第6章:恋の始まり《断章1》
【SIDE:鳴海朔也】
さて、この鳴海朔也、男の恋愛相談を受けたのは初めてである。
女の子相手なら得意なのだがな。
恋の相談にかこつけて、俺に惚れさせるくらいに。
野郎相手は基本スルーだが、結衣さんの弟となると話は別だ。
八尋も良い奴だし、何とか応援してやりたい。
その相手が男が苦手の要というのは問題でもある。
俺は夕食を取るために、いつものように神奈の店を訪れていた。
キッチンスペースにいる神奈に俺は声をかけた。
「こんばんは、神奈。いつも通り適当におすすめを頼む」
「いつものね。今日は良い魚が入ってるわよ」
お任せコースを注文して、カウンターの席に座る。
「お仕事、お疲れ様。朔也さん」
「どうもです。美帆さん」
神奈の姉の美帆さんがビールを持ってきてくれた。
常連の俺の対応はいつも通りと化している。
「そうだ、美帆さん。北沢結衣さんって知ってますよね?」
「結衣? 知っているわよ。友人だもの。あの子も朔也君と同じ先生よね」
「今年からこっちの美浜高校に赴任してるんですよ」
「そうなの? 最近、あまり会ってないから知らなかったわ」
結婚してからは互いに仕事もあり、会っていないらしい。
同じ町に住んでいても生活リズムが違えば会えないものだ。
「たまには連絡を取らないとね」
「ちなみに星野茉莉のお姉さんとも知り合いだとか?」
「雫の事? えぇ、たまにこの店にも来るわよ。そっか、下の妹さんが入学したのね。もうそう言う年頃かぁ」
美帆さんはそう言うと、昔を思い出すようにして、
「神奈、貴方も結衣の事は覚えてるでしょう?」
「結衣さん? あぁ、覚えてるわよ。優しいお姉さんだったわよね。あそこの弟君、そろそろ高校生だっけ。なぁに、結衣さんを朔也が次に狙いをつけてるの?」
「なんとも失礼な物言いですな」
「違うと言うなら違うと言ってみなさい、朔也」
「違います」
言葉でそう言っても、俺自身が嘘だと分かる口調だった。
「ほーら、嘘っぽい」
「うるさいなぁ」
幼馴染相手にはどうにも分が悪いので誤魔化すことにした。
「こほんっ。それはおいといて」
「……どこに置いとくつもりよ」
「どっかにおいといて! 弟の八尋っているじゃないか。彼の事は知ってる?」
神奈も昔馴染みなら知ってるのではないか。
「結衣は八尋君を昔から可愛がってたわ」
「んー。私はあんまり覚えてないけど、真面目な子だったね。しっかりした性格の子」
実際、俺も会ってそれは感じた。
堅苦しさも多少あるが、真面目な男だと言うのはよく分かる。
「朔也と似ても似つかない真面目な男の子だよ」
「わざわざ、言葉にしなくてもいいっての! 俺だって昔は真面目でした」
「ふぅ。そんな昔の鳴海朔也はもう死んだわ。今はもういないのよ」
「ひどっ!? 勝手に殺すな、墓をつくるな」
俺にだってそんな頃があった事くらい覚えておいてください。
神奈の言葉に傷つきながら、持ってきてくれたお刺身を食べ始める。
「美味いな、この魚。旬の魚は刺身が一番だ」
「でしょ。これから、その魚は今が美味しい季節だからね」
料理を食べながら、俺はふたりにある相談を持ちかける。
「……そんな真面目な男が恋をしたとしたら、どう応援してやればいいと思う?」
「なぁに、八尋君ってば恋をしてるの? 結衣も他人事じゃないわね」
「美帆さん、この件は黙っておいてくださいね」
「でも、彼みたいなタイプだと中々、恋をしても前に進むのは難しいんじゃないかしら。すごく純粋な子だもの」
そう、それゆえに相手とどう向き合わせてやれば自然にうまくいくのか。
俺みたいなタイプなら当たって砕けろ、と言ってやればいいのだが。
「朔也は相手の子も知ってるの?」
「俺の顧問してる部活の女の子だ。神奈も知ってる相手」
「……もしかして、望月さん?」
「正解。真面目な性格同士、どうしてやればいいか悩んでおるのだよ」
下手に向き合わせると、真面目な者同士、すぐに恋が終わる可能性もある。
ああいうのはタイミングと運が絡むからなぁ。
「朔也相手に恋の相談なんて無謀な事を」
「おい、こら。俺だって相談されれば、ちゃんと相談に乗りますよ」
「……ふーん。そーなんですねー」
「超棒読みじゃん!?」
神奈の俺の信頼の低さに嘆くと、呆れて肩をすくめるられてしまう。
ひどいや。
「一度、ふたりを会わせてみたらどうかしら。実際に会えば、自然と仲が良くなるものじゃない? 下手に難しく考える事なんてないの。相手を想いあうのなら、意外と簡単にくっついてしまったりするものよ」
「シンプルイズベスト。案ずるより産むがやすし、ですか」
