第5章:危機再び《断章2》
【SIDE:鳴海朔也】
忘れかけていたが、天文部は再び、部活消滅の危機に陥っている。
俺が顧問を引き受けた去年の春の状況と同じなのだ。
それに関して、放課後に緊急招集をかけていた。
「というわけで、部員が減ってしまい、今年もまたGWまでに5人集まらないと廃部危機なわけだ。これを何とかしてもらいたい」
ただいまの部員は望月要、黒埼千津、斎藤桃花の3人しかいない。
部長である要は申し訳なさそうに告げる。
「すみません。木下と橋爪、一度にふたりともやめてしまいましたから」
「受験に専念したいならしょうがないでしょ。私だって来年にはどうするか分からないし。自分の将来を考えれば大切な時期だもの」
大学進学を目指してる千津には理解できる事だったようだ。
「先輩達、良い人だったのにねぇ。やめちゃって残念」
桃花ちゃんも一定の理解は示してる様子。
やめてしまった子達の事は仕方がない。
問題は新しく部員を集めることにある。
「去年もそうだったが、5人以下なら廃部。同好会に格下げだ。そうなると予算がでない。つまり、部費がなければ活動はできない。こういうお金のいる文化部の痛いところだよな」
「朔也先生の力でどうにかならないの?」
「この学校で一番下っ端の立場の俺に出来る事は何一つありません」
「役立たずだなぁ、朔也先生。ダメダメだぁ」
肩をすくめてみせる千津。
「うるさいよ、俺だって頑張ってるんですよ。主に雑用とか」
「……先生、社会って厳しいね」
そんな俺に要はお淑やかな物言いで語る。
「先生には部活顧問を引き受けてもらってからずっと感謝しています。これは私たちの問題です。千津さん、桃花さん。部員集め、頑張りましょうね」
「要はホントにいい子だな。口が悪い千津もちょっとは見習いなさい」
「やだ」
一言で断りやがった。
「私も部員集め頑張るよー。ねぇ、千津ちゃん」
「まぁ、私もこの部活を気にいってるから適当に頑張るけど」
女の子しかいない部活だ。
たまには男もどうかと思い聞いてみた。
「例えばだが、この部活、男が入るってのはどうなんだ? 反対か?」
「男の子? 私は別にどっちでもいいよ。楽しそうなら大歓迎」
天文部のムードメーカー、桃花ちゃんは賛成か。
千津はどうかと聞いてみる。
「変な人じゃなければねぇ。天文オタクっぽいのは勘弁してほしい」
「妙な偏見があるようだが、まぁ、とりあえずの賛成ということで」
ここまでは予想通り、問題は男が苦手な要である。
彼女は昔、そういう類の問題でいじめられていたそうだ。
それ以来、男の子と接する機会もほとんどなさそうだし。
「要はどうだ? ダメそうか?」
「……相手によりけり、です。先生のように穏やかな人なら問題はありません」
「なるほど。だが、俺みたいにイケメンで優しい人はそうはおるまい」
「自分で言っちゃった。このナルシスト教師」
千津は一言余計だっての。
誰がナルシストだ、そんな事はありません。
俺は千津の頬を引っ張ってお仕置きをする。
「いひゃい~。なにするの」
「お前はお仕置きだ。千津はおいといて、要。こればかりは我慢してもいいことないぞ。俺は本音を聞かせてほしい」
「……鳴海先生は誤魔化せませんね。本音で言わせてもらうなら、できる事なら女の子がいいです。男子相手だと、どうしても気を使ってしまいます。どうしても、1年前を思い出してしまうんです」
「そうか、それは仕方ないか」
男女関係のトラブルがきっかけで嫌な思いをしている。
一度でも男子に苦手意識を持ったら、すぐに治るとも思えない。
無理にどうにかできるものではない、扱いが難しい問題でもある。
「もちろん、これは私の我がままです。本当に星が好きで入りたいという男の子がいたら拒みません。一緒に仲良くやっていきたいと思います。天文部は男の人がいてくれると助かることも多いですからね」
もう少し、男の苦手意識をなくしてやれればいいのだが。
こればかりは本人に無理のないようにしてやらないといけない。
申し訳なさそうな顔をする要の頭を軽く撫でてやる。
「気にするな。誰にだって苦手なものはあるさ」
「……はい」
「朔也先生。私と要先輩との扱いの差について疑問があるぞー」
「千津、それは普段の行いの違いと思いなさい。とりあえず、至急2名の部員確保。一年に声をかけて部員を集めるように」
緊急対策会議はこれにて終了。
あとはGWの天文部の野外活動についての話し合いをして部活を終えた。
数日後、俺は中庭のベンチに座る要をみかけた。
「よぅ、要。今日はここでお昼だったのか?」
「鳴海先生。はい、皆でお昼を食べてました」
