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蒼い海への誘い  作者: 南条仁
第6部:変わる未来 〈セカンドシーズン・学園編〉
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第4章:一歩前進《断章3》

【SIDE:北沢八尋】


 僕、北沢八尋の姉、結衣はブラコンだ。

 年の差は10歳、年の離れた弟を幼い頃から姉は可愛がってくれていた。

 ただし、それが過保護すぎると感じていたのは小学生の頃。

 

『可愛い八尋。私の大切な弟よ。ずっとお姉ちゃんの傍にいてね』

 

 まだその頃は誰かに甘えたいと言う意思もあり、別に気にする事もなかった。

 小学校高学年になった時、姉はもう大学生になっていたので、家にはいなかった。

 だが、しかし、油断大敵だったのだ。

 僕が中学に入ると同時に、両親が仕事の都合で町を出る事になった。

 この町が好きだった僕は町を出たくはなかった。

 その状況を変えたのは大学を卒業して教師になった姉だった。

 

『私が八尋の面倒をみるわ。だから、彼をここに置かせてあげて』

 

 隣街の学校に赴任する事が決まっており、彼女のおかげで僕は今もこの町にいる。

 それはいいんだけど、問題はひとつ。

 姉と二人暮らしということ。

 

『八尋は恋人なんて作っちゃダメよ。私がいるもの、寂しくないわ』

 

 恋愛的な意味でのブラコンではなく、過保護と言う意味でのブラコン。

 中学生になっても姉の過保護は変わらず。

 さすがにこの年になるとうんざり気味なのも事実だった。

 それを明確に伝えるとすごく傷つける気がして言えないでいた。

 姉には感謝してるし、僕だって姉としては好きだ。

 けれども、さすがに世の中、限度というものがある。

 思春期の男として、甘える、甘えさせられる事に対しての抵抗感。

 僕はいつしか、姉に対して苦手意識が芽生え始めていたのだった。

 

 

 

 

 そんな僕に救世主となるかもしれない人、登場。

 会ったばかりの鳴海先生に僕は相談していた。

 兄貴タイプというか、すごく話しやすい人である。

 料理中の姉さんが聞いていない所で僕は悩みを話していた。

 

「なるほど。そりゃ、確かに弟としては悩むべきところだわな。あれだけ美人なお姉さんがブラコンなほどに愛してくれる。実に羨ましいじゃないか」

「他人事だから思う事です。実際はたまりませんよ。恋のひとつもできない」

「ふむ。そう言う事か。八尋は気になる異性でもいるのか?」

 

 恋という意味では僕はまだ恋をした事がない。

 告白された事はあっても、付き合いたいと思った事もない。

 

「特にはいませんね」

「まだまだ、運命の出会いをしてないってだけだろ。俺が学生の時は、それなりに恋愛に興味持ったりしてたけどな」

 

 女子と積極的に話をした事もなく、触れ合う事もない。

 そう言う意味では人を好きになる経験も足りていないのかもしれない。

 

「しかし、あの結衣さんがブラコンねぇ。全然、想像できないわ」

「外では隠しているようですから」

「……美人の秘密か。まぁ、ブラコンが悪いってわけじゃないが」

「鳴海先生がさっさと姉を口説き落としてくれたら、それで済みます」

 

 他力本願、姉に好きな人ができてくれる事を切に望む。

 

「八尋は結衣さんの事が嫌いなのか?」

「嫌いではなく、苦手なんですよ。甘やかされてしまう事も含めて」

「弟離れして欲しいのが、弟の望みってか。まぁ、ここは俺に任せなさい」

 

 にやけ顔の鳴海先生。

 ……この人に姉を任せても大丈夫なのだろうか。

 ちょっと不安にさせられる笑みだった。

 

「お待たせ、八尋。朔也さん。料理を運ぶの、手伝ってもらえる?」

「えぇ、手伝います。おっ、すごく美味しそうだ。結衣さん、料理が上手なんですね」

「それは食べてから言って欲しいなぁ」

「もちろん、食べてからも言いますよ」

「もうっ、口がうまいんだから。そうやって、ほわちゃんを籠絡してるのね」

 

 なんだかんだいいつつも、姉さんも料理の腕を褒められるのは嬉しいようだ。

 男性相手に姉のこんな楽しそうな姿をみるのは初めてかもしれない。

 少なからず、先生にも興味があるのか?

 テーブルに料理を並べると、鳴海先生はさらに料理を褒める。

 

「家庭的な料理って最近、あまり食べていないので嬉しいです」

「鳴海先生は一人暮らしだっけ? 両親とは暮らしていないの?」

「うちの親は昔、仕事の都合でこっちに住んでただけなんですよ。今は東京で生活してます。俺だけ、因果なものでこっちに戻ってきた形ですから」

「そうなんだ。外に出て、戻ってくるって珍しいわ」

 

 この町の若い人は外に出てしまうと、戻ってこない。

 それが当たり前のことだと僕も思っていた。

 こんな風に戻ってきた人は少ない。

 

「……戻ってくることになった経緯は複雑ですが、後悔はしてません。今となってはこの結果には満足しています。結衣さんみたいな美人と知り合いにもなれました」

 

