第8章:星に願いを《断章2》
【鳴海朔也】
料理ができない美少女達のために、結衣さんを呼ぶことに。
だが、俺は八尋の件で嫌われてしまっている。
複雑な心境のまま、待ち続ける事10分。
森に響くのはバイクの排気音だった。
「おや、この音は……?」
公園に入ってきたのは大型バイク。
バイクに二人乗りでやってきたのは村瀬さんと結衣さんだった。
「村瀬さん!?」
「暇だから私も来ちゃったけどいいよね」
「むぅっ……」
明るい笑顔の村瀬さんに、対照的に不満そうな結衣さん。
「こんにちは、村瀬さんも来てくれたんですか?」
「先輩の家でくつろいでたんだよ。そうしたら、八尋君から連絡があったから来たの。面白そうだから来たけど、ダメだった?」
「いえ、大歓迎ですよ。ぜひ、この子達に料理を教えてあげてください」
「よかったぁ。鳴海君の役にも立ちたかったんだ」
照れくさそうな彼女の表情にドキッとする。
最近、何だか村瀬さんが可愛く思えます。
学校内の噂では俺に気があるとか……まさかね?
「さっそくですが、この子達は全然、ダメなんで指導の方をお願いします」
「皆、料理くらい出来そうなのに意外だなぁ。今時の子は料理しないのかな。無理に調理させて怪我されても困るでしょ。私が教えてあげるよ」
険悪な雰囲気の結衣さんより、村瀬さんが加わってくれた方が心強い。
それに彼女も料理は得意だし、十分に役に立つだろう。
「というわけで、村瀬先生が教えてくれるんだってさ。お前ら、今度こそ覚えてくれ」
「「は~い。頑張ります」」
めっちゃ棒読みじゃん。
……女子達は実にやる気のない返事にがっくりする。
彼女達は料理ができないんじゃない、覚える気がないのだ。
女の子は料理くらいしてもらいたい、男の願望なのだろうか。
「鳴海センセー、私は愛のために料理を覚えるからねっ!」
ひとり、茉莉だけが積極的にやる気を出してくれていた。
この素直さは俺への好意は別にしても、前向きな姿勢は良いと思う。
頑張ってください。
「さぁて、と。八尋も雑用のお手伝いをしてやってくれ。俺は……」
「――ねぇ、朔也さん。こちらに来て、私とお話しない?」
こちらに向ける結衣さんの微笑がものすごく怖かった。
避けては通れないものってのはあるわけで。
俺達は再び、対峙する事になったのだった。
少し離れた場所で俺達は向き合う。
お互いに言いたい事がある、それゆえに逃げられない。
「朔也さん。私は貴方に言いたい事ある。先日は私も感情的になりすぎて、話ができなかったけども落ち着いた今なら話ができるわ」
「……そうですね。俺もこのままでいいとは思ってません」
大嫌いっと言われて疎遠気味になって1週間。
お互いに避け続けてきたが、そろそろ問題を解決すべきだろう。
「八尋の事なんだけど、朔也さんは深入りしすぎじゃないかしら。そりゃ、男同士で仲が良くなるのは良いと思うわ。お兄さん的存在としてこの子に接してくれるのなら私も文句なんて言わない」
お兄さん的存在、確かに今の俺は彼の恋を見守ったりする意味では近いかもな。
「だけど、貴方の介入が私には不愉快だわ。貴方は八尋の何も知らないのに、勝手な事をしすぎてる。それがはっきり言って気にいらないの」
彼女の不満はある程度理解できる。
大事な弟に恋人ができるかもしれない事が怖いんだろう。
そして、それを助長している俺が気に入らない。
俺は軽く木にもたれながら、彼女に言ってやる。
「勝手な事? それは誰に対してでしょうか?」
「え?」
「結衣さん。俺はね、八尋の味方なんですよ。美人は大好きで、ぜひとも結衣さんの味方もしたいんですが、今回に限って言えば男の味方です。貴方のしている事は過保護という名の縛り。それは八尋にとっては問題でしかありません」
彼女が望む八尋の生き方。
それを押し付けられてしまう関係ではダメだ。
「私のしていることのどこが問題なのよ」
「……貴方自身は気付いてるんじゃないですか? そうやって、姉という立場で八尋の行動を制限して、恋をする自由も奪う事がどういう行為なのか」
「あの子に恋愛はまだ早すぎるってだけ」
「嘘です。自分の弟が他の女に振り向く事を、貴方は認めたくないだけだ」
ブラコンってのは、他人が思うよりも厄介なものだ。
どうやら、恋愛感情を抱いてる本当にやばそうなブラコンではなさそうだ。
それでも、普段の彼女とは違う行動を起こさせてしまうのは姉弟愛ゆえだろうか。
彼女にとっては八尋に恋人ができると言う事が嫌らしい。
「誰にだって大事な者はありますよ。けれど、本人が望んでいない事をしては意味がない。八尋には好きな女の子がいる。その恋の邪魔をしてあげないで欲しい」
「……そんなことさせない」
「結衣さん。まだ彼の邪魔をするつもりなんですか?」
