第4章:複雑な乙女心《断章2》
【SIDE:村瀬真白】
朔也君との交際も順調のまま、高校はまもなく夏休みを迎えようとしている。
期末テストも終了し、残り数日は短縮授業になっていた。
そんな時にある事件が起きようとしていたの。
「村瀬センセーと鳴海センセーが付き合ってるなんて嘘だよね!?」
ショックを受ける星野茉莉。
私と朔也君は彼女に呼ばれて中庭の方へとやってきていた。
そこで、私達の関係を問い詰められて、彼はあっさりと話してしまったのである。
一応、恋人関係になっている事は学校内では伏せていたのに。
「本当だって。茉莉には悪いけど、お前の気持ちは受け入れない」
「ずるい~っ。センセーの愛は私のものなのに」
猫のような目で彼女に睨まれてしまう。
何だか私が悪者扱いされている。
「ずるいと言われても困る」
「……うぅ。センセーは私のものなのに」
「いつからお前のものになったんだよ」
ふくれっ面を見せて拗ねる彼女に朔也君もたじたじだ。
彼女の姉である雫さんとは親しいけども、彼女自身とはさほど親しいわけでもない。
複雑な心境のまま、彼女は私の方に向く。
「年上なんて飽きたら終わりだよ、未来がないから悲惨だよ」
「……ねぇ、朔也君。この子、本気で泣かしてもいいかな?」
「ちょっ!? 落ち着いて、真白ちゃん!?」
思わず、イラッとして手を出しそうになってしまった。
私だって十分にまだ若いってのに。
「迂闊な発言は命の危険があるぞ、茉莉」
「ふんっ。ホントの事だしー」
前から生意気な子だと思ってたけど、本当にどうしてこんな子になっちゃったのかしら。
「センセーのこと、諦めないもん」
「あのねぇ……彼は私と交際してるんだから!」
「それが何なの? 恋人だからってセンセーを独占できると本当に思ってるの?」
手強いよ、この子。
何だろう、私が間違ってるような気にさえさせられてしまう。
最近の若い子の考える事ってちょっと良く分からない。
「センセーの事が好きだなんだもん。諦めたりしないからね!」
彼女はそうはっきりと私に宣言して目の前から立ち去って行く。
……どうしよう、言葉も出ないや。
「えっと、俺って……モテますね」
そうポツリと呟いた彼氏を私は「調子に乗るな」と軽く頭をはたいた。
本当に人気のある人を恋人にすると大変だ。
「……ねぇ、知ってる? 鳴海先生って、村瀬先生と付き合ってるんだって」
「ホントに? 最近、鳴海先生は北沢先生とものすごく雰囲気が良いって話はどうなの? もしかして、本物の二股?」
「えー。やっぱり、そうなんだ、さすが鳴海先生……二股なんてすごいね」
などと言う噂がまことしやかに流れていた。
私は“二股”という言葉が気になっている。
前々から、そんな噂が流れることはあったし、実際に結衣先輩に朔也君がちょっかいをだしていたのも知っている。
ブラコンであるがゆえに諦めたみたいだけども、和解(?)してから再び仲良くなっている事に不安がないわけじゃない。
結衣先輩って昔からモテるのを私は良く知っているから。
男性を惹きつける魅力に溢れているもの。
そして、私の不安は的中してしまう。
明後日には夏休み、子供たちが浮かれている中で、その事件は起きたの。
「鳴海先生、ちょっといいかしら?」
「はい? どうかしましたか、北沢先生?」
朝、出勤してすぐに朔也君に彼女は近付いて声をかけてきた。
「少し、ふたりだけで話があるの。時間をとらせてくれる」
「いいですけど?」
「……ほわちゃん、ちょっと彼氏を借りるわね」
私の耳元にそう小声で囁いて、朔也君は連れて行かれてしまった。
最初は何なのか、分からずにいたの。
けれども、職員室に戻ってきたふたりの様子はどこかおかしかった。
それから、その日は休憩時間の度にふたりで行方不明。
昼休憩の時は探してみたけども見つからず。
そして、放課後になろうとしていた。
問題のふたりは少し事務仕事をしてから話あいをしている。
「鳴海先生、そろそろいい? 仕事は問題ない?」
「やるべき事は先に終わらせておきましたから大丈夫です」
「そう。ごめんなさいね、付き合わせて」
「いえ、まぁ……北沢先生の頼みですから」
何が北沢先生の頼みですから、だぁ!
私の目の前でデレっとした顔を見せないで欲しい。
どうして男の人ってこうも美人に弱いのかなぁ。
結衣先輩に惚れてるとかじゃないよね?
内心、不安になる私をよそに彼らは職員室から出ていこうとする。
どんな事情があるか知らないけども、あからさまなこの態度は怪しすぎる。
「もしかして、結衣先輩に朔也君をとられた!?」
「こら、真白。職員室で大声を出すな。みっともない。ちょっとこっちに来なさい。お前はもっと教師としての自覚をだな」
「ちょっ、お父さん!?もとい、校長先生、今は大事な時なの。邪魔しないで!」
「いーや、今日こそはお前に普段から言おうと思っていた事を言うぞ」
私はふたりの後を追おうとしたのに、お父さんに邪魔されてしまう。
公私混同は避けるために、普段は私に話しかけないくせに。
こんな時だけ、狙ったように邪魔してくるなんて。
そのまま、説教モードに入られて解放されたのは15分後のことだった。
「うぅ……疲れた……」
親としての立場+校長としての立場という二重の意味での説教は辛い。
もう最後の方は教師としての態度とかじゃなくて、普段からのバイク趣味が危ないやら、朔也君と結婚を考えているのか、とか全然関係ない事だったし。
バイクの事は余計だし、結婚は……考えてますよ、当然でしょ!
文字通り、余計なことに時間をとられてしまった。
「……はぁ、まだ学校内にいるのかな」
私は改めて気を取り直して、彼らを探す事にする。
捜索から10分後、私は生徒たちに聞き込みをしながらようやくふたりを見つけた。
体育館の裏、誰も人気のない場所にいたの。
「こんなとこでなにを……え?」
そこにいたのは、涙を流している結衣先輩。
「うぅ、ぁっ……」
「北沢先生、今は泣いてもいいと思います」
「うん……ありがと……」
彼女を抱きしめて慰めるのは……朔也君だった。
何がどうしてこうなったのかは分からない。
けれども、私は胸に突き刺さるような痛みを覚えていた。
大事な人が奪われてしまったような……そんな痛みを――。