 笑顔の裏にほんの少しの寂しさが見えた気がした。

 軽い口調で軟派なイメージの彼だが、大人の男性らしさが垣間見えたのだ。

 それを姉も感じたのか、それ以上、その事については追及しなかった。

 誰だって、いろんな過去はあるものだから。

 

「いただきます」

 

 料理を食べ始める鳴海先生。

 僕も食べ慣れた姉の手料理に口をつける。

 今日のメニューは揚げ物にサラダに味噌汁だ。

 姉手作りのクリームコロッケは市販のもの以上に美味しい。

 

「クリームコロッケ、抜群に味がいいですよ」

「気にいってくれると嬉しいわ。クリームコロッケは手間はかかるけどね」

「俺の友人もこれだけ上手には作れませんね」

「その友人は女の子でしょ? いつも、朔也さんの食事を作ってくれるの? やっぱり、そういう女の子がいるんだ?」

 

 姉の追求に彼は苦笑いを見せた。

 

「これは参った。ですが、友人は幼馴染なんですよ。家の近所で居酒屋を経営してるんです。夕食は毎度、そちらを利用してます」

「朔也さんって海側にある家に住んでるのよね。もしかして、その居酒屋って相坂美帆のお店かしら?」

「美帆さんを知ってるんですか?」

「えぇ。美帆は私の親友よ。この前、結婚してもうすぐ子供が生まれるって話を聞いたわ。朔也さんと同い年と言う事は、妹の神奈ちゃんね?」

 

 相坂姉妹の事は僕も知っている。

 姉の知り合いで、時折、家に来たりしていたからだ。

 

「神奈も知っていたのは意外でした。あの子、俺の幼馴染で妹みたいなものなんです。いつも身の回りの世話とかしてくれたりして……」

「ふーん。神奈ちゃんがねぇ。世界は狭いわ。いえ、この町が狭いだけね」

 

 知り合い同士が知り合いというのは何だか嬉しいものだ。

 話がはずむふたりを眺めながら僕はクリームコロッケをほおばる。

 僕がどうこう思う前に楽しそうに笑うふたりはお似合いのような気がした。





 食後、家に帰った鳴海先生について姉に聞いてみた。

 

「ねぇ、姉さん。鳴海先生と雰囲気がお似合いだったよ」

「……お似合い?私と彼が?」

「すごく楽しそうだった。意外と気が合うのかもしれないね」

「そんなことないわよ。彼とはただのお仕事の同僚。それに彼はほわちゃんの方がお似合いでしょ。私は彼と話をしてると面白いから気にいってるだけよ。それだけのお話」

 

 姉さんが初めて見せた異性に対する動揺。

 ……大人の恋は難しいものらしい。

 

  

 

 

 日曜日の午後、僕は春の穏やかな海辺の海岸を歩いていた。

 特に目的もなく散歩していた時、一匹の犬が足元にすり寄ってくる。

 ぬいぐるみのような可愛らしい犬だ。

 

「くぅーん」

「ん? 飼い犬かな」

 

 リードもついたままなので、どこかから逃げたみたいだ。

 

「あ、あの、その子、捕まえてくださいっ」

 

 どこから女の人の声がしたので、僕はとっさにそのリードを掴んだ。

 

「逃亡犯なのか、お前? 大人しくしてろよ」

「きゃんっ」

 

 犬は逃げる事なく、大人しくしてるので頭を撫でてやる。

 気持ち良さそうに犬はその行為を受け入れている。

 

「はぁ、はぁ……すみません」

 

 砂浜を駆け寄ってきたのは一人の綺麗な女の人だった。

 慌てて駆けてきたのか、少し息が荒い。

 

「こら、スピカ。勝手に走らないの」

「きゅーん」

「ごめんなさい。この子と遊んでいたら、ついリードを離してしまって。逃げ足が速くて逃げられてしまったんです。怪我とかしてません?」

「大丈夫ですよ。人にかみつくような犬でもなさそうですし」

 

 これだけ人に懐いてるのなら、怪我をさせる事もないだろう。

 

「よかった。人懐っこい子なので心配はしてなかったんですけど、悪戯が好きなんです。もうダメでしょ、スピカぁ」

 

 僕は掴んでいたリードを女の人に手渡す。

 改めてみると、彼女はとても綺麗な容姿をしていた。

 年齢は僕より少し上くらいか、思わず目を惹かれてしまう。

 

「可愛い犬ですね? 何と言う種類の犬なんですか?」

「トイプードルですよ。名前はスピカ。好きな星の名前からつけたんです」

「星の名前なんですか」

 

 スピカは飼い主の女の人に甘えるように抱きつく。

 彼女はそっと犬を抱き上げて「もう逃げてはダメよ」と軽く叱る。

 

「捕まえてくれてありがとうございました」

 

 お礼を言うと彼女は犬と共に砂浜をゆっくりと歩いて行く。

 

「スピカ。あんまり悪戯ばかりしてると、今日のご飯、減らしちゃうわよ」

「くぅーん」

「ふふっ。反省してる? 本当に貴方は可愛い。冗談よ、冗談」

 

 飼い犬を可愛がる彼女の後姿を僕は眺め続けていた。

 ……自分が誰かに視線を奪われるのは初めての経験だった。

 海の香り、春の穏やか陽気の下で。

 僕は生れて初めて異性の相手が気になっていた。

 

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