最終章:変わる未来
【SIDE:鳴海朔也】
翌日の朝、天文部のGW合宿も終わりを告げて、俺達は解散する事になった。
村瀬さんと結衣さんは深夜には家に戻り、俺達は夜更けまで天体観測を続けた。
無事に合宿も終了して、荷物を車に乗せてしまえばお終いだ。
あとは学校に戻り、俺一人で荷物を部室倉庫に運ぶと言う辛い試練が待っている。
何事もなく無事に合宿が終わった事はよかった。
「鳴海先生、さよなら~」
「おぅ、お疲れ様。気をつけて帰れよ」
千津達を見送ると、ひとりだけまだ茉莉が残っていた。
「茉莉は帰らないのか?」
「んー、帰るよ。って言っても、私は歩いて帰るだけだけど。そうだ、センセー。私の家に遊びに来てよー」
「全力で遠慮させてもらう」
「なんで!? いいじゃない、すぐそこなんだから来て~」
茉莉の家という事はあの大きなお屋敷の星野家だ。
気軽に入れるような場所ではない。
「センセーは私と愛を深める必要があると思うの」
「必要ないから大人しく帰れ。あっ、ちょっと」
茉莉は軽トラックの助手席に乗り込んでしまう。
「さぁ、私の家までレッツゴー。コーヒーくらいなら私が淹れてあげるから」
「……お前、本当に人の話を聞かないのね」
この押しの強い所は茉莉らしい。
思いこんだら一直線、周囲の声なんてどこへやら。
半ば強引に俺は茉莉の家に行くことになってしまった。
七森公園を出て、すぐに道沿いに見えてくるのは長い壁。
これが全て星野家所有の土地って事だよな。
「……旧家って本当に大きいよな」
「一応、壁があるだけで、無駄な土地ばかりだけどねぇ。お屋敷って言っても使ってるのは母屋くらいで、離れの屋敷なんて今は空き家同然だし」
「お屋敷暮らしした事ない人間には想像できないな」
昔は星野家の親戚が皆、同じ屋敷に住んでいたので離れの屋敷もあったらしいが、今は他の親戚は別の街に引っ越したりして、茉莉の一家しか住んでいないそうだ。
無駄に広くても古い屋敷は使い辛い、と茉莉も文句を言っていた。
「我が家に到着! 車はその辺の駐車場に止めて」
「……お、おぅ」
駐車場に止めるが、改めてみると、本当に星野家の屋敷は大きい。
車から降りて、俺は立派な正門を見ただけで圧倒されていた。
昔から星野家の周辺にはあまり来た事がなかったが、予想以上に大きいな。
「センセー。変な緊張してないで、中に入ろう?」
「俺を引っ張るなって。まだ心の準備ができてない」
彼女に手を掴みながら、門を通りぬけていく。
玄関を上がると、長い廊下が続いている。
「お帰りなさいませ、茉莉お嬢様」
「ただいま~」
使用人と思われる人々に遭遇。
こんな人々を普通に雇ってるお屋敷なんてすごい。
「お前って本当にお嬢様だったんだな」
「お嬢様って言っても、どうせなら、洋風屋敷のお嬢様がよかったなぁ。こんな旧家のお嬢様なんて変に窮屈なだけだもん」
「……それは贅沢だと思うけどな」
お嬢様が憧れるお嬢様像ってのもあるらしい。
屋敷に入ると、古い内装ながら実に存在感のある作りのお屋敷だった。
「ねぇ、お母さんはいる?」
「奥様は今朝方から、旦那様、由愛お嬢様と共にお出かけしております」
「えーっ。そうなの? 皆で揃ってどこに行ったんだろう?」
使用人に話を聞いて、何やら不満そうな彼女。
どうやら、両親揃って不在のようだ。
「せっかく、センセーをお母さんに紹介しようと思ったのに。由愛お姉ちゃんもいないのか。残念だけど、しょうがないね」
「俺的にはホッとしてるけどな」
向こうもいきなり学校の教師が意味もなく家に上がり込んでいたら驚くだろう。
どんな関係か疑われるのも困る。
「茉莉、俺は今すぐに帰りたい」
「ダメ~っ。ほら、こっちだよ」
応接間と思われる部屋に案内された。
星野家は屋敷のどの部屋も立派すぎてびっくりだぜ。
「すぐにコーヒーを淹れてくるから待っていてね」
俺一人、応接間で座布団に座って待つことになる。
俺がその部屋で待ち続ける事、数分、廊下を人影が通る。
茉莉が戻ってきたのかと思いきや、
「……おや、知らない顔がいるわね。“お前”は誰かしら?」
いきなり現れた黒髪美人に睨まれていた。
漆黒の長い髪に、鋭い眼光の強気な瞳。
美人と呼ぶにふさわしい容姿ながらも、どこか威圧感のある雰囲気。
はっきり言おう……めっちゃ怖いですっ!?
