚詐欺とかしてそう」

「失礼な!? 雫さん、俺を傷つけて楽しいですか?」

 

 俺は普段からどんな目で雫さんに見られているんだろうか。

 布団で寝転がりながら、俺は彼女の横顔を見つめる。 

 美人なのに口が悪い、綺麗な薔薇には毒があるぜ。

 

「結婚なんて、まだしばらくは互いに縁のなさそうな話ね」

「俺も含めないでください」

「鳴海は恋人作るのも苦労しそう。ここ最近のお前を見て、少しだけ分った気がする。恋愛が下手なんだって」

「……ひどいや。げふっ」

 

 ずばっと言い当てられて、咳き込んだ。

 付き合いの浅い雫さんにも分かる程度に俺は恋愛下手らしい。


「タオルを変えるわ。ジッとしてなさい」

 

 雫さんが冷たいタオルを俺の額にのせた。

 ひんやりと気持ちよい感触がする。

 

「どうしても恋人にしたいというのなら、茉莉の事をどーにしかしてもいいわよ」

「俺の教師生活が終わるので遠慮させてもらいます。できれば、由愛ちゃんの方で」

「由愛はダメ。あの子は私の癒しだもの」

「茉莉は押しつけちゃうほど程度の扱いですか。大事な妹でしょ」

 

 彼女は「あの子、生意気だから可愛くない」とさらっと呟く。

 ……茉莉も雫さんには苦手意識があるようだし、この二人仲が良くないのか。

 

「茉莉相手に恋愛なんて年齢的に無理です」

「年齢なんてすぐにどうとでもなるでしょう。今すぐ手を出せばロリコン教師だけど」

 

 それを言いたいだけか!?

 由愛ちゃんとなら素敵な恋のひとつもできそうだけど、婚約者がいるらしいからな。

 ここで、普段の俺なら「それなら雫さんは?」と踏み込むが、さすがに彼女のように気が強いお人を口説くのは勇気がいる。

 どちらかと言えば苦手意識のあるお方だからな、口説く以前の問題だ。

 でも、今日のように優しい一面があるのだと知った今は……興味が出てきた。

 

「……なに、こっちを見つめて? 気持ち悪い」

 

 やっぱり、この優しさは気のせいでしょうか。

 心の中で見直した途端に毒舌とか……。

 悪い人じゃないのは分かったんだけど、好意の対象にはなれそうにもない。

 

「そろそろ、帰るわ。一応、スポーツドリンクを枕元においておく。適度に水分補給しなさい。薬が効いてれば、明日くらいには回復もしてるでしょう」

「本当にありがとうございました」

「別に。この恩はまた別の形で返しなさい」

 

 ずいぶん高い恩になりそうだが、今は彼女の好意に感謝しよう。

 夏風邪の看病をしてもらって、雫さんの別の一面が見た気がした。

 

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