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蒼い海への誘い  作者: 南条仁
第8部:星々の彼方 〈星野家三姉妹編・星野雫END〉
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序章:猫と美少女

星野家三姉妹編。星野雫ルートです。

【SIDE:鳴海朔也】


 夏の訪れを感じ始めた7月中旬。

 教師としての2度目の夏がまもなくやってくる。

 ようやく梅雨明けも間近となった頃。

 俺に思いもよらぬひとつの出会いが待っていた。

 

「……あー、暑い。だんだん、気温があがってきたな」

 

 ただいま梅雨の中休み、久々の晴れ間だが初夏の気温上昇で暑苦しい。

 本格的な夏が来れば、この暑さにも慣れるんだろうが。

 洗濯物が生乾きになる梅雨のジメジメさも嫌いだけどな。

 俺は仕事終わりに駅前の本屋で買い物を終えた。

 

「……ふぅ、欲しい本を注文しなきゃいけないのは田舎の悩みだな」

 

 田舎の本屋では都会ほどに品ぞろえもよくない。

 今はお手軽にネット通販もよく利用しているが、本屋の雰囲気が好きなのだ。

 目的の本を手に入れて、本屋を出て帰ろうとしていた。

 

「綺麗な夕日だな。なのに、また明日から雨ってのは憂鬱だ。梅雨だから仕方ないか」

 

 夕焼け空を眺めながら防波堤の海沿いの道を一人で歩く。

 海が見えるこの道を歩くのは好きだ。

 

「……にゃー」

 

 そんな時、俺の耳に聞こえたのは動物の鳴き声。

 

「なんだ、猫か?」

 

 俺が辺りを見渡すと、バス停の待合室に人影があった。

 

「ふふっ。猫さん、気持ちが良いですか?」

「みゃー」

 

 甘えるような猫の鳴き声。

 そこにいたのはベンチに座り、子猫を抱き抱えて、その頭を撫でる美少女だった。

 茶髪のセミロングが風になびくさまは綺麗だ。

 容姿は綺麗というよりも可愛らしい、可憐な印象を受ける。

 年齢は高校生くらいだろうか、童顔なので判断しにくい。

 

「あら?」

 

 彼女はこちらに視線に気づくと穏やかな微笑みを見せる。

 

「こんにちは」

「……あ、あぁ。こんにちは」

 

 声をかけられると思っていなかったので思わず戸惑う。

 

「可愛い猫だな。飼いネコか?」

「いえ、違います。この子は野良猫です。まだ生まれてからそれほど経っていない子猫みたいですね。小さくて可愛らしい子猫さんですよ」

 

 ずいぶんと懐いてるように見える。

 子猫は逃げる様子もなく、彼女にされるがままだ。

 警戒心の強い野良猫がこれほど人に懐くものなのか。

 

「本当に可愛らしい。このまま飼ってしまいたいくらいです」

「家で猫は飼えないのか?」 

「どうでしょう? ペットを飼う、という事は今まで考えた事もないですから」

 

 彼女は本当に猫を飼いたくなったのか、その猫を離そうとしない。

 

「できれば、飼ってもいいですね。こんなにも可愛いんですから」

 

 猫もすっかりと少女に懐き、気持ち良さそうに抱かれている。

 

「相思相愛だな」

「くすっ。そう言われると、照れます。ねぇ、猫さん」

「にゃー」

「本当にお似合いだと思うよ」 


 これだけ相性がいいのも珍しい。

 猫と美少女、運命の出会いと行ったところか。

 しばらくの間、猫と遊びながら、彼女は少し悩んでいたが、やがて立ち上がる。

 

「その猫を飼うのか?」

「この子次第です。さぁ、猫さん。私と一緒に来ますか?」

 

 子猫を手離して足元に下ろす。

 きょろきょろと辺りをうかがう猫。

 そのまま逃げてしまえば、彼女も諦めると言う感じだろうか。

 優しい少女に対して猫の出した答えは……。

 

「にゃぁ」

 

 再び、少女の足元にすり寄り、子猫は甘える仕草を見せる。

 

「……決定だな」

「はいっ。猫さん、私と一緒に来てくれるんですね」

 

 子猫を抱きかかえると、少女は嬉しそうな笑顔を見せる。

 

「仲良くしましょう。私も貴方と仲良くしたいです」

 

 その満面の笑顔に俺は昔の誰かを思い出す。

 同じように向日葵のような笑顔を浮かべていた女の子が記憶の中にいる。

 

『この子たちは夏に向けてもっと大きくなるんだよ』

 

 花壇で花を見つめて笑っていた、“千歳”の笑顔。

 そうか、この子は千歳にどこか似ているんだ。

 純粋さや清楚な印象が俺にとっての千歳を思い出させた。

 思い出の中で笑う彼女と、この少女はよく似ている……。

 

「……どうかしましたか?」

 

 気がつけば少女の顔が目の前にあった。

 不思議そうな顔をして、俺の顔を覗き込む少女。

 