「邪魔をしているのは貴方じゃない。私の邪魔をしないでっ!」
彼女が俺の服の襟首を掴みかかる。
必死な顔を見せる彼女に、俺は言葉を選びながら告げる。
「貴方が八尋という弟を大事に思ってきたのは分かります。ならばこそ、八尋の事を思うのではあればこそ、彼の気持ちを大切にしてあげてください」
「うるさいっ、うるさいっ。うるさいっ。変な事を言わないでよ。そうやって、“現実”を私につきつけないでよ。あの子が笑顔を見せてくれないのは知ってる。口うるさくかまう私を嫌ってるのも分かってる。でも、私には、八尋しかいないんだから……」
力ない手で俺の胸を叩く彼女。
それはだだをこねる子供のようだった。
「朔也さん。私にこれ以上、貴方を嫌いにさせないで。八尋からは手を引いてよ。貴方がいなければ、あの子だってこれ以上、積極的に動く事はないわ」
「どうでしょうね。アイツも男ですよ。動き出したら、あとは自分でどうにかします」
「そんなことないわ。だって、八尋の性格は私が一番よく分かってるもの」
俺の助言なしでも、要と親しくなりつつある。
確かにあと一歩を踏み込むのは、何かきっかけがいりそうだけどさ。
結衣さんにとっては、弟に恋人ができるのは絶対阻止したい様子だ。
「朔也さんには何のメリットもないじゃない。余計な真似をする必要なんてない」
「俺も結衣さんに嫌われるのは嫌なんですけど」
これは姉弟の問題であり、俺にとっては引き際ではあるのかもしれない。
「どうしたら、引いてくれる?」
彼女はこちらを見つめる瞳から真剣さを感じ取れる。
「……朔也さん。私に興味があるのよね?」
彼女が覚悟を決めたのは、俺の行動を封じ込めること。
「そうよ。初めからこうすればよかった。貴方の動きを封じ込めるには……」
彼女の細い指が俺の頬を優しく撫でる。
「……私の“お願い”を聞いてもらえる?仲直りしたいでしょう?」
艶やかで色気のある女性の雰囲気に飲み込まれる。
「その代わり、私にできる事なら何でもするから……ねぇ、朔也さん?」
美人の甘い誘惑、彼女は俺を籠絡するつもりらしい――。
「そんな手には……乗りますが」
そして、俺はあっさり籠絡されそうになるのだった。
結衣さんと“大人の話”を終えてから、ふたりで皆の所に戻る。
ひとまず、俺と結衣さんは休戦状態、仲直りはしたが今後次第だろうな。
俺を茉莉が唇を尖らせて不満そうに出迎える。
「鳴海センセー、遅いよ!どこで何をしてたの?」
「……ちょっとな。お前ら、料理はできたのか?」
「まだ途中だよ。村瀬センセー、厳しくて嫌になるけど頑張ってる」
既にぐったり気味の茉莉。
包丁の扱いひとつ教えるのに、どれだけ厳しいのやら。
「鳴海センセーも暇なら、やひろんと一緒にゆで卵の殻むき、手伝ってあげて」
「……やだ。面倒そうだから俺は逃げます」
「子供じゃないんだから、逃げずに頑張って働いて」
ぐいっと茉莉に服を掴まれて八尋の所へ連れ出される。
ひとりで黙々とゆで卵の殻をむく八尋がそこにはいた。
「先生である俺が手伝う必要はないだろう」
「私達にだけ苦労させない。鳴海センセーも手伝うのっ。ほら、早くっ」
「わ、分かったから大人しくしてくれ。茉莉って意外と、男を尻に敷くタイプなのね」
しっかりとした良い嫁さんにはなれそうだが、俺は遠慮願いたい。
仕方なく、俺も卵の殻をむくことにした。
「よぅ、八尋。面倒な作業、御苦労さん」
「いえ、ご飯を炊いたり、これくらいしか手伝えることもありませんから。僕よりも、女性陣は村瀬先生の厳しい調理実習に苦労しているようです」
少し離れた場所で調理をする彼女達。
指導役の村瀬先生は呆れ気味に指導していた。
「少しは料理を覚えようとする気を見せなさい。ほら、望月さん、包丁の持ち方が危ない。さっき教えた通りにしなさい。黒崎もサボろうとしないの!」
「いーやー。神奈さん、カムバック~。あの人の方がよっぽど教え方が上手で優しかったよ。村瀬先生、厳しくて嫌だ。優しさの欠片もないなんてひどい」
千津の嘆きに俺は同情すらするが、料理を覚えようとしない彼女達には自業自得だ。
「失礼な事を言わない。私もここまで皆が下手だとは思ってなかったの。この際だから、きっちりと教えてあげるわ。……ところで神奈さんってどんな関係?」
「鳴海先生の恋び……と、にゃー!? い、いきなり、何? 卵の殻が飛んできた!?」
騒ぐ千津に村瀬さんは「騒いでないで、手を動かしなさい」と叱り付ける。
ふっ、危うく村瀬さんに妙な誤解をさせるところだったぜ。
その後、結衣さんが加わり、雰囲気はほんの少し穏やかになり皆で調理を続けた。
「……私達、頑張って料理を覚えます。だから、もう村瀬先生の指導は嫌だぁ~!」
村瀬さんの“熱意”が伝わり、心を入れ替えた天文部員一同であった。
うん、熱意が伝わるっていい事だよね!