第3章:恋と愛《断章1》
【SIDE:鳴海朔也】
酔うと子供状態になる村瀬さん。
まるで別人格な真白ちゃんはただいま、眠ってしまっている。
俺は彼女を背負いながら夏の夜道を歩いていた。
「すぅ……」
寝てる時の彼女は普通に可愛い。
「あんまり困らせないでくださいよ、真白ちゃん」
お酒は人を変貌させる。
酔えば泣く人、笑う人、いろいろとあるけども、こうして子供っぽくなる人もいる。
「……好きな人、いるんですか?」
俺は返事がないのを分かりながら、寝ている彼女に問う。
返事されても困るんだけどな。
背中越しに彼女の温もりを感じる。
「さて、どうしたものかな」
俺は彼女の家に連れていくつもりで歩いていた。
だが、しばらくして、村瀬さんが目を覚ます。
「ん……?」
「起きましたか、村瀬さん?」
「あれ……鳴海君……?」
「そうですよ。気分はどうですか?」
俺の問いに彼女は低いテンションで「気分悪い」と訴える。
どうやら、真白ちゃんモードは無事に解除された様子だ。
「飲みすぎなんですよ」
「……うぅ、ごめんね」
「一度、俺の家に寄りますか」
ぐったりとしているので、俺は自分の家へと方向を変えた。
家に着くと、俺は彼女をソファーに寝かせる。
横になると随分と楽になるはずだ。
「大丈夫ですか、村瀬さん?」
「う、うん……何とか……ありがとう」
俺は水の入ったコップを手渡す。
それを飲み終えるとようやく目も覚めたらしい。
「ふぅ。ご迷惑をおかけしてごめんなさい」
「いえいえ。可愛くてよかったですよ。真白ちゃん」
「……記憶にないんだけど、また何かしました?」
「それはもうとんでもない事をしてくれました」
頬にキスとか、俺に告白とか……。
証拠の動画でも見せれば、彼女はしばらく落ち込むであろう。
「記憶にないんですか?」
「お酒を飲むといつも頭がほわ~ってなるから、覚えてないんだよね」
「また厄介なことで。記憶なくなるタイプですか」
俺は記憶が飛ぶほどお酒を飲んだのは懐かしいな。
早々、経験のある事ではないが弱い人は弱いのだろう。
「今回は証拠の動画があるのですが、真白ちゃん状態の村瀬さんを見てみます?」
「や、やめてよ。ひどいっ」
「まぁ、見ない方が村瀬さんのためだと思いますよ」
「私は何をしたの!?」
俺が携帯をちらつかせると彼女はそれを奪おうとする。
「お願いだから消してー」
「嫌です。村瀬さんの酔ってる姿が可愛いから保存しておきます」
「……こいつ嫌な奴」
最近、口癖になってる言葉で俺を責める。
実際は俺にキスをしてるシーンがあるので見せられないのだ。
「と、見せかけて……」
「あっ」
俺が油断した隙に携帯電話を奪われてしまう。
「こんなのはさっさと削除しちゃえば……」
だが、奪われる際に指が触れたのか、動画再生されてしまった。
携帯の動画は先程の居酒屋で起きた真白ちゃんのキス事件。
俺に甘える村瀬さんが頬にキスをする姿が嫌な証拠として残ってる。
『真白ちゃんは朔也ちゃんの事が大好きだからね(はぁと)』
しかも、大好きだからね、と来たものだ。
俺に迫り、甘えてはチューを繰り返す。
人間、客観的に自分を見ることほど恥ずかしいものはない。
「……俺は言ったはずですよ、見ない方が良いって」
例の映像を見て衝撃を受けた彼女は想像通りにマジ凹みをする。
「大丈夫ですか?」
「……泣きそう。お願いだから忘れてください」
「そう言われても、俺は酒を飲んで記憶を無くしたりはしないので。こう考えればどうですか。忘れてしまえる事が幸せだと」
「それ、全然、フォローじゃないから。いやー」
頭を抱えてうなだれてしまう。
自分が逆の立場ならと考えると相手の気持ちも理解はできる。
「自分の失態を初めて映像で見たわ」
「真白ちゃん、可愛いですけどね」
「やめて。はぁ……気持ち悪くなってきた」
再び、気持ち悪さが戻ってきたらしい。
酒の席で酔って失態を起こすなんて珍しい事ではない。
彼女の場合はそれが常ではあるけども……。
「あのさ、その……キスしてごめんなさい」
「別にいいですよ。美人からのキスはいつでも歓迎です」
「……態度が軽いなぁ。さすが軟派男さん」
そう言う態度の方が村瀬さんも気が楽だろう。
「あのさ、鳴海君……?」
「なんでしょうか」
だが、今度は沈黙してしまった。
何やら考えている仕草を見せる村瀬さん。
今日の彼女はテンションの浮き沈みが激しい。
まだ完全に酔いがさめてるわけではなさそうだ。
「やっぱり、ごめん。今日は頭の中、ぐるぐるってなってるから。明日、暇かな?」
「休日ですけど、暇ですね。朝からやる事もないですから」
「それじゃ、明日。鳴海君とちゃんとしたお話がしたいの」
「……お話?」
「うん。改めて話したい事があるんだ。今日はホントにごめん。えっと……」
彼女は頭を軽く下げながら俺に言った。
「……私の事、嫌いにならないでくれたら嬉しいな」
嫌いになんてなるはずがないじゃないか。
「それじゃ、また明日。朝にまた連絡するからそれでいい?」
「えぇ、いいですよ」
そして、彼女は軽くまだふらつきながらではあるが帰って行った。
送ろうとしたが断られたのだ。
……相当、真白ちゃんが恥ずかしかったらしい。
俺が彼女なら消えたくなるからな。
「お話ねぇ? 改めて話したい事ってなんだ?」
俺は携帯電話を操作しながら、例の動画をもう一度見てみた。
酔った村瀬さんが嬉しそうに俺に抱きついてキスをしている。
『真白ちゃんは朔也ちゃんの事が好きなんだよ』
彼女の告白を聞いて俺は思わず頬が緩む。
「……これは個人的に永久保存しておきたいな」
例え、相手が酔っていたとしても、俺の“好きな”女の子から告白されて嬉しくないわけがなかったのだから……。