今は一人でのんびりと食後のティータイムと言ったところか。
紙パックの紅茶を飲む彼女の隣に俺は座る。
「どうだ、部員集めは? 見つかりそうか?」
「去年同様、難しいです。星に興味がある女の子って少ないんですよね」
田舎町で星が綺麗なのは珍しくない。
自然が普通にあるっていう環境は特別なものじゃないから価値が薄れる。
これが都会ならまだ人も集まりやすいんだけどな。
「最近、宇宙ブームだし、星に興味がある子はいないのか?」
世間では天体観賞が話題になったりしているのに。
要は首を横に振りながら、
「残念ですけど、話題になっても部活をしたいと言う人はいなくて。天文部は地味な方の部活だと思われてるんでしょうね」
「星には魅力がある。それを分かってくれる子が少ないのもある種の問題か」
実際、去年から顧問をするまで星を満足に見上げる事もなかった俺が、今ではすっかりと星の魅力にハマり、自分から星について調べたり、星を見ようとしたりしようと思っている。
それは桃花ちゃんや千津も同様だろう。
俺も一年生に興味がありそうな子がいれば声をかけてみよう。
そんな話をしていると、俺の視界にいつもの少女が入ってしまった。
「鳴海センセー、発見!」
「またお前か、星野」
「センセーに会いたくて探してたの」
会うやすぐに俺に抱きついてくる彼女。
星野は容姿も仕草も可愛い少女だ。
これが生徒と教師の関係じゃなければ大歓迎なのにね。
「ほら、離れろってば。俺にじゃれつくな。ネコか、お前は……」
「やだよ。離れてあげない。せっかく会えたんだから。むぎゅっ」
俺達がそんなやり取りをしていると、くすっと隣の要が微笑んだ。
「ふふっ。おふたりは仲が良いんですね」
「そう見えるのは気のせいだ」
「そうやって、照れる鳴海センセーも可愛いよ」
「全然、照れてねーよ」
俺は星野を引き離すので精いっぱいだ。
「そちらの可愛らしい女の子は、鳴海先生の妹さんですか?」
その一言に星野の表情が強張る。
天然系の要の一言に星野なりに地味に傷ついたらしい。
「ち、違うもんっ。私は妹じゃないし。私は星野茉莉、センセーの恋人候補だよ」
「なるほど。とても鳴海先生に懐かれていたので、つい誤解をしてしまいました」
「懐かれているって星野は猫か」
「にゃー。構ってほしいにゃん」
いや、まぁ……実際、ほとんどペットのような感覚ではあるけどな。
可愛いのは認めよう。
「相変わらず、鳴海先生は人気者ですね」
「そこで納得しないでくれ」
「でも、いいじゃないですか。嫌われるより好かれる方が誰だって良いです」
「そりゃ、そうかもしれないけどな」
嫌な教師だと生徒に影口を叩かれてる先生よりはマシだ。
要は星野の前に立つと、自己紹介を始めた。
「初めまして、3年生の望月要です。茉莉さん、よろしくお願いしますね」
「要は俺の顧問している天文部の部長なんだよ」
「顧問? 天文部ってなに?」
「天文部は星を観賞する部活なんです。茉莉さんは星に興味がありますか?」
ちょっと待て、ここで星野を勧誘する気か。
彼女が入ると俺的には面倒なのだが。
「星かぁ。あんまり興味はないけど、鳴海センセーに興味はあるよ」
「なるほど。ちなみに天体観測のために鳴海先生と泊りがけで出かける事もありますよ。一緒にお泊まりです。テントでお泊り、素敵な響きではありませんか?」
「先輩、私を天文部にいれてっ」
「入るんかいっ!?」
要もテントでお泊りとか変な事を言わないでくれ。
「はい、喜んで。私達、天文部は茉莉さんを歓迎しますよ」
あっさり1名、加入決定。
「おいおい、人を餌にするんじゃない。要って意外となりふり構わないな」
「鳴海先生。利用できる者は何でも利用する、それが私がこの1年で学んだ事です」
「……そーいうのは要のキャラじゃないからやめてくれ」
「廃部危機なので、手段は選んでいられませんから。軽く犠牲になってください」
やべぇ、にっこりと微笑む顔が黒いよ。
あの純粋な要の笑顔はどこにいった……。
追い込まれると要みたいなお淑やかな女の子も変わるらしい。
「センセーと一緒の部活♪ 一緒にいる時間が増えるのは嬉しいよ」
星野は楽しそうに天文部の入部を受け入れていた。
……はぁ。
「せっかく、入ってくれるんですから、星野さんには星の魅力についてこれから教えてあげます。部活も楽しんでくださいね」
「うんっ。よろしく、先輩」
星野という個性的な女の子が天文部に入る事になってしまった。
「……これで後一人ですね、ふふふ」
か、要の性格がこれ以上、黒くなる前に新しい子をいれなければ!!
癒し系キャラがブラック化してしまう危機感に俺は焦っていた。