第2章:気になる人《断章1》
【SIDE:村瀬真白】
恋煩い、恋の病、恋の悩み。
そんなものは思春期の女の子がするものだと思っていた。
「この年でまだ恋に悩むなんてね」
私には気になる人がいる。
だけども、どうすればいいのか、分からない。
私は小さく嘆息しながら駅前の繁華街を歩いていた。
特に目的もなく歩いていると、後ろから肩を叩かれた。
「何をしてるの、真白?」
「雫さん。お久し振りです」
私に声を駆けてきたのは星野雫。
あの学校の問題児、星野茉莉の年の離れたお姉さんである。
私にとっては結衣先輩と同じ、年上の幼馴染だ。
「ボーっとして歩いてるけど、考え事でもしてたの?」
「ちょっとした悩みがあって。そうだ、雫さん。今はお暇ですか?」
「暇だけど、それが何か?」
「あのですね、私は悩みがあるんです。悩みは人に話せば解決すると言いますよね?」
私が彼女に詰め寄ると、戸惑う素振りを見せながら、
「な、何だ? 解決するかどうかは知らないけど、話して悩みを吐き出すのは良い事だと思う。話しているうちに物事を整理もできるだろうし」
「だったら、私の相談にのってくれますよね? 幼馴染を見捨てたりしませんよね?」
私は彼女の手を掴みながら、お願いをする。
ぐいっとさらに迫ると、彼女は顔をひきつらせる。
「どんな相談の押し売りだ。はぁ。よく分からないけど、真白が悩んでいるのなら話くらいは聞くわよ。何に悩んでいるの?」
「ありがとうございます、さすが私のお姉さんです」
「……困った妹だわ。はぁ」
雫さんという相談相手を得て、私達は近くのカフェまでやってきた。
ここは雫さんの妹、由愛(ゆめ)さんが働いているお店である。
「いらっしゃいませ。あっ、姉さんと真白さんですね。こんにちは」
穏やかな雰囲気の美少女。
怖い姉(雫さん)と生意気な妹(茉莉)という三姉妹の真ん中である彼女は天使みたい可愛くて、とても素敵な女の子だ。
年齢も19歳と若いし、可愛いので、この店の看板娘である。
「こんにちは、由愛さん。相変わらず、可愛いなぁ。そういう制服、私も着てみたい」
このお店で評判なのはウェイトレスのゴシック風な衣装だ。
似合うかどうかは別にして、一度くらいああいう服を着てみたいと思う。
「ふふっ。きっと、真白さんにもお似合いですよ」
「そうかしら。真白の年齢で着たら、怪しいお店のお姉さんよね」
「いつもながら口が悪いよ、雫さん」
私達は席に案内されて、適当にケーキセットを注文する。
「しばらくお待ちください」
「ゆっくりでいいよー。というわけで、雫さん。私の相談を聞いてください」
「ケーキセット分くらいの話なら聞いてあげるわ。何?」
「実はですね、恋の悩みなんです」
私の話を聞いた瞬間に彼女は嫌そうな顔を見せる。
「真白。相談相手を間違えてない? この私にそんなものをされても……結衣か美帆にでもすればいいんじゃないの?」
「あの二人はダメです。こういう話を茶化さずに聞いてくれるのは雫さんくらいです」
「……それは信頼されているの?」
とにかく、私は話だけでも聞いてもらうことにする。
「相手は誰なの? 今度は結衣の弟にでも恋をした?」
「違います。年下すぎますよ。それにそこまでの勇気はありません」
「学生時代、美帆の彼氏に恋をしたとか言うのは、前にはよく聞いたけども」
「……そ、そんな事はよくありましたねぇ」
結衣先輩や美帆さんは昔から本当によく男の子からモテていた。
素敵な彼氏ができる度に、憧れてたり。
「あれか、またお前の恋の病気が出たのねぇ。この略奪愛好きめ」
「誤解を招くよう発言はしないでください」
「だって、本当でしょ。結衣や美帆の彼氏、これまで何回、好きになってるの?どうせ大学時代も友達の彼氏とか好きになったりしたんでしょうが。想像すれば分かる」
「ぐぬぬ……」
雫さんに指摘される私の恋の病気。
そう、これはもう病気と呼んでいい。
私には恋愛において致命的にダメな所ある。
それは他人から愛されている人を好きになること。
「お前……今度は誰の彼氏を好きになった? 真白の場合は、本当に厄介よねぇ。そりゃ、美帆にも結衣にも相談できないわけだ。昔の真白って、奪略愛大好きっ娘だったもの。ホント、ひどい恋しかできない子」
「奪略愛って言いますけど、奪略したことはないです。人のものに手を出した事はありません」
私は雫さんに過去の心の傷をえぐられて、テーブルにうなだれて答える。
本当にそんなひどい事はしていない。
ただ、他人の恋人を好きになったりしてしまう悪い癖あるのは事実だ。
「おまたせしました、ケーキセットです。……あの、何かありました?」
由愛さんがケーキセットを持ってきてくれるが、うなだれる私を見て驚いている。
「雫の恋の病気の話。由愛も彼氏ができたら、この子には紹介しない方がいいわよ」
「だーかーら、違うんだって言ってるじゃないですか。ひどい」
「くすっ。恋の話ですか。いいですねぇ、恋をするのって」
「私の場合はうまくはいかないのが常なのよ」
由愛さんは「素敵な恋がうまくいくといいですね」と笑みを浮かべて立ち去る。
うん、彼女の笑顔は同性の私でも癒されるわ。
「真白はあの子の言う通り、素敵な恋をしてるの?」
「素敵かどうかは分りませんけど、恋はしてます。相手は年下の男の子。同じ高校の教師で鳴海君っていうんですけど」
私が名前を告げると雫さんは嫌悪の表情を見せた。
「……鳴海? それってまさか、あの鳴海朔也のこと?」
「あれ、知ってました。そっか、茉莉から聞いたりしてますよね」
「嫌になるくらいにね。本人にもあった事があるわ。あれは最低な軟派男に見えた。また変なのを好きになったわね、さすが男の趣味が悪い。お前の好きになる男はいつもああいう系だ」
「……さすが、と言われると傷つきますよ」
アイスカフェオレを飲みながら拗ねて見せる。
雫さんはイチゴのミルフィーユをフォークで切り分けながら、
「真白の恋は基本的に“憧れ”よ。他人が恋をしているのを見て、幸せそうな雰囲気なのが好きなんでしょ。それでも自分も恋をしてしまう。だけど、相手は手に入らない。かといって、ふたりが別れてから、相手に手を出すわけでもない」
「……よくご存じで」
「学生時代に何度、真白や周りからの相談を受けたと思ってる? 一度や二度じゃない。結衣や美帆からも、真白についての相談を受けていたし」
「うぅ、ご迷惑をかけてきました」
返す言葉もないほどに、私はいつもの悩みを相談しているのだと気付いた。
あきれ顔の雫さんはそれでも悩みを聞いてくれる。
雫さんは口は悪いけども、面倒見のいいお姉さん的な存在だ。
話せば良い人なんだよね。
「あの鳴海のどこがいいわけ?」
「私自身も前から仲良くしてるのはあるんですけど、実は結衣先輩が彼と仲良くしてるんです。それに茉莉も……。いろんな女の子から愛されている彼を見ていたら、興味が出てきて、いつのまにか、本気で好きになってました」
「……真白の場合は一度、恋愛の思考回路をお医者さんに見てもらいなさい」
完全に呆れた顔を見せた彼女は私の額を軽く指先ではじいた。