第1章:恋愛観《断章1》
【SIDE:鳴海朔也】
自分の行いを悔いる事。
誰でも過去の自分の行動を思い返した時には、「あの時、ああしていればなぁ」と思うことくらいあるだろう。
俺もそうだ。
自分の恋愛を振り返った時には本当によく思う。
やり直せるものならやり直したい。
例えば、大学1年の時に付き合った彼女のこと。
あれは俺の人生でもワースト1の恋の失敗だ。
「朔也君、ひどいじゃないっ」
「……別にいいだろ。俺達はもう別れたんだから」
「だからって人の親友と付き合うなんて意地が悪すぎると思わない?」
先日に別れることになった元恋人の彼女に俺は詰め寄られていた。
原因は俺の新しい彼女が元恋人の親友だったらしい。
昨夜の合コンで知り合い、話がいい感じに弾んで恋人になることになった。
だが、どこかで聞きつけた元恋人は怒り心頭。
どうにもその強気な性格が気に入らなくて別れたのだが。
「大体、お前の親友だなんて知らなかったし。そんな事で責められてもな。何か問題でもあるか? いちいち、人の恋愛に口出してくるなよ」
面倒くさそうな口調で言ってやると彼女は怒りをみせる。
「恋愛って……ちゃんとあの子の事を愛してるの?」
「それなりに? 好きだと思うけど。あぁ、胸も大きいし、楽しめそうって意味でだけど」
「最低! アンタはどうして、いつもそんな風にしか女の子を見られないの? 性欲の対象じゃなくて、恋をしたことがあるの?」
「恋愛とか語られてもなぁ。俺、興味ねぇし。子供じゃないんだからさぁ。心より身体だろ。俺からすればお前は満足できなかっただけ。何て言ってもお前の胸小さいからさぁ。楽しみようがなさすぎた。残念だな」
「くっ。アンタって奴は……。朔也君に少しでも体を許した私がバカだった」
「おいおい、暴力はやめてくれよ。そういう、強気な所が嫌いだったんだ」
悔しいのか、彼女は俺の襟首をつかみかかる。
昔の俺は、正直、楽しければそれでいいと言うような奴だった。
「あー、あの子の事は愛してる。もう好きで好きでたまらない。そう言えば満足か?」
「アンタみたいな嘘つきの言う事なんて信じないよ」
「……そうだ。俺の愛は紙のように薄っぺらい。そんな真面目な恋愛は面倒だからな」
恋なんてしてるものか。
ただ、いい女を抱きたいだけの俺はそんなものを考えたりしない。
彼女が俺の頬を平手でたたく。
「女の愛し方も知らないくせに恋なんてするな」
「……恋? 俺は恋なんてしてねぇよ。ただ、女で遊びたい。それだけだ」
それが本音。
俺の本音を聞いた彼女はもう一度、彼女は俺を強く叩いた。
だが、なぜか涙を浮かべている。
「アンタみたいな男を好きだった私の気持ちは何なのよ。最低……」
「……何で泣くかね。意味が分からん」
相手の気持ちを考えて恋をしていなかった。
それゆえに相手を傷つけても、俺は痛みを感じる事もなかった。
「もういい。私の事は良い。でも、あの子には手を出させない。今すぐ別れて」
「はぁ。分かった、分かった。もういいよ。別れるようにします。それでOK?お前も大事な友達を守れてよかったねぇ」
俺は面倒事になるのを避けたくてそう呟いた。
せっかく手に入れかけた新しい恋人を手離す事は残念だが仕方ない。
また別の女の子でも探せばいい。
「朔也君は一生、誰も女の子を愛せない」
「愛そうなんて思ってもいない」
「……アンタなんか、死んじゃえばいいのに!」
彼女は涙をこぼしながら俺を睨みつける。
元恋人は俺を愛してくれていた。
その愛を裏切ったのは俺で、恨まれるのも当然だった。
「……いつか女に刺されて死ねっ!」
強烈な言葉が辺りに響く。
俺は立ち去って行く彼女の後姿を見つめながら苦笑いを浮かべた。
「面白い事を言うなぁ……刺されて死ね、か。女の恨みって怖いねぇ」
愛を知らず、ただ女の子の身体だけを求めていた頃。
「恋愛なんて、心の繋がりを求めてあって、何が楽しいんだか……」
俺の人生でも黒歴史な日々。
あの頃の俺に言いたい。
もっと真面目に恋をしろ、相手と向き合えと言ってやりたい。
……そうしたら、きっとあの子の涙を今も思い出したりしないから。
嫌な夢を見た。
起きてもそれを覚えているから性質が悪い。
「はぁ……」
気がつけば、窓から差し込む朝日。
外はスズメか何かの鳥の囀る声が聞こえる。
「朝か。嫌な夢を見たせいで寝起きが悪い」
俺は布団から起き上がりながら気持ちの悪さを感じる。
「今さらあんな夢を見るなんてなぁ」
大学に入った頃の俺は正直、最低な奴だった。
何人もの女の子と付き合ったがほとんどが身体目当てだったのだ。
「千歳に出会わなかったから、俺って奴はどんなクズ野郎になっていたんだか」
そう呟いて、寝癖の髪をいじる。
今はもういない、俺の大事だった女の子。
俺を変えてくれた千歳の存在には感謝している。
それだけに思うこともあるのだ。
今の俺にちゃんとした恋愛なんて、できるのかってな。
あの千歳ですら、愛し通せなかったのだから。
人を愛せなかった自分の過去。
あの頃の俺は恋愛と向き合うことをしなかった。
「だから……結果的に、大事な女の子を失うんだ」
それゆえに、初めて恋をした千歳に何もしてやれなかった。
因果応報、自業自得。
大事だと思える女を失ったのは過去の俺の行動のせいだ。
当然の報いだと、言えるだろう。
「ふぅ、人間ってのは成長する生き物だ。俺も成長しよう」
そう、言い聞かせて俺はしゃきっとする。
「そろそろ、準備しないとな……」
学校に出勤する時間が迫っていたので慌てて、俺はパジャマを脱ぎ捨てた。
「朝飯は食べる気にならないけど、リンゴだけでも食べていくか」
スーツに着替えながら鏡を見て、自分の顔がひどいことに気付く。
悪夢にうなされただけあって、最悪な顔つきだった。
「今頃になってあんな夢を見るなんて。女の子を平気で傷つけてきた事の報いだな」
水で顔を洗い、気分を変えようとする。
「ダメだ……メンタル弱いな、俺」
だが、結局、少し憂鬱な気分のまま、俺は家を出たのだった。