第4章:一歩前進《断章2》
【SIDE:鳴海朔也】
朝から星野の襲来により、俺の予定は崩されてしまったのである。
釣りに行くテンションも下がって、やる気をなくした。
せっかくの日曜日なのに波乱は勘弁してくれ。
彼女が悪い子じゃないだけに困る。
これが性格が悪くて、俺も嫌になる相手ならまだよかった。
話してみてよく分かったのは、星野は根が良い子だと言う事だ。
……同世代相手に恋をしてくれていたらよかったのにな。
そんな朝の出来事が終わり、俺は昼飯を買いに外へと出ていた。
本日の昼食、スーパーの弁当&カップラーメン。
男の一人暮らしだとそんなものだ。
この町にはコンビニが海沿いの方にしかない。
昼飯を買いに行くには少し面倒なので、スーパーを使う事が多い。
神奈に頼めば、飯くらい作ってくれるのだが、あまり頼りすぎるのも悪い。
というか、毎日の夕食で世話になってるからな。
もうすっかりと神奈のお店の常連客の一人と化している。
「あら、鳴海先生?」
「あっ、どうも。こんにちは、北沢先生」
スーパーに入ろうとした俺が遭遇したのは北沢先生だった。
彼女の私服姿は初めてだが、美人は何を着ても魅力的で美しい。
「先生って、学校外で言うのも変ね。ほわちゃんの事は普段は何て呼んでるの?」
「俺は村瀬さんって呼んでます」
「それじゃ、私は朔也さんって呼ぼうかな」
おー、名字ではなく名前で呼ばれたよ。
ちょっと嬉しい。
星野じゃないが、こういう事が“一歩前進”と呼べるだろう。
「私の事は結衣でいいわ」
「それでは、結衣さんって呼ばせてもらいます。結衣さんは買い物ですか?」
「えぇ。食料を買いに来たの。朔也さんはこれからお昼?」
俺が頷くと彼女は穏やかな微笑みを見せる。
「それなら、うちに来る? 私、弟と二人暮らしをしているのだけど、これからお昼なの」
「いいんですか?」
「朔也さんとゆっくりとお話もしてみたかったからね」
美人からの思わぬお誘いに俺のテンション復活。
しかも、お昼までごちそうになれる。
俺は荷物を代わりに持ち、彼女の家へと向かうことになった。
結衣さんの家は山側の地区、村瀬さんの近所にあるらしい。
「結衣さんは料理が上手だって、村瀬さんから聞きましたよ」
「私の場合は半分趣味みたいなものだから。ほわちゃんも上手な方よ。彼女の手作りの料理、食べた事ある?」
「春休み中に一緒に出かけた時にサンドイッチをごちそうになりました」
あれはあれで美味だった。
きっと、普通の料理も美味しいんだろう。
「へぇ、そうなんだ。ふたりはよくデートをする仲なの?」
「俺としてはそのつもりでも、村瀬さんに言わせればただのバイクのドライブですよ」
「……ほわちゃんのこと、狙ってるんだ?」
「それなりに」
実際、気になる女性ではある。
見た目が綺麗だと言う理由の他に、性格的にも合ってるんだろう。
俺が踏み込もうとしない限り、ずっと今のような関係だろう。
そろそろ、本気を出しますかね。
「職場の先輩狙いとは、やるじゃない」
「彼女、意外と可愛いですから。ああいうの、結構タイプです」
からかわれるとすぐ拗ねたり、見てると飽きない。
実際、さほど年上でもないのだから年上の意識もしない。
「私はどう? 朔也さん的には好みかしら」
「十分魅力的ですよ。結衣さんみたいな美人に俺は弱い」
「あははっ。面白いね、貴方。そう言う言葉をさらっと言えちゃうのは普通は痛いけども、容姿がいいと様になるわ」
褒められているのかな。
俺はさほど口が上手いわけじゃない。
ただ自分の欲望に素直だけだ。
「朔也さんって、噂じゃかなりの女ったらしって話だけども」
「……いえ、そんなことはないですよ。ただの噂です」
「その理由、何となく分かったかも。相手に気を持たせるような事ばかり、誰にでも言ってるんでしょ?」
「誰にでもじゃありませんよ? 俺は気がある女性にしか興味もありません」
誰にでもじゃないのは本音だ。
そんな誰でも恋する子供の恋愛は大学時代で卒業したんでね。
結衣さんの家は本当に村瀬さんの家のご近所だった。
ガレージ前を通るが、例の大型バイクは見当たらない。
「ほわちゃんは朝からバイクでどこかに出かけたの」
「そうなんですか?」
「うん。あの子ってば休日はひとりでバイクで出かけてばかり。前に後ろに乗せてもらってすごく怖かったから、私はもう乗りたくないわ」
