第2章:夏風邪と魔女《断章1》
【SIDE:鳴海朔也】
7月も中旬、期末テストが終われば夏休み。
その前にあるのが三者面談である。
進路についての相談が主な三者面談を教師である俺も当然、関わる。
副担任の俺も1年B組の何人かの三者面談を行う予定だった。
その日、最後の面談相手、茉莉が来るのを教室で待っていた。
予定時間になり、茉莉が教室にやってきたのだが……。
「……マジか、マジなのか」
だが、その相手が教室に入って来た時に俺は思わず顔をひきつらせた。
「鳴海センセー。私の三者面談の番だよね?」
「あ、あぁ。そうだよな。両親が忙しいって話は聞いてたんだけど」
俺の視線は茉莉ではなく、その後ろにいる人に向けられている。
両親が忙しい場合は時間を他に作るか、代理の者が来るかの2パターンだ。
そう、茉莉の場合は後者だった。
「何か私に文句でもあるの、鳴海? あぁ、今日は鳴海先生だっけ」
このお方、無意味に微笑まれると余計に怖いわ。
保護者の代理として姉の雫さんが三者面談に参加する。
正直、彼女は苦手なのです……いじめられるから!
俺の心境など、どーでもいいように、彼女は懐かしそうに教室を見渡した。
「この教室、変わらないわね。私の頃も同じ教室だったから懐かしい」
「……今から約10年前のことですか?」
「私の年齢に関しての質問をしたら……沈めるわよ?」
――どこに!?
「す、すみません。冗談です、ごめんなさい」
俺は命の危機に平謝りするしかない。
お姉さんには年齢ネタが禁句だったらしい。
冗談を言うのも命がけとは……魔女、怖すぎです。
「さっさと茉莉の話を聞かせてくれる? 私も仕事の合間に時間を作ってきてるの」
「お仕事お疲れ様です。それじゃ、始めましょうか」
早くこの時間から解放されたいので、俺は手短に話を進めていく。
とはいえ、まだ1年生の生徒にはそれほど三者面談が盛り上がる事もない。
進学か就職か、どちらを目指す予定なのかを聞く程度だ。
「茉莉の進路についてですが、本人は大学進学を希望してますが?」
「進学希望だよ、東京に行くの。その夢は変わってないんだもん」
「今は少子化で、茉莉でも大学にいける時代なのね」
「それ、どーいう意味!? お姉ちゃん、口が悪いよ。私の成績はそんなに悪くない」
不満そうに文句を言う茉莉。
手元の資料である茉莉の成績表を見るが、確かに悪くはない。
全体の上の下と言った所で、十分に大学も目指せるレベルである。
「成績的には進学は大学によりけりですが、目指せるレベルですよ」
「そうなんだ? この子、頭は良くないと思い込んでた」
「ひどいっ。雫お姉ちゃんに言われっぱなしなのが悔しいよ」
茉莉をいじめる雫さんだが、意外にもその目は優しい。
妹の知らない一面を知る機会が嬉しいのかもしれない。
彼女は何だかんだで妹想いなのだ。
その想いが本人に伝わるかはかなり微妙だが。
「……そういえば、雫さんは大学は出てないんでしたっけ?」
「そうよ。高校卒業してすぐに、今の町役場に就職したわ。高卒だけど、公務員だから給料もそれなりにはいいからね。今の仕事は事務だけど、結構好きだし。親も家業を継がなかったことには文句は言わなかったもの」
星野家の親戚のお兄さんが優秀らしくて、皆はそちらに期待しているらしい。
「でも、由愛お姉ちゃんの時は就職でも進学でもなかったよ?」
「そうね。由愛はどちらもしなかったのよ。当時の先生も大変だったでしょうね」
その話は何とも驚きである。
今時、どちらも選ばずに卒業する子がいるなんて。
「え? そうなんですか?」
「そうよ。その理由を知りたい?」
嫌な笑みを浮かべる雫さん。
なんだ、魔女が笑うなんて何を企んでおられるのだ?
俺は嫌な予感を抱きながらも聞いてみる。
「その理由とは?」
「それはね、あの子には婚約者がいるの。結婚が決まっていたから、高校卒業しても就職も進学もしなかったの。だから、鳴海には近づくなと言ったのよ」
「な、なんだって!?」
俺の天使には既に大事な人がいたなんて……。
何気に向こうも気がありそうな気がして、本気で狙おうとか思ってたのに。
思わぬショックを受けてうなだれてしまう。
「でも、その話って……むぐっ!?」
茉莉が無理やり、雫さんに口元を押さえられる。
「……なんだ?」
茉莉は口元を押さえられて、苦しそうにもがきながら俺に助けを求めている。
「そういうわけだから、由愛の事は残念でした」
「はぁ。そうだったんですね」
そうだよなぁ、星野家みたいな旧家ならお家同士の結婚もあるだろう。
それに美人だし、器量も良いし、優しいし、天使のような由愛ちゃんのことだ。
凶暴な性格をしている雫さんと違い、普通に考えても恋人がいない方がおかしい。
「お前、今……私の方を見て、失礼なことを考えてなかった?」
「し、雫さんの事は別に考えてませんよ? ホントです」
やべぇ、心の中で悪口を言ったのを見抜かれるとは恐るべし。
無駄に勘のいい雫さんに睨まれて本気で怖い。
そうか、由愛ちゃんには婚約者がいたのだな。
ようやく姉から逃げだせた茉莉は「けほっ」と咳き込みながら、
「鳴海センセー。私の三者面談に話を戻してよ」
「話が脱線してすまなかった。えっと、進路は大学へということで。他に何か今、学校生活に問題とかはないよな?」
「副担任の鳴海センセーの事が大好きで授業に集中できません(はぁと)」
可愛くウインクされて、俺はげんなりとする。
茉莉のアピールは今も継続中、隙あらばと狙ってるので困るのだ。
「はぁとをつけなくていい。来年になれば、担当も変わるから」
「えーっ!? 嫌だよ、センセーも持ち上がりで2年生を担当してよ」
「それは分らん。あと、この際だから言っておくが、授業中に告白するのはやめてくれ。他の生徒から白い目で見られるのが辛い。ロリコン教師と陰口をたたかれていると思うと、涙目になりそうだぜ」
この年頃の子達は教師の悪口とか平気で言ってるからな。
俺も同じくらいの頃は、あの先生は●●だから嫌だ、とかよく言ってた。
「それは大丈夫だと思うよ、鳴海センセー。不本意だけど、鳴海センセーには消せない噂があるから、ロリコン扱いはされないと思うの」
「消せない噂って何だ?」
「村瀬センセーと北沢センセーとの二股疑惑。どちらが本命か、未だに噂されてるし」
「そっちか!? それはそれで嫌だ」
まだ学校内で噂になってるのかよ、アレ。
「へぇ、二股疑惑? やっぱり、鳴海はそう言う男だったのねぇ。私の友達である真白と結衣が相手に、最低行為ね?」
ハッ、知られてはいけない人に知られてしまった!?
その後、雫さんに散々と二股疑惑について責められるのだった。
この日ほど、三者面談の時間が早く終われと思った相手はいなかった……。