第1章:星野家三姉妹《断章1》
【SIDE:鳴海朔也】
星野家三姉妹。
美浜町屈指の名家、星野家の美人三姉妹だ。
長女、星野雫。
美人だが口が悪い、目つきが怖い、存在感が恐ろしい。
あらゆる意味で人々に恐怖を与える、まさに魔女だ。
次女、星野由愛。
可憐な美少女、容姿端麗なだけでなく優しさを持つ。
子猫にもすぐに懐かれて愛を注ぐ、穏やかな性格は天使と呼ぶにふさわしい。
三女、星野茉莉。
俺に告白ばかりする、好意を抱いてくれるのはいいのだが、問題も巻き起こす。
天真爛漫、我が侭放題、好き放題の小悪魔だ。
魔女、天使、小悪魔。
何とも個性的な性格を持つ美人三姉妹。
俺はこの夏、星野家の少女たちと急接近する事になる。
思わぬ形で由愛ちゃんと知り合い、なぜか星野家で夕食を食べる事になった。
俺はリビングに通されると、お腹をすかせた末妹がそこで待っていた。
「おかえり、お姉ちゃん……って、鳴海センセー♪」
俺の顔をみるや、明るい表情を見せる茉莉。
「よぅ、茉莉。」
「うんっ。でも、どうしたの?」
「雫さんに捕まり、もとい、食事に誘われてしまったのだ」
「……雫お姉ちゃんに? それは御愁傷様です」
同じく姉に恐怖を抱く茉莉には俺の気持ちを理解してくれたらしい。
スーツから私服に着替え終わった雫さんがエプロン姿を見せる。
「すぐに作るから、待っていなさい」
「は、はい……」
こんな事を言っては何だが、料理をする姿が意外すぎる。
それにしても、疑問がひとつ。
星野家のお嬢様が自ら料理をすることについて。
てっきり、専属の料理人か、家政婦さんがしてくれるものだと思い込んでいた。
「普段からお姉さんが料理をするのか?」
「そうだねぇ。うちって両親共にお仕事で忙しいの。だから、普段の日はこの家にいる事も少ないから、一緒に食べる事はないなぁ」
「家政婦さんとかは? この前、見かけたけども」
「家政婦さん達は、掃除とかがメインなの。無駄に広い家だからね。食事のお世話は雫お姉ちゃんや由愛お姉ちゃんがしてくれるんだ」
「……そんな事情があったのか。ちなみに腕前の程は?」
聞くまでもないと思うが。
「雫お姉ちゃんは料理が上手だよ。私もただいま、料理を特訓してもらってます。ああ見えて、炊事家事洗濯、何でもできるお嫁さん属性を持ってるんだよ。ただ、本人の邪悪な性格が自らお嫁さんになれる日を遠ざけてるけど」
意外と家庭的な人でもあるようだ。
あの雫さんがお嫁さん……失礼ながらも全然、想像できません。
本人に言えば、俺は多分、明日には裏山にでも埋められてるだろうが。
「そう言えば、由愛お姉ちゃんと知り合いなの?」
「由愛ちゃんはさっき、偶然に知り合ったばかりだ」
「……鳴海センセー、女の子なら誰でも声をかけるんだね」
茉莉に女好きを呆れられてしまう。
誤解だと否定したいが、あんまり誤解でもないかもしれない。
「そうだ。由愛ちゃん。猫を飼うんだって、子猫を連れてきたぞ」
「ホントに? どんな猫だろう。見に行こうっと」
彼女についていくと、これまた大きな和室の部屋に段ボールがひとつ置かれていた。
「にゃー」
その箱の中に子猫は寝転がっている。
段ボールにタオルをしいて、猫の世話をする由愛ちゃん。
「あら、おふたりとも。この子に会いに来てくれたんですか」
「うわぁ、可愛いっ。めっちゃ可愛い、これ何? どうしたの? 可愛さのあまり連れてきちゃったの?」
「はい。あまりの可愛さに一目惚れをしたんです。先程、電話でお父さんには許可をもらいました。その年になって、猫を飼いたいなんて言うとは思っていなかった、と驚かれてしまいましたけど」
家族の許可も無事に得て、子猫は家族の仲間入りを果たしたようだ。
そういや、由愛ちゃんって何歳くらいなんだっけ?
「茉莉ちゃんも気にいってくれました?」
「気にいったよ。ほら、にゃんこ。私にも抱かせて……いたっ!?」
茉莉が手を伸ばして猫を抱こうとすると俺同様に「にゃっ」と威嚇される。
しかも、爪で軽く引っかかれてしまったようだ。
「えーっ。なんで私には懐かないの? 私は怖くないよ……やっ、爪を向けないで!?」
「心配するな、俺も同様だ。どうやら、由愛ちゃんだけに懐いてるみたいだな」
「そんな事もないと思いますよ。ほら、ショコラ。大人しくしていてね」
由愛ちゃんが頭を撫でると「にゃっ」と今度は気持ち良さそうな声を上げる。
その態度の違いに、茉莉は頬を膨らませて拗ねる。
「むぅ、その猫、生意気だよ。見た目可愛いのに性格悪い。それに由愛お姉ちゃんと懐き具合が半端なく違うし。お姉ちゃん、その猫のしつけがなってない」
「しつけはこれからするんです。とりあえずは仮住まい、明日にはペットショップで色々と買ってきてあげないといけません」
ショコラと名付けられた子猫。
毛色は黄土色と白の混じった三毛猫である。
野良の割りには毛並みもいいようだ。
小さく欠伸をしてる姿に癒されながら、由愛ちゃんは静かに見つめる。
「うちでペットを飼うのって久し振りだよね。庭の池に鯉が大量にいるけど、あれはペットじゃないし。子供の頃に雫お姉ちゃんがウサギを飼ってた時以来かな」
「雫姉さんも子供の頃はウサギを溺愛してましたね」
雫さんの意外な一面が次々と明らかになっていく。
昔はああ見えて、心優しい女の子だったのだろうか。
「あの彼女にも昔は優しさの欠片があったなんて」
動物を思いやる優しい気持ちがあった頃もあったのね。
今はそれも見る影もなく、可愛い猫を“獣”と一蹴するほどだ。
だが、俺はその自分の迂闊な一言を後悔する事になる。
「――鳴海、それはどういう意味かしら?」
「ひっ!? し、雫さん!? 」
いつのまにか俺の背後に立っていた雫さん。
……聞かれた、聞かれてしまった。
俺は冷や汗をかきながら、彼女に言い訳をしようとする。
「ち、違うんです。俺は別に、貴方の悪口を言ったわけでは……」
「私に優しさの欠片でもあったって? 残念、そんなものはない。だから、お前の事を言葉にするのもためらうようなひどい目にあわせてもいいよね?」
にっこりと笑う彼女に俺は「人生、オワタ」と絶望する。
もうダメだ、おれはやられる、やられてしまう。
ビクビクする俺に彼女はぺしっと頭をはたく。
「まぁ、いいや。ほら、お前達のエサの時間だ。冷めないうちに食べなさい」
「……は、はい」
もはや餌扱いだが命の危機は去ったらしい。
俺の命が救われた事にホッとしながら茉莉が小声で言う。
「ダメだよ、鳴海センセー。我が家では失言禁止。迂闊な一言が命取りだからねぇ」
「……身を持って実感したよ。あの人は怖い」
「星野家の魔女だもん。怒らせたらどうなることか……妹の私がビビってるくらい」
雫さんにだけは逆らうまいと心に決めた俺だった。