「ははっ。彼女の場合、バイクも大型ですからね。すごく迫力がある」
腕前は良いのだから安心はできるだろうけども。
「ただいま~」
「姉さん、おかえり。あれ?」
家の中に入ると、彼女の弟、八尋が顔を出す。
姉が美人なら弟もイケメン、さぞや学校では人気があるんだろう。
「どうも。俺は結衣さんの同僚の……」
「鳴海先生ですよね。僕はB組ですから、覚えてます。副担任としてお世話になります」
「そうか。こちらこそ、よろしく」
彼もBクラスの一員だったらしい。
村瀬さんのクラスは星野茉莉の騒動でそれどころではなかったからな。
「朔也さん。私からもお願いするわ。八尋をよろしく」
彼女はリビングにあがり、荷物をテーブルに置く。
「そう言えば、2人暮らしをしていると聞きましたけど、ご両親は?」」
「私の両親、ふたりともここにはいないの。私が大学を卒業する間際にお仕事で九州に転勤になったのよ。本当なら八尋もふたりについて行く事になってたんだけど」
「慣れ親しんだこの町が僕は好きですから。離れたくなくて、ここに残りました」
「へぇ。その年頃なら都会に憧れたりするものだけどな」
星野みたいに都会へ行きたいと思うのが普通だろう。
まぁ、神奈や斎藤みたいに外に行きたいと思わない人間がいても不思議じゃない。
地元愛ってのがある若者がいるってことはいいねぇ。
「八尋は私を置いていかないで。大学もここから通える所にすればいいわ」
「えっと……さすがにそれはどうかな。大学進学の時は考えると思う」
「姉さんを置いて行っちゃうの? ひどいっ」
「……あ、あはは」
困惑気味に苦笑いする八尋、それに迫る結衣さん。
……はて、この姉弟、何やら様子がアレなわけだが。
結衣さん、弟と接する時、雰囲気が違うなぁ。
「姉さん。それより、お昼御飯は?」
「そうだ。すぐに作るから。朔也さん、少しの間、待っていてね」
キッチンへ行ってしまう結衣さん。
俺はリビングのソファーに座りながら八尋と話をすることにした。
「八尋君は高校の入学式で見たよ。堂々とした態度で新入生代表の挨拶をしてたじゃないか。立派なものだな」
「八尋でいいですよ、先生。ああいう挨拶は不慣れなので緊張しました。そういう先生は初日から星野さんに目をつけられてしまったようですね」
「星野か。ちょっと助けただけなんだけどな。あの子は、いつもああなのか?」
俺にとっての要注意人物、星野茉莉。
同じ中学の彼なら少しは彼女の事を知ってるだろう。
「僕はあまり話した事がないですけど、明るくて良い女の子ですよ。ただ、周囲と壁を作ってしまう所があって、中学時代の時は孤立してました。星野家っていう家柄の影響もありますから、皆も、どこか接しづらいと言うか」
「そうか。友達、少なそうな感じだったからな」
家柄に対してプライドが高い、とかそういうタイプではなさそうだった。
それでも壁ができてしまうのは、性格的な問題もあるのだろうか。
「今回の事も、クラス内では『あぁ、彼女ならありえる』という感じですよ」
「……あの子、なんとかならんか?」
「多分。本人が諦めない限り、どうにもならないんじゃないでしょうか。悪い子ではありませんから、頑張ってください」
同情気味に言われてしまった。
星野対策は後々、考える事にしよう。
「先生は姉さんと親しいんですか?」
「いや、まだ出会ったから日も浅いからな。親しいってほどではない。でも、美人だし、お近づきになりたいとは思うよ」
「……もしかして、うちの姉を狙ってます?」
「当然、興味はあるよ。興味がないなら、近付いたりしないね」
彼女の弟相手に何を言ってるんだ、と自分でも思う。
けれど、彼はなぜか俺に期待するような視線を向けた。
「そうなんですか。それはぜひ頑張ってください。僕にできる事なら協力します」
「おいおい、自分の姉なのに気にしないのか」
「姉だからです。姉さんには早く恋人を作ってもらいたいんです」
「……意味が分からないんだけど?」
あれだけの美人、相手を見つけるのも苦労なんてしないだろう。
八尋は複雑な表情を見せながら、俺にとんでもないカミングアウトをする。
「――あのですね、僕の姉は“ブラコン”なんです」
村瀬さんが言っていた結衣さんの秘密。
なんてこった、美人教師の秘密。
……実はブラコンだったって言うのか。