第1章:星野家三姉妹《断章3》
【SIDE:鳴海朔也】
彼女のいない生活は寂しいです。
寂しい日曜日をおくろうとしていた、朝の11時過ぎ。
朝から溜めていた洗濯物との戦いを終えて、お腹が減りだした頃だった。
「駅前のラーメン屋にでも行くか」
この時間帯だと、ラーメン屋も空いてるだろう。
個人的にみそラーメンにハマっているのだ。
実は子供の頃、みそラーメンが全然、食べられなかった。
味噌汁にラーメンが足されたような勝手なイメージがあったせいだろう。
しかし、大人になって機会があって食べてみたのだが、これがまたいい。
今のマイブームはみそラーメン。
そんな日が来ると子供の頃の俺は想像してただろうか。
俺は駅前に向けてのんびりと歩き出した。
空は快晴、雲一つない青空が広がっている。
海沿いの道を歩いていると、帽子をかぶった美少女を前方に発見。
「……あっ」
清楚系美人がこちらに振り向いて、俺に気付くとなぜか手を振ってきた。
……はて、俺にあんな清楚な美人な知り合いがいただろうか?
近づいてみると、清楚系美人の正体が判明する。
「朔也さん、こんにちは」
「なんだ、由愛ちゃんだったのか。こんにちは。猫は元気?」
昨日会ったばかりの星野家三姉妹の次女、由愛ちゃんだった。
爽やかな笑顔に癒される。
「はい、すっごく元気で朝から茉莉ちゃんと戯れてます」
「逆に遊ばれてるんだろうな」
容易にショコラに遊ばれている姿が想像できる。
今日も茉莉には懐いてはくれないんだろう。
「由愛ちゃんは商店街の方に用事でもあるのか?」
「そうですね。ショコラのために、いろいろと買い物をしようかな、と」
「あー、猫用のグッズね。駅前にペットショップなんてあったっけ?」
「スーパーの方にペット関連のお店があるんですよ」
新しく家族になった猫のために、エサなどを買いに来たらしい。
いろいろと必要なものもあるだろう。
「朔也さんはお買い物ですか?」
「いや、ただ昼食を食べに行こうかなって」
「……それなら私に付き合ってくれませんか?」
微笑む彼女は俺にある提案をしたのだった。
俺達はペットショップに入ると、店員に子猫用のキャットフードを選んでもらい、その他、必要なものも買ってからお店を出る。
「すみません、荷物持ちなんてさせてしまって」
「全然、かまわないよ。お昼をごちそうしてくれるっていうならこれくらい。由愛ちゃんの手料理に大いに期待しています」
「ふふっ。そんなに期待されると作りがいがありますね」
天使の笑みに魅了されております。
昼食はラーメンから変更、由愛ちゃんの手料理になったのだ。
素晴らしい。
その代わりに俺は重いキャットフードの荷物持ちをすることになった。
「でも、最初はひとりで持って帰ろうとしてたんだろ?」
「いえ、小さいのだけを買おうと思っていたんです。当面の分のエサは必要ですし。今日は都合が悪い雫姉さんに、暇な時にでも車を出してもらおうと思っていました。さすがに私ではそんな荷物は持って帰れませんよ。朔也さんがいて助かりました」
どうやら、雫お姉様は本日は不在らしい。
安心できるね、いろんな意味で。
由愛ちゃんに近付くなと、釘を刺されていた事もあり、実はビビっておりました。
「あのさ、由愛ちゃんの両親って普段から家にいないのか?」
「えぇ。不在気味です。ふたりとも隣街に別宅があるので、そちらに住んでいるんです。お仕事の会社も隣街にありますから都合がよくて。私達も手間のかからない年になった頃には今のような生活です」
「……一応、星野家ってこの美浜町の名士だよな?」
星野家と言えば、不動産関係の会社のイメージがある。
この美浜町に会社があるのだと思っていた。
「こちらにも会社はありますけど、そちらは私の叔父が引き継いでるんです。父は新しい事業を興したいと10年ほど前から隣街で新しい会社を経営しています。そちらの方も順調みたいで、今はこうして、離れて暮らしているんです」
「そういう事情があったのは知らなかったな」
隣街まで行けば、結構、栄えているからなぁ。
地元の不動産だけではなく、事業も拡大させてるとは……。
キャットフードの袋を抱えながら、星野家に向かう山への坂道にさしかかる。
ここを登るのは面倒だが、後少しの辛抱で由愛ちゃんの手作り料理が待ってるぜ。
由愛ちゃんに「頑張ってください」と応援されながら山道を登った。
星野家の屋敷に到着して、中に入ると、想像通り、猫に遊ばれている茉莉がいた。
子猫を部屋の片隅に追い込んで、何やら戦いを挑んでいる。
