第7章:気付いた気持ち《断章2》
【SIDE:鳴海朔也】
俺が北沢先生に振られた事実は学校内を妙な噂が流れていた。
『鳴海先生が二股して、北沢先生を泣かしたらしい』
その結果、教頭の事情聴取にまで巻き込まれてテンションが沈みまくっていた。
ただの姉弟問題に首を突っ込んだばかりにこんな事になるなんて。
もう俺の心はボロボロです。
あと教頭先生も頭ごなしに俺が悪いと決めつけるのもひどいや。
「……はぁ」
あれから数日、北沢先生との仲は最悪のままだ。
顔を合わせれば無視&怒られてばかり。
最悪だ、もう最悪過ぎて泣きそうだ。
何とか、北沢先生と仲直りしようと思ってるので機会を見つけたい。
「いつまでくよくよしてるの。元気だして。鳴海先生らしくないよ」
「どーしても、テンションがあがらないのです」
村瀬先生との距離は逆に近付いてた。
……落ち込んだ俺を励ましてくれたりして、案外、優しい人です。
「村瀬先生って優しい人だったんですね」
「それ、普段から私が優しくないって意味?」
「いえ。そんなわけないです。改めて、優しくて素敵な人なんだと感じただけですよ」
「そ、そんなのはいいの。さっさと元気になってくれないと面白くないじゃない」
俺の言葉に彼女は照れくさそうに言う。
彼女の笑顔に失意の俺は癒され中です。
先輩としても、女性としても、村瀬先生の魅力をまたひとつ気付いた。
「ひそひそ……鳴海先生は村瀬先生に乗りかえてるっぽいよ。村瀬先生もまんざらじゃなさそうだし、今度は本命なのかな」
「えー。立ち直り早いね。さすが手の早い鳴海先生だ」
「二股とかやることがえげつないよね。さすが都会からの出戻り組。都会って怖い」
「そもそも、北沢先生の方が浮気相手って可能性もあるんじゃ」
さらに俺の知らないところで妙な噂が流れていく。
放課後の部活、俺は天文部の部室に顔を出す。
新入部員の星野と八尋は要から説明を聞いている。
「というわけで、さっそくGWに天体観測を行いたいと思います」
「もっちー部長。天体観測って何するの?」
「……えっと、茉莉さん。そのあだ名はどうなんでしょう」
星野に対して苦笑い気味の要。
望月だからもっちーだとさ。
人にあだ名をつけるのが好きらしく、八尋は“やひろん”、桃花は“もも先輩”、千津の事は“ちー先輩”と呼んでいる。
だが、思いの他、部活に対しては真面目に取り組んでいる。
根は素直でいい子なので、皆にも気にいられていた。
「簡単に説明しよう。天体観測は泊りがけで外で星を見る、以上だ」
「簡単に説明しすぎだよ、センセー。つまりは鳴海センセーとお泊り?」
「……そーいう事。引率して俺もついてくが、基本的には自分らで行動しろ。要、まずはテントの張り方と、望遠鏡の使い方の説明をしたらどうだ?」
「そうですね。中庭に移動しましょうか」
「八尋。この中で男はお前だけなんだからしっかりと働けよ」
俺に言われるでもなく、八尋は「分かってます」と頷いて荷物を持つ。
要は八尋の横で望遠鏡を持ちながら、話しかける。
「八尋君がいて助かります。男手があるのはすごくいいですね」
「僕で役に立てるのなら嬉しいですよ。星についてもまた教えてください」
「……うん。八尋君がもっと星を好きになってくれたら私も嬉しい」
真面目タイプ同士、良い雰囲気じゃないか。
ふたりが微笑み合うのを俺と千津は眺めていた。
「朔也先生、あのふたり怪しくない? 先輩も普段とちょっと違うし」
「千津よ。あれが世に言う青春の謳歌ってやつだぜ。お前にはまだ縁がないな」
「……そっかぁ。って、縁がなくて悪かったわね。余計なお世話!!」
拗ねる千津をなだめながら、俺はふたりを見守る。
「男が苦手だった要にも良い変化を与えてるみたいだな」
少しずつで良い、関係を深めていけばいいのだ。
そうでなければ、俺が北沢先生に嫌われたかいがない……ぐすんっ。
「それにしても、朔也先生には最近、妙な噂があるんだけど?」
「……カッコいい男には常に噂のひとつやふたつあるものだぜ」
「二股疑惑や北沢先生を泣かせた、さらに傷心のふりして村瀬先生を狙い撃ち、とか。その辺りの疑惑、実際の所はどうなの?」
「本人を傷つける悪質な噂はやめましょう。いじめ、絶対にダメ!」
ちくしょー、噂なんて大嫌いだっ。
中庭につくと、テントの張り方と望遠鏡の使い方について実地訓練開始だ。
去年から何度も天体観測をしてるのに、千津は未だにテント張りで苦戦中。
「千津、いつもながらテントの張り方が雑だ。そんなんじゃ吹き飛ばされるぞ」
「えーっ。今回は上手く出来たと思ったのに」
「桃花ちゃんも、そっちを持ってあげて。要、望遠鏡の方はどうだ?」