「そうそう。あのくらいの年の子達は、難しく考えるよりも行動するのが一番よ。無理せず、等身大の恋をするのがいいわ」
さすが恋愛の達人は言うことが違う。
美帆さんのアドバイスに俺はある作戦を考え始めていた。
「――決戦の朝が来た!」
……何の決戦だ、と自分に突っ込む。
子供の恋愛に大人が口出ししてどうこう言うのも無粋だろう。
作戦はいたってシンプル、とりあえずふたりを紹介します。
あとは若い者に任せましょう、って流れだね。
「朝から来てもらって悪いな、八尋」
「いえ、僕に用ですか? もしかして、例の件で?」
「まぁな。それよりも質問がひとつ。お前さ、星に興味があったりする?」
「星ですか?」
俺の質問の意図が分かっていない様子の彼。
そりゃ、そうだ。
あえて、俺はそう言う質問をしてる。
「何年か前に大規模な流星群が来たんですよ。その時、友人達と一緒に夜空を見ました。あの時の星は本当に綺麗だった。この町は空気が澄んでるから星が綺麗に見えます。普段は意識してなかったのに、こんなにも星は綺麗なんだって……」
同じ事を、要も感じていたな。
このふたり、案外、気が合うのかもしれない。
「でも、星がどうしたんです?」
「星が嫌いか好きか、それだけだ」
「好きですよ。見ていると何もかも忘れてしまうほど、落ち着いた時間を体験できます。この町は本当に綺麗な星空が見られますからね」
「そうか。俺の質問はそれだけだ。放課後、時間をとれるな?」
八尋は不思議そうな顔をする。
わざわざ、朝の時間を取って、こんな質問をされた不思議な事以外何でもない。
「あの、先生? どういうことでしょう」
「いろいろとあるんだ。俺に任せておけ」
「はぁ……では、放課後に。僕はどこにいけばいいんですか?」
「中庭でいいよ。俺も行くから待っておいてくれ」
八尋が立ち去るのを確認してから、俺は職員室を出る。
そして、もうひとり。
俺は連絡するべき相手がいるのだ。
『――3年A組、望月要。職員室、鳴海のところまで来てください』
校内放送で彼女を俺は呼び出したのだった。
さぁて、先生らしいことをしてやろうじゃないか。
「……鳴海先生、少し良い?」
「北沢先生、どうかしました?」
職員会議を終えて、一時間目の授業が始まっていた。
俺も北沢先生も受け持ちの授業がないので、次の時間まで職員室で暇をつぶす。
「朝、うちの弟が来てたみたいだけど、何かあったの?」
「あれ? 見てました?」
「うん。何か話をしてたみたいだから気になったの」
ブラコンな姉はあの程度も見逃さないらしい。
本当に手強いな、八尋。
いつもの穏やかな北沢先生も弟の事になると、目の色が変わる。
恋の手助けをしてます、と言ったらどうなるだろうか?
……こ、怖いよ、俺、どうなっちゃうんだろうか。
想像もしたくないので誤魔化す事にしよう。
「部活についての話ですよ」
「部活動? 八尋ってば、何かしたいって言っていた?」
「中学時代は特に部活動をしてなかったそうですね。でも、高校は何かに入ってみたいと思っているようです。部活紹介はいつから、とかそういう類の話をしてました」
八尋は運動神経も良いようだが、集団行動が苦手な方らしい。
なので、今までは部活らしい物をしてこなかったそうだ。
ああいう責任感のある奴が運動部のリーダーになるとよく似合うと思う。
「そう。あの子が部活ねぇ。怪我をするといけないから運動部はやめて欲しいわ」
「北沢先生は八尋に対して過保護すぎません?」
「大切な弟だもの。大事に思ったら悪い?」
ブラコン、か。
北沢先生の秘密を知って、俺は意外に思っていた。
「彼も高校生なんですから、そろそろ自由にしてあげたらどうですか?」
「……何それ? 私がまるで彼の自由を奪っているような言い方ね?」
「別にそうは言ってません。ただ、仲のいい姉弟だからと言っても距離感は必要です」
彼は言っていた。
姉の優しさは嬉しくとも、うんざりすることもある、と。
弟が好きだと言う一方的な思いが重荷になることもある。
人様の家庭の事情に踏み込むつもりはないが、同じ男として言うべき事は言う。
「北沢先生。男の子ってのは、ある年頃になると自立したがるものなんです」
「……自立?」
「過保護になるより、成長を見守る程度にしてあげるのも姉としての役目ですよ」
同じ男として、年頃の男の成長を妨げて欲しくはない。
北沢先生は俺の言葉に言い返せないのが不満なのか、頬を膨らませて拗ねていた。
……これで少しは彼女の行動を止められるだろうか。
ただ、俺への好感度が下がる事になるのは勘弁してほしいものだな。