第2章:気になる人《断章3》
【SIDE:鳴海朔也】
人を愛せなかった過去。
それを思い返す度に自分は恋愛が下手な事を思い知る。
俺が過去の恋人を傷つけた悪夢を見た日の夜。
そんな悩みを吹き飛ばすように、俺は村瀬さんに飲みに誘われた。
「それ、何杯目ですか」
「んー、3杯目? まだ余裕だよー」
……のだが、村瀬さんはいつもと違い、完全に自分のペースを超えている。
この調子だと酔うのも早いだろう。
彼女も何かお酒を飲んでうさばらしというか、忘れたい事でもあるのだろうか。
「村瀬さん、今日はペース、早くないですか。酔いますよ?」
「だいじょうーぶ、らよ? あははっ」
もうやべぇよ、ろれつが全然回ってない。
「すっかり酔ってるじゃないですか」
「だーかーらー、だいじょーぶだよ。朔也ちゃん」
……手遅れだ、久々の真白ちゃんがやってきた。
中身が子供っぽくなる、通称、真白ちゃん化。
彼女と酒を飲む時には要注意しなければいけない現象だ。
「村瀬さん。どうしたんです?」
「真白ちゃんにもー、悩みくらいはあるのよー」
「悩みですか? 今日は相談にのってもらいましたし、俺も逆に相談に乗りますよ」
彼女は瞳を潤ませながら俺の方を見つめる。
間近で見ると、やっぱり綺麗な人だなぁ。
今の中身だと、決して近づきたくない人ですが。
「ホントーに? これから私の言うこと、聞いてくれる?」
「……ま、まぁ、お話程度なら」
「よかったぁ。あのねー、朔也ちゃん。真白ちゃんの悩みはぁ、ふふふっ」
何やらご機嫌な様子で俺に迫る。
その朔也ちゃんって言うのも千歳を思い出すのでやめてもらいたいのだが。
酔っ払いに何を言っても無駄なので諦めるとしよう。
「聞きたい? 聞きたい?」
「自分が話したいんじゃないですか」
「えー。どうしようかな、話しちゃおうかな。内緒にしておこうかな」
……この酔っ払いめ、いじめたくなるぞ。
俺はビールを飲みながら彼女の頬に触れる。
「ひゃんっ。何するのー。お触りは禁止~」
「肌触りいいですね。さっさとお話し下さい、村瀬さん」
地味なセクハラをしつつも、話を進めさせる。
これ、冷静なときにしたらマジで怒られるな。
「ふふっ。私の悩みは……恋の悩みなのでーす♪」
「……恋ですか」
また妙な展開になってきた。
村瀬さんが恋をしているのは、意外だな。
そんな話は聞いていないけど、いや、秘密にしていたのかもな。
自分に好きな人がいるかどうか、いちいち言う必要もないし。
「恋の悩みって、誰か好きな人がいるんですか」
「はーい♪ 真白ちゃんは今、好きな子がいるんだよー」
めっちゃ笑顔で微笑まれた。
そんな笑顔を独占できる野郎がいるのが羨ましい。
「相手とはラブラブですか? 片思いですか?」
「うぅ、朔也ちゃんが意地悪する……ぐすっ」
「え? 片思いの方だったんですか、すみません」
両手で顔を覆って泣きそうな顔を見せる。
思いのほか、傷つけてしまったのだろうか。
「な、泣かないでください。謝りますから。ね?」
と、思っていたら、彼女はまたすぐに笑顔に戻って言うのだ。
「うっそー! 謝る必要なんてないよー」
「……真白ちゃん、泣かせてもいいですか?」
あまりにも無邪気な子供すぎて、ちょっとイラッとしてきました。
だが、真白ちゃんは思わぬ行動に出る。
「だって、私の好きな男の子はぁ……目の前にいるから」
「……え?」
「だぁいすき、だよ。朔也ちゃん。むちゅー」
いきなり唇を尖らせて俺に迫る。
この展開、どこかの星野家の御令嬢と同じではないか。
……茉莉ですっかり慣れているので俺は対抗策を講じる。