「え? あ、いや、すまない。可愛い笑顔だったから見惚れていた」

「ふふっ。そんな風に褒められたのは初めてです」

 

 千歳を思い出すなんて、俺にとっては久し振りの事だった。

 この町に来て、彼女を思い返す事なんてほとんどなかったのにな。

 容姿が似ていると言うわけではない。

 この美少女は持っている雰囲気が千歳に似ているんだ。

 俺達は夕暮れの海の道を歩き出す。

 

「……すみません、私の荷物を持ってもらって」

「いや、近くなんだろ。だったらかまわないさ」

 

 猫を抱きかかえる事になった少女の手荷物を俺は持ってやる。

 家はすぐ近くにあるらしいので、俺にとってもさほど遠回りではない。

 彼女と共に進む道は山の方に登っていく。

 坂道の先にあるのは……。

 

「……あれ?」

 

 この先は家がひとつしかないはずだ。

 我が町きっての名家、星野家の私有地――。

 

「あのさ、もしかしてキミって……星野家の人間なのか?」

「はい。そうですよ。自己紹介が遅れましたね。私の名前は星野由愛(ほしの ゆめ)と言います。貴方のお名前を聞かせてもらってもいいですか?」

 

 なんてことだ。

 彼女は星野家の次女だったのか。

 噂では何度か聞いている。

 つまり、あの天真爛漫な小悪魔、星野茉莉のお姉さんである。

 

「俺は鳴海朔也だ。美浜高校の教師をしている」

「鳴海朔也、さん……あっ、茉莉ちゃんがいつもお話している先生ですか?」

「……そうだろうな。茉莉は俺の顧問している、天文部の部員だから」

 

 何たる偶然、こんな形で星野家のご令嬢と出会う事になるなんて。

 人の出会いは想像もしていない所で結びつけあう。

 

「茉莉ちゃんがよくお話してくれるんです。鳴海先生の授業は楽しいって」

「あはは……」

 

 教師と生徒の関係以上に好意を持たれている俺は笑って誤魔化しておく。

 穏やかな物腰の由愛ちゃん、茉莉が大好きだと言っていた理由が分かる気がした。

 門の前まで来ると、俺は手荷物を彼女に渡す。

 

「猫と一緒に持つのは大丈夫か?」

「はい。ここまでくれば、大丈夫です。本当にありがとうございました」

「かまわないさ。子猫、飼えると良いな。お前も良い飼い主とめぐりあえたな」

 

 俺が子猫の頭を触ると「にゃっ」と威嚇されてしまった。


「くっ、この猫……俺には容赦ないよ、懐いてるのは由愛ちゃんだけか」


 俺が帰ろうとすると、後ろから嫌な女の人の声がした。

 

「――そこにいるのはロリコン教師かしら?」

「うげっ!? し、雫さん?」

「人の顔をみて、うげってどうよ。お前、失礼すぎ」

「貴方ほどではないと思うのですが……あとロリコンではありません」

 

 思わずびくっとしてしまう相手、雫さん。

 機関銃のように罵詈雑言、毒舌が飛び出すので怖い人です。

 先日から何度か会ってるのだが、そのたびに暴言の連続。

 町役場に勤めているらしいので、今日はスーツ姿だった。

 スーツ姿も決まってクールビューティーなのはいいんだけどねぇ。

 

「何で、鳴海がここにいるの? 由愛と一緒? まさか、うちの妹に手を出した、と……覚悟はできているということね」

「めっちゃ誤解っす。偶然に知り合い、家まで送っただけの関係であります!」

「おかえりなさい、雫姉さん。朔也さんとはさっき知り合ったんです。とても親切にしてもらいました。姉さんとも知り合いなんですね?」

「何度か、茉莉が連れてきて会っただけよ。それよりも、由愛。抱いてるその獣は?」

 

 獣って他に言い方があるでしょうに。

 魔女にとっては猫すらも可愛げがないらしい。

 

「子猫です。この子を飼いたいと思うんですけど、ダメでしょうか?」

「……別にいいんじゃないの? 飼うならもっといい血統の猫を飼えばいいのに」

「私はこの子がいいんです」 

「ただの野良猫が飼いたいなんて由愛も物好きね。好きにすればいいわ」

 

 茉莉の扱いはアレだが、由愛ちゃんには優しいようだ。

 俺はこそっと逃げ出すようにその場を後にする。

 

「そこの逃げようとしてるロリコン教師、待て」

「ひっ!? すみません、すぐに帰るから許してくださいっ」

 

 猫のように首をスーツの襟首を掴まれてしまった。

 こえぇ。

 

「夕食がまだなら、私が作ってあげるから食べて行きなさいよ。独身教師さん」

「い、いえ、あの、その……」

「いいですね、姉さん。私ももう少し朔也さんとお話がしたいです」

 

 そこで微笑ましい笑みを見せないでくれ、由愛ちゃん。

 

「まさか私の誘いを断るとか言わないよね、鳴海?」

「……ご、ごちそうになります」

 

 雫さんの威圧感に押し負けた俺は逃げきれずにただ頷くしかなった。

 

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