第6章:恋の始まり《断章2》
【SIDE:鳴海朔也】
「――決戦の放課後が来た!」
……だから、何の決戦だというのだ、俺。
放課後になると、さっさと雑用を終えて中庭に向かうことにした。
すると、そこには既に八尋がベンチに座って待っていた。
「お待たせ、八尋。さすがに一年は早いな」
「村瀬先生のHRは簡潔で早いですからね」
「それ、自分がさっさと面倒事を終わらせたいだけです」
……副担任の俺は彼女の事をよく知っているのだ。
放課後の校舎には部活で賑わう声が響く。
「それで、鳴海先生。僕にどうしろと言うんです?」
「そう慌てるな。心の準備でもしていればいい」
「何の準備? まさか、姉に例の話をしたとか!?」
顔を青ざめさせる八尋。
「……まるで親にエロ本を見つけられたような態度だ」
「姉さんの恐ろしさを先生は知らないんです」
本当に姉に対して苦手意識がある様子。
北沢先生、やり過ぎはよくないよ。
彼女にはその自覚が足りてない。
男に過保護はいらないのです。
「心配するなって。俺も男の約束を破るような人間ではない」
「……よかった。姉にだけは本当に内緒にしてください」
「そこまで苦手かよ」
美人な姉を持つ弟の苦労、か。
理解してやれん。
俺は素直に羨ましいと思いますよ!!
「……鳴海先生、お待たせしました」
静かな女の子の声に振り向くと、予定通りの時間に要が姿を現した。
要には朝のうちに連絡をすませておいたのだ。
「新しい部員候補の人を見つけてくれたんですよね?」
「あぁ、そうだ。要が直接、勧誘しなきゃ意味がないからな」
「はい。分かってます。それで、その相手は……あら?」
「え、あ? あの、え?」
予想外の要の登場に戸惑う八尋、当然である。
意中の相手が目の前に来れば戸惑いもするさ。
そして、八尋を見て、あ然とするのは要も同様である。
男が苦手な要に、あえて何も告げずに俺はこの場をセッティングした。
美帆さん提案の『とりあえず紹介、後は若い者に任せましょう』作戦、開始だ。
突然の再会に見つめ合うふたり。
やがて、その視線は同時に俺を向いた。
「「――な、鳴海先生、どういう事ですか!?」」
「同じセリフで声がハモったぞ」
俺は立ち上がると、要にベンチに座るようにうながす。
「要、部員の新しい候補は男子だ」
「……そんな」
「彼とは要も会った事があるんだろう?」
「以前に浜辺でスピカがお世話になりました。時々、浜辺で会うくらいです」
ふたりは恥ずかしいのか、互いに目を合わせる事がない。
やれやれ、ここはもう少しだけお手伝いしますか。
「まずは自己紹介しろ。八尋、お前からだ」
「へ? あ、あの、北沢八尋です。この春入学した1年です」
「えっと……私は望月要です。3年生で、天文部の部長をしています」
自己紹介、終了。
そして、2人とも沈黙してしまう。
「お前ら、真面目か!?」
思わず、突っ込んでしまったではないか。
会話が続かないふたりにやきもきさせられる。
八尋は俺に近寄ると小声で愚痴る。
「ど、どういうことですか、鳴海先生。僕は聞いてませんよ」
「当然だ、言ってない」
「こんな騙し打ち、ひどいじゃないですか」
慌てふためく八尋。
男ならもっとしっかりしてなさい。
「あのなぁ、チャンスってのは突然やってくるものだ」
「……突然、与えたのは貴方でしょうが」
「そうだけどさ。こんな形でもなければ、お前らも進展しないだろう」
あえて逃げ場をふさいでしまう、我が策に死角なし。
男はこうやって成長していくものなんだぜ。
「頑張れ、ここが男の見せどころって奴だ。チャンスを逃すなよ」
ここからどうするかは八尋次第だ。
そして、もうひとり困り果てているのは要だ。
彼女にも呼ばれたので、不満そうな顔を見せる彼女に話を聞く。
「……部員候補が男の人だとは思ってませんでした」
「騙したわけじゃないぞ。布石はあっただろう。男でも大丈夫かってな」
「うぅ、ひどいです。こんな風にいきなり紹介するのは……」
「この前、要が自分で言った言葉を思い出すんだ。廃部回避のためなら、利用できる者は何でも利用する。手段は選ばないってな。その言葉が自分に跳ね返ることも当然ながらあるわけだ」
うなだれる彼女は「何であんな事を言ったの、私」としょげる。
「先生がまだ茉莉さんの事を根に持っているなんて」
「別にいまさら持ってない」