「あ、あの、俺は……」
「あー、何も話さなくてもいい。聞きたくもない。見た感じ軽薄で軟派そうな男だし、会話する事に意味もなさそう。はっきり言えば、何もしゃべる必要がないわ。空気が腐る、淀む。気持ち悪い」
「……あらゆる意味でひどいっ!?」
初対面の相手にそこまでボコボコに言われた事はありません。
美人のお姉さんは俺に興味を示すことなく、それでいて暴言を続ける。
「茉莉の知り合いでしょ。茉莉は男の趣味が悪い。知ってる? 彼女の好きな男は学校の教師だって。相手も相手で茉莉に興味があるって話だけど、生徒と教師ってどこの少女漫画の世界なのよ、バカらしい。相手の男はロリコンよね。お前もそう思わない?」
「……ぐはっ!?」
次々と言葉の刃が俺の胸に突き刺さる。
この人、俺の事を知っていてわざと言ってるのか!?
「間違いを指摘させてもらうなら俺はロリコンではありません」
「……なんだ。やっぱり、お前が例の教師だったの?」
「わ、分かっていて、言ってましたよね!?」
既に俺の正体も知っていて、いじめてくるとかドSですか。
「妹が毎日、うるさいくらいにお前の事を話してる。噂の鳴海朔也先生? ロリコンでも、何でもいいけど、この町で犯罪行為はやめて。まぁ、ロリコンに言っても無駄かしら、はぁ」
「うぐっ、俺を既に犯罪者扱いとか……」
「この町は狭いから噂が広まるのも早いのよ。よく知ってるでしょ」
俺をいじめるだけいじめて、彼女はそのまま立ち去ろうとする。
そこにコーヒーを持ってきた茉莉が怒った顔をする。
「こらぁ! 雫お姉ちゃん、センセーにひどい事を言ったでしょ!」
「なんだ、茉莉か。聞こえてた?」
「鳴海センセーはロリコンじゃないもんっ。センセーは私が好きなだけっ」
「……それも違う」
彼女が村瀬さんもビビる茉莉の姉、雫さんか。
噂通りに厳しい人であり、俺の心は折れそうです。
「茉莉も見る目がない。こんな軽薄そうな男のどこがいいのやら」
肩をすくめて俺を卑下する雫さん。
「鳴海センセーは優しいんだからっ。カッコいいし、ナンパなところもあるけど、それも魅力だもんっ。八方美人、その名の通りに美人にはものすごく弱くて誰にでも優しい所があるけど、それでも好きなのっ」
茉莉は俺をフォローしてるつもりか、逆に傷つけられている気もする。
……あとで覚えておきなさい。
「あの、雫さん。俺は決して、ロリでもなければ、八方美人でもありません」
「そして、茉莉にも興味がない。それも分かってるよ」
「分かってるのならいじめないでください」
「えーっ!? 私に興味がないって所は否定してよ!」
俺の背中に抱きつく彼女。
猫のようにじゃれつかれる事にも慣れたので反応する気もない。
「はぁ……茉莉、男の趣味が悪いのは致命的よ」
「お姉ちゃんに言われたくないし! 意地悪な雫お姉ちゃんなんて嫌いだから! もうっ、向こうに行って」
「はいはい。分かったから、押すな。私も軽薄そうな男に興味はないわよ」
「そんなのだから彼氏の一人もできないんだ」
「……茉莉、お前は後で説教ね? 覚えておきなさい」
「こ、怖くなんてないんだからね!?」
泣きそうな顔でビビりながら、茉莉が雫さんを部屋から追い出してしまう。
こちらは散々、俺の事をけなされてかなり凹み気味でがっくりと肩を落とす。
「雫お姉ちゃんの事は気にしないで。ただ、人をいじめるのが好きなだけの性根が悪い人なだけだから。性格悪いから彼氏だっていないし」
「……茉莉に似てないのだけはよく分かった。もう一人の姉は優しいんだっけ?」
「由愛お姉ちゃんは天使だよ。ものすっごく優しい。対象的に雫お姉ちゃんは悪魔かな、ううん、魔女だね。昔から雫お姉ちゃんだけは苦手なの」
それにしても、噂通りに怖くて、あれほど口悪いお姉さんだったとは……。
俺のプライドはもうボロボロだぜ。
できれば、もうお近づきにはなりたくないタイプだ。
超絶な美人さんなのに、もったいない。
「あれが噂の星野雫さんか。美人だけど、恐ろしい人だ」
美帆さんや村瀬さん達とは仲がいいって噂だけを聞いている。
「ほら、お姉ちゃんはいいから。コーヒーでも飲んで落ち着いて」
「……これはこれで何やら嫌な予感がするのだが」
予想通り、茉莉が淹れてくれた苦すぎるコーヒーに苦しみむことになった。
茉莉の家を出て、学校に向けて車を走らせていく。
山道をくだると、窓の外に海が見えてきた。
「いい海風だな……」
窓を開けて、海風を感じながら、
「早く夏にならないかな。俺の好きな季節になって欲しい」
夏になる前に新しい恋も始めたいものだ。
そして、俺には既に気になっている女性がいる。
「……夏までに狙ってみますか。新しい恋って奴をさ」
吹き抜ける風。
夏の澄み切った青空。
蒸し暑さを感じる夏の温度を肌で感じて。
俺の新しい恋はもう始まっている――。
【 THE END 】
学園編終了です。次は学園編の完結編。村瀬真白ENDです。