第2章:気になる人《断章2》
【SIDE:村瀬真白】
恋の悩みを雫さんに相談していると、思いっきり呆れられてしまう。
「真白の恋の病気がまた始まったのね。いくつになっても変わらずか」
「……だ、大学時代はそんなにひどくはなかったんですよ?」
「ひどくは、ね? つまりはそういう経験はしてたんじゃない。ホント、どうしてそう言う性格のひねくれた女の子になってしまったのやら。昔は可愛い女の子だったのにねー」
「ひねくれた性格って、雫さんにだけは言われたくないです」
素直に言った物凄い顔で睨まれました、ごめんなさい。
この人も昔は相当に性格的にひどい人だったのに。
恋愛絡みじゃないけど、傍若無人を絵に描いたような人だったよ。
「結衣や美帆は昔から男の子にモテたわ。でも、お前も見た目は綺麗な方だし、男の子に言い寄られたりしなかったの?」
「告白された事はありますよ。興味ないのでお断りしてましたけど……」
「自分に向けられた好意は無視か。それで他人に向けられている好意に憧れるっていうのは性質が悪い。もはや、病気だ。お前の恋の病は重症ね」
「手遅れみたいな言い方しないでください。それに、私だって気にしてるんです」
私はケーキを食べながら言葉を返す。
チーズケーキの味がほんのりと甘い。
喫茶店の落ち着いた雰囲気の中で、私は相談を続けた。
「……鳴海君が好きなんですけど」
「その気持ちが本物かどうか自信があるの?」
「自信ですか?」
「基本的にただの憧れだってさっきも言った。本当にそれが恋だと言えるのか、どうかが問題だとは思わない?」
なんとなく、言われている事は分かる。
「他人に恋している相手を好きになる。それはつまり、手に届かない相手を好きになるということ。テレビの中のアイドルを好きになるようなものね」
「……そうなのかもしれません」
私は結局、人から愛されている人を好きになることで自分も恋をしている気持ちに酔いしれているだけなのかもしれない。
だとするのならば、私は本当の恋をまだしていないのかも。
「鳴海への気持ちも同じなんじゃない?」
「……それが今回は少し違うんです。結衣先輩や茉莉が彼と接したのは今年の春からです。私が彼を気になっていたのはもう少し前からですし」
私自身が彼に興味を抱いたのはお花見に行った辺りからだ。
一緒に花を見て、彼の話を聞いたりしているうちに興味を抱いた。
「だから、今回は違う? 気になる相手が愛されて、好きになった。結局は同じ事の繰り返しじゃないの。お前は、人をちゃんと好きになった事がない。私が言うのもアレだけども、そういう人間にはあるものが欠けているんでしょう」
「あるものって?」
雫さんは私に対して指をさしてはっきりと言う。
「自信よ。お前は自分に自信がなさすぎる」
「え……?」
「もっと細かく言うと、自分の判断に自信がない。普通ならこの人は良い人なのかっていう事を自分で判断するけども、お前のようなタイプは既に誰か他の人が判断をくだした事を判断材料にしているのよ」
自信がない。
そう言われて、胸が痛むような気がした。
「相手が付き合ってる事に安心をして、恋をできる。違う?」
「……そうかもしれません」
雫さんはミルフィーユのイチゴを食べながら、
「そんな事ばかりしていたら、本当の恋なんてできない」
「言い返す言葉もありません」
「そこでしょげるなよ。私も別に責めてるわけじゃないし」
雫さんの言葉は胸にしみて、考えさせられる。
どうしてこんな恋しか私はできないんだろう。
「……ていっ」
「いたっ。さっきから額を叩かないでください。デコピンって痛いんですよ」
「お前が呆けてるからだ。フォローするわけじゃないけど、真白の性格の問題だけじゃないとも思う。結衣や結衣が好きになる男って言うのは、性格がよかったり、カッコよかったりする素敵な男が多い。それもあるんでしょ」
確かに人気のあるふたりの恋人は容姿がよかったりしていたっけ。
魅力があるからこそ、彼女達も好きになるわけで。
彼女達が認めた素敵な相手だからこそ、私も恋をしてしまうのだ。
「……改めて考えてみると、私ってダメな女ですね」
「うん。今さらだけどダメ女だわ」
「そこは違うとか言って欲しかったんですが」
「だって、ホントの事だし。美帆も結衣も、お前の事は気にしてるから何も言わないだけ。あの子らは良い子達じゃない。これが普通の相手なら、毎回、自分の彼氏に恋されてるとウザいとか思われてるわよ」
確かにそうだと思う。
もしも自分の立場ならそう考えるの普通だ。
「私たちにとって真白は年下の妹的立場じゃない。だから、そっちの心配はしなくていい。真白もそろそろ、自分だけの恋をしてみればいいんじゃないの」
「……そう、ですね」
だとしたら、この今の気持ちも偽りなんだろうか。
鳴海君を想い、恋に焦がれるこの気持ちも……。
思わずキスをしてしまったあの夜の事は今でも覚えている。
普段は見せない弱さを見せた彼がたまらなく愛しく思えて。
けれども、そのきっかけも、結衣先輩だったのだ。
「これで悩み相談は終了でいい? どうせ、ここで悩んでも答えなんて出ない。真白がホントに鳴海が好きかどうか、考えるより動いてみればいいわよ」
「動く……?」
「告白するなり、デートをするなりしてみればいい。今回は鳴海はまだフリーなんでしょ? だったら、何も問題はないじゃない。自分の嫌な所も全部、話してみればいい。それで受け入れてくれたらいいし、ダメなら諦めればいい」
今の自分の事を話しても、彼はどう思うだろう?
結衣先輩に恋をしている姿を見て、私が恋をしている。
この気持ちが本物かどうか確かめたいけども……。
「……雫さん。ありがとうございました。何だか気持ち的に整理ができました」
「悩みを人に話すって言うのはそういうものでしょ」
「恋の悩み……ちゃんと考えてみます。でも、雫さんって恋愛経験も少なそうなのに、色々と考えているんですね」
私の発言に彼女は笑顔を見せた。
「あははっ。面白事を言うわねぇ、真白?」
「い、いひゃい」
私の頬を引っ張りながら彼女は言うのだ。
「余計な事を言わなくていいわ。どうせ、私は結衣や美帆と違ってモテないから」
「その性格が問題なんだと思いますよ?」
「――お前が言うなぁ!」
「きゃー!?」
しばらくの間、雫さんにいじめられる私だった。
口は災いのもと、言わなくていい事は言わない方が良い。
でも、彼女に相談してよかった。
どこかすっきりしたおかげで、私は彼の事をちゃんと考えられる気がしたの。
鳴海君を好きな気持ち。
私の中にあるこの恋心は果たして本物なのかどうか。
自分と向き合い、答えを出してみようと思うの。