「大丈夫ですよ。ふたりとも使い方をすぐに覚えてくれてます」
望遠鏡の使い方についての指導は要に任せてある。
「八尋、星野。それの使い方を覚えたら次はカメラの使い方だからな」
「ちゃんとした写真撮影もするんですね?」
「当然さ。文化祭の時には展示もしたりする。カメラは桃花ちゃんが一番、使い方が上手だから教えてもらうように」
天文部ってのは最初は覚えることだらけだ。
宇宙や星、星座についての基礎知識。
望遠鏡やカメラなどの機材についてなど、覚える事は多い。
そんなに難しい事じゃないので楽しんで覚えればいいさ。
そうこしているうちに、星野が俺に近付いてきた。
その顔はどこか不満げである。
「はーい。鳴海センセーに対して質問があります」
「なんだよ、質問って?」
「どーして、私だけ名字なの!? 部員で私一人だけ。仲間はずれは嫌~っ」
彼女の質問はしょうもない事だった。
確かに意識してたわけではないが、他の子達は皆、名前で呼んでいる。
特別な理由があるわけではない。
「別に理由はないな。うん、星野は星野でいいじゃないか」
「嫌だぁ。私もセンセーには名前で呼ばれたい~っ」
いつものようにむぎゅっとされてると、周囲から白い視線を感じた。
「変態教師。女の子に抱きしめられて、ずいぶんと良い御身分だこと」
「お兄ちゃん……相変わらず、エッチだね」
ハッ、千津と桃花ちゃんから変な目で見られている。
「やめーい。俺から離れろ、星野」
「名前で呼んでくれないと嫌だぁ。呼んでくれないと、こうするよ。むちゅー」
唇を尖らせて俺に迫る彼女。
俺の頬に迫る可愛らしい薄桃色の唇に、俺は必死に抵抗をする。
「何するんだ、待て、落ち着け!? 早まるな」
「と、慌ててる割に口元にやけてますが?さすが、女の子なら見境ない朔也先生だ」
「違うわ!? 千津。冷静に見てるのなら止めてくれ」
俺の教師人生が詰む、こんな所で終わりたくない。
「こだわりないんだったら、名前くらい呼んであげればいいんじゃない?」
「千津が言う通り、それもそうなんだけどな」
「センセー、私の事が嫌いなんだぁ」
超面倒くさいことになった。
「えぐっ。私にキスされるか、名前で呼ぶか選んで!」
「どんな究極の選択だ!?」
これ以上は無駄な抵抗と判断して、俺は根負けした。
「わ、分かった。名前で呼ぶよ……茉莉」
「やった。これで、センセーと私の愛の距離が少し縮まったね。えへへっ」
「……それはどうだか」
「素直じゃないなぁ。えへへっ」
これだけ好かれるのは嬉しい事でもある。
もちろん、生徒と教師の恋愛って意味じゃ意味ない。
俺は彼女を引き離しながら、立ち上がる。
「なぁ、茉莉。天文部は楽しいか?」
「思っていた以上に面白いよ。最初はセンセーにしか興味なかったけど、入ってよかった。早く、星空が見たいね」
「そっか。それならよかった」
天文部を楽しんでもらえるのならそれにこしたことはない。
部活動も彼らの充実した日常の一部になればいい。
「――っ……」
俺が皆を見ながら指導していると、どこからか視線を感じる。
「……?」
辺りを見渡してもどこにもいな……い、って、いたっ!?
俺達に向けられた視線は、3階の窓際からだった。
こちらを見下ろす鋭い瞳。
「……ぅっ……」
怖い顔をした美人教師が見下ろしてた。
「ひっ!?」
き、気付かなかった事にしよう。
「……あれ、どーみても、北沢先生だよな?」
俺がもう一度、窓を見上げると、向こうも気づいたのか姿はなかった。
「北沢先生、か。茉莉、ちょっと八尋を呼んできてくれ」
「いいよ。やひろん、鳴海センセーがこっちに来て欲しいんだって」
「……あの、星野さん。やひろんはやめてくれないかな」
「えーっ。可愛くていいじゃない」
あだ名を嫌がりながら八尋が来たので、俺は北沢先生の話をしてみる。
「……姉さんですか? そのですね、ものすっごく鳴海先生に不満を抱いてます」
「ですよねぇ。……終わった、俺の春はやっぱり終わっている」
改めて確認しても、うなだれる結果だった。
八尋は申し訳なさそうに頭を下げた。
「すみません。僕の方は協力してもらったのに、こういう結果になってしまって」
「こればかりは仕方ないさ。俺の責任でもあるし。北沢先生は八尋に対してはどうなんだ? 部活を反対していないか?」
「反対してますね。けれど、無理やりやめさせるつもりはなさそうです。良くも悪くも、先生は姉に影響を与えてますよ。姉さんはああ見えて、素直じゃないんです」
そうですか。
北沢先生の問題も逃げちゃダメだ。
もう一度話をしなければいけないな。
……平手打ちをもう一度されたいわけではありませんが。