「ダメですよ。大人しくしてください」
その唇を未使用のお手ふきのタオルで防いだ。
口元をふさいであげると苦しそうにもがく。
「むー、んー」
「ほら、飲みすぎです。俺で遊ばないでください」
冷静に対処しながら、おつまみの枝豆を食べる。
うむ、ビールによくあう味ですな。
押さえる俺の手元から彼女はなんとか逃げだす。
「……ぷはっ。朔也ちゃん。こーいうプレイは好みじゃないの」
「何プレイですか、これ。ちなみに、どんなプレイが好みなんですか」
できればハードではなく、ソフトな趣味でお願いします。
「本当に好きなのにー、信じてくれないのね。乙女心を踏みにじるのね!」
今度は何か怒りだしたぞ。
本当に真白ちゃんは茉莉と同様、扱いに困るわ。
「朔也ちゃん……すきー、だいすき」
俺にお酒と香水の匂いを香らせて迫る彼女。
唇が触れそうなほどにギリギリです。
「その手の告白は酔っ払っていない時に言ってください」
「素面の時に言ってもいいの?」
「……マジで、何ですか?」
彼女がこんな事をする理由。
まさか、本当に俺の事が好きで、いわゆるお酒の力を借りてという展開?
だとしたら、俺も真面目に対応しなくてはいけない。
「ううん、ウソだよ」
「やっぱり、嘘か!?」
あっさりと否定された。
ですよねぇ……分かってはいたが、思わず期待してしまった。
「あははっ。簡単に騙されてるのー。朔也ちゃんは単純だねぇ。真白ちゃんの心は、真白ちゃんだけのものなのでーす」
決めた、この光景を携帯のカメラの動画でとって、後で本人に見せよう。
「今日の俺はいつもより非情だぜ」
俺は携帯電話を取り出して動画モードにすると、彼女の方にカメラを向ける。
「ダメだってば。カメラはNGだよー。だめーなのー」
「真白ちゃんが可愛いから撮ります。ほら、こちらに視線を向けてください」
「……んー。可愛く撮ってくれるならいいかなぁ」
後で死ぬほど後悔させてあげるので、ぜひ可愛い姿を見せてください。
だが、彼女は俺の方に再び迫まってくると、俺の頬に唇を触れさせた。
「ちょっ、ちょっと、村瀬さん?」
「ちゅー。ほら、撮ってよ。朔也ちゃん」
「こ、これはこの展開はまずいと言いますか。今のは冗談ですよね?」
動揺する俺に彼女は俺の耳元に甘い声で囁くのだ。
「……ちゃんと撮れてる? 私たちのキスシーン。あとで見せてね、朔也ちゃん?」
「村瀬、さん?」
もう一度、俺の頬に彼女はキスをした。
「ぁっ……」
柔らかな彼女の唇の感触が頬に伝わる。
動画の撮影モードは起動中、ばっちりと今の俺達を映している。
「ふふっ、真白ちゃんとぉ、朔也ちゃんのラブラブなキスシーン、証拠が残っちゃったねぇ。これじゃ、責任とってもらわなくちゃいけないなー。ちゃんとー、責任とってくれる?」
満面の微笑みを浮かべる村瀬さん。
「よ、酔いすぎですよ。悪ふざけが……」
「真白ちゃんは朔也ちゃんの事が大好きだからね」
「……村瀬さん」
これが酔っているゆえの行動なのか、本心なのか。
俺にはまったくもって判断がつかなかった。
ただ、頬に残る唇の感触だけは気持ち良いものだと思った。
「……あっ」
俺は忘れていた、撮影モードをOFFにする。
動画を消すのかどうかはまた後で考える事にしよう。
「何かお腹すいたから、食べようっと」
「こら、もうお酒はやめてください」
「やだー。まだお酒飲みたい~っ」
駄々をこねる子供のような振る舞いに俺は頭を抱えた。
その後、さらに追加で酒を飲もうとするので必死に止めた。
……真白ちゃんモードの彼女は本当に危険な存在だ。