「こらー、私の言う事を聞いてー。しょこたん、尻尾を引っ張るよ?」
「にゃーっ」
「い、威嚇されたってびびらないからねっ。ひっ!? つ、爪は反則だよ」
しかも、猫に威嚇されて負けてるし。
あと、しょこたんは危ない意味でやめれ。
「ただいま、茉莉ちゃん。ショコラの相手、御苦労さまです」
「おかえり、お姉ちゃん……と、鳴海センセー!?」
「よぅ。朝から猫に遊ばれてるみたいだな」
「まぁね。しょこたんは、気難しい性格みたいで仲良くできないの。どうにかして、懐いてもらいたいのに。昨日に続いて、相手にもされないんだもんっ」
唇を尖らせて拗ねるが、昨夜よりは距離が近づいてるように見える。
猫は賢い、自分の信じられる人を見極めてるんだろう。
「そのうち、慣れてくれるさ」
「だといいんだけど。それで、センセー。今日は何の用で来たの?」
「朔也さんに、ショコラのエサの荷物持ちをしてもらっていたんです。そのお返しにお昼ご飯をごちそうすることになりました」
由愛ちゃんの台詞に茉莉は俺をジト目で見た。
「へー、お姉ちゃんには優しんだねー?」
「な、なんだよ。そのトゲのある言い方は」
「別にー。拗ねてるだけ。由愛お姉ちゃんには負けないもんっ。私だってすぐにいろいろと成長して、センセーを誘惑できるようになるんだから!」
「誘惑できるようにならなくていい」
頼むから俺の教師人生を安定させておくれ。
俺にじゃれて抱きついてくる茉莉。
「こう見えても胸のサイズも順調にUPしてるし、そろそろセンセーにも興味を持ってもらえるようになってきたはず。卒業する頃にはもうセンセーは私の虜の予定」
「変な予定は立てないでくれ!?」
この子は確実に美少女になるのが分かっているので俺も困っている。
由愛ちゃんが料理を作り終えるまでの間、もう一匹の猫相手に苦戦するのだった。
彼女の得意料理は洋風料理らしい。
テーブルに並ぶのは美味しそうな洋風料理だった。
「雫お姉ちゃんが和風が得意で、由愛お姉ちゃんは洋風が得意なの。そして、私は……」
「何もできないのは聞かなくても分かる」
「ひどいっ!? 少しずつでも覚えてるのに」
俺と茉莉のやり取りを見ていた由愛ちゃんはくすっと笑う。
「兄妹みたいに仲がいいです。茉莉ちゃんはお兄さんが欲しかったんですね」
「お兄ちゃん? 嫌だよ、センセーとは恋人同士になりたいの。まさか、センセーがこのままどちらかのお姉ちゃんと結婚して“お義兄ちゃん”になるの? それはいや~っ」
「ええいっ。妙な妄想はしなくていい。あと、雫さんはないと思うんだ」
もしも、そんな未来があったら俺の身体が心配だ、リアルな意味で。
俺が雫さんに惹かれる可能性はあるのだろうか。
こ、怖いぞ、想像しただけでも、力関係がはっきりしてそうだ。
「……変な話は流して、飯にしよう。俺も腹が減ったんだ。いただきます」
由愛ちゃんの手作り料理を楽しみにしていたのだ。
俺はさっそく、美味そうなロールキャベツを食べてみることにした。
「美味い。ロールキャベツって崩れやすいけど上手にできてる。この味付けもいいね」
「美味しー。お姉ちゃんの得意料理だよね」
「朔也さんに褒めてもらえると嬉しいです。家族以外に食べてもらうのは初めてです」
ほんのりと顔を赤らめる彼女。
初々しい反応に何だか逆にこちらが照れるぜ。
「せ、センセー。由愛お姉ちゃんには負けてないよ。私だって、最近、雫お姉ちゃんに教えてもらってるものがあるの。そして、ついに本日、初料理をお披露目だよ!」
「えー。何だかいまいち期待できないが」
雫さんに教えてもらって、何の料理ができるようになったんだろう。
自信満々に茉莉が俺に差し出したのは料理ではなく、きゅうりの漬物だった。
「……は? なにこれ? 漬物だよな?」
「星野家直伝のぬか漬け。最近の私の担当なんだ。一日一回、ぬか床を混ぜなきゃいけないんだけど匂いが嫌なの。でも、私の手作りなんだよ、美味しいんだから」
「えっと……これは、手料理に入るんだろうか。あと、それはただ単に雫さんが面倒で茉莉に漬物作りを押し付けてるだけな気もするけどな」
「あー、薄々、私も気づいてた事を言わないでー。面倒事を押し付ける姉の陰謀だって……だよね。やっぱりそうだよね!?」
彼女が嘆いていると由愛ちゃんに頭を撫でてもらい、慰められていた。
「仲の良い姉妹だな、見てると和む」
ちなみに、茉莉の手作り料理、第一号。
きゅうりのぬか漬けはそれなりに美味しかった。
結局、この日、俺の休日は美少女2人と一緒に過ごしたのだった。