茉莉のことだ、要ではなくともこうなる可能性はありました。
「俺が言いたいのは、いつまでも閉鎖的になってちゃダメだろう。八尋は真面目な男だから、要のトラウマを刺激する事はない」
「……先生も知っての通り、私は男の人が苦手なんですよ」
「いつまでも苦手なものから逃げるのも、問題だとは思わないか?」
本当にひどい相手なら俺も紹介なんてしない。
八尋は俺が同じ男でも良い奴と思ったから紹介したのだ。
「それにさ、要にとって八尋は相性がいいんじゃないかって思ったんだ」
「……なぜですか?」
「俺の直感だよ。人の相性の良しあしを見抜くのはうまいんだぞ?」
そして、こう言う時の俺の勘はよく当たる。
要は唇を尖らせて拗ねたまま、不満げな表情を隠さない。
「要は恋とかしたいと思ったことがないのか?」
「こ、恋? 何をいきなり言ってるんですっ!?」
「年頃の娘なんだからそれくらい普通だろ」
「……私には縁がありません。興味もないです」
この子も、意外と頑固な所があるようで。
無理やりってのは好きじゃないんだが、荒療治も必要かな。
「廃部危機を回避するために、部長としてするべき事はする。違うか?」
「ひ、卑怯だと思います」
「……分かった。そこまで言うなら、八尋には悪いが帰ってもらうか。星に興味があるって言うから、連れてきたんだけどな」
俺は引いてみると、彼女は黙り込んでしまう。
押してダメなら引いてみろ。
さぁ、どうする?
「え? 純粋に星にも興味があるんですか?」
「本人はそう言っていたぞ。俺が面白半分で男を連れてきただけだと思うか?」
「そうだと思ってました」
「……先生の評価をもうちょっと改めてもらいたい」
要にまでそう思われたら俺も泣くよ?
「でも、そういう事情ならば……お話だけしてみます」
さて、と大人は子供を見守る事に専念するか。
俺は自然に立ち上がって少し離れた所から彼らを見つめる。
あとは若い者同士に任せましょう、というのはこう言う事だ。
「八尋君は星が好きなんですか?」
「え、えぇ。好きですよ。一昨年、大規模な流星群が来たのを覚えてます?僕はあの時、友人達と一緒に見たんですけど、あの夜の景色は忘れられません。星ってあんなに綺麗だったんだぁって感動しました」
「流星群、私も見ました。流れ星が無数に流れて、幻想的で。すっごく、綺麗だったから、星を好きになって……」
同じ星が好きという話題から次第に打ち解けていくふたり。
俺がどうこう考えをめぐらすまでもなかったようだ。
恋愛感情はまずはおいとくとしても、この二人は相性がいい。
真面目で奥手でも、気が合う相手と話をすることほど、楽しいものはない。
やがて、楽しそう笑いあって会話するほどになっていた。
「……美帆さんの提案、さすがだな」
実際に会わせてやれば、あっさりと物事はうまくいく。
難しく考える必要なんてないのだ。
話があえば、分かり合える。
子供たちってのはそう言うものなんだな。
「あ、あの、八尋君? 天文部に入りませんか?」
要はあれだけ男の子が苦手だと言ってたのに自ら誘う。
俺はニヤッとしながら、彼女に言った。
「いいのか、要。苦手な男の子を誘うなんて?」
「い、意地悪を言わないでください、鳴海先生。私が誤解してました。男性だからダメとかじゃなくて。同じ星を好きな人なら異性でも楽しいんだって」
「そうか。八尋、どうするよ? 美人な先輩のお誘いを断るのか?」
「……鳴海先生。僕は天文部に入部します。皆と一緒に星を見たいんです」
照れくさそうな八尋の言葉に要はホッとした表情を見せる。
「よしっ。大歓迎だぞ、八尋。なぁ、要?」
「はいっ。八尋君。よろしくお願いしますね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
微笑み合う彼ら、ここから恋愛に発展するかはふたり次第だ。
彼らの恋はこちらも心配せずとも、時間が解決しそうな気もする。
「これで天文部を廃部にしなくてすんだな」
「結局、今年も鳴海先生にお世話になってしまいました。ありがとうございます」
今は天文部に新メンバーが加わった事を喜ぶとしよう。
だが、一難去ってまた一難。
俺の背後で彼らに向けられていた視線があった事に気付かずにいた。
「――くっ、鳴海……朔也っ……!」
そして、この後、とんでもない事件に巻き込まれることに――。