第4章:一歩前進《断章1》
【SIDE:鳴海朔也】
日曜日の事である。
俺は朝から朝食のためにパンをトースターにいれて焼き始める。
食パン、コーヒー、リンゴとヨーグルト、これが俺の朝の定番だ。
こんな穏やかな休日はのんびりと過ごすに限る。
……そろそろ、休日にひとりが寂しいので本当に恋人でも作ろうか。
「今日は平和だ。釣り日和だ、よし釣りをしよう。斎藤でも誘うか」
なんて思って、すぐに恋人ができるわけもなく。
外は快晴、良い釣り日和なので、趣味の釣りをすると決めた。
「今の時期は何が釣れるんだっけな」
俺がテレビを見ながらパンが焼けるのを待っているとインターホーンが鳴る。
「朝から早いな。誰だ?」
こんな時間に来るのは神奈辺りだと予想した。
俺は「はいよ」と返事して、玄関に出る。
「どちらさま……って、え!?」
ドアを開けて、俺は思わずすぐさま閉めたくなった。
なぜならば、そこにいたのは一人の少女だったからだ。
黒髪ショートの美少女は満面の笑みを浮かべていた。
「――ふふっ、ついに見つけたよ。鳴海センセー♪」
「星野茉莉!? な、なぜ、俺の家にっ!?」
可憐な容姿に小悪魔的な瞳。
数週間前で中学生だとは思えない大人びた魅惑の唇。
「鳴海センセー、貴方に会いにやってきました♪」
星野茉莉が俺の家をつきとめて、やってきたのだった。
キッチンで食パンを焼いてたトースターがチーンと言う音がした。
俺の平穏な日曜日が、波乱の朝になったぜ……。
……10分後。
「どうして俺の家が分かった?」
食事が終わるまで待ってもらい、俺はソファーに座る彼女と向き合う。
彼女は俺の出したジュースを飲みながら言う。
「私を誰だと思ってるの? この町で私が調べられない情報なんてないよ」
「怖っ!? 星野家、怖すぎだろ」
「そんなに怖がらなくてもいいじゃん。ちなみに、私のお母さんが知っていただけ。鳴海先生って町でもそれなりに噂になってる人らしいじゃない」
狭い町ではちょっとした事が噂になったりする。
俺の事もどこかで聞いていたかもしれない。
「センセーに改めてお礼を言いに来ただけだから」
星野は意外としっかりとしているのだろうか。
いや、待て、そんな子がいきなり教師の家を調べて尋ねてくる事はしない。
「そう言うのは口実で、鳴海センセーに会いに来たの」
「あっさり認めて、自分で口実とか言うな。そこは心の中に留めておきなさい」
この子、手強いわ。
俺は彼女に告白された事を思い出して、改めて確認をしておく。
「……あー、なんていうか告白の件なんだが」
「私は鳴海センセーが好きになっちゃった。私自身も、人を好きになるなんて思わなかったんだけどね。こうもあっさりと人を好きになるって気持ちが芽生えるなんて」
「いきなりあんな場所で告白するとかありえないだろ」
こちらは説教モードなのに、当の本人はしれっとしている。
「思い立ったら即行動。私はそういう女の子です。覚えておいて?」
「ぐぅ。人の事も考えてくれ。ちなみについでに言うが、何で俺なんだ? ちょっと助けたくらいで好きになられるのも困るわけだが」
「ん? それはちょっと違うかな。センセーに助けてもらったのは嬉しかったけども、好きになった理由とは違うね。私が好きになったのは、その少し前」
彼女は瑞々しく潤う可愛らしい唇から小悪魔的な発言をした。
「――センセーは一目惚れって信じる?」
「信じないことはないが。第一印象でイケるかどうかは判断する」
合コン攻略の基本だね。
「私は信じる、鳴海センセーを初めてみた時に私は直感で思ったの。私にはこの人しかいない。私の運命の人なんだって。だから、好きになっちゃった」
可愛い顔して可愛い事を言ってもダメだっての。
「一目惚れされるほどに俺が魅力的なのは分かった」
「あははっ。すっごく自信満々だ。私は男の人のそう言う強気さ、好きだよ」
この子、手強いわ(二回目)。
思いこみが激しいとか、そう言う類じゃないのが困る。
「クラスメイトの前で告白したのは、もう想いが収まらなかったんだ。入学式の間、先生にもう一度会えたら告白しようって決めてたの」
「早すぎだっ! しかも、人前で告白なんて、俺の教師人生を終わらせるつもりか」
もしも、教頭の耳にでも入れば……想像したくもない恐ろしい事になるぜ。
早めの対応、悪戯好きな小悪魔にはお仕置きしておくべきか悩む。
彼女は俺の不満そうな顔を見て、ちろっと小さく舌を出す。
「驚かせてごめんね。いきなり告白してでも、センセーに意識して欲しかったんだよ?」
「十分、悪い意味で意識させてもらった」
「だって、私の気持ちを知って欲しかったの。だから、先制攻撃してみました」
こちらを見上げてくる潤んだ瞳。
その可愛らしい微笑みは危険すぎる。
……ハッ、待て、俺。
いくら美人に弱くても、子供相手にドキッとしてるんじゃない。
「お前くらいの年頃が大人に憧れるのは分かる。けどな、子供は子供らしく年相応の恋愛をしろ」
俺の言葉に彼女はふと真顔に戻ると自分の事を語りだした。
「私さ、この町に住んで何も楽しい事がなかったんだ」
「何でだよ。星野家って言えば大地主のお嬢様じゃないか」
「それがどうしたの?って感じ。皆に誤解されてるけども、ただの田舎の金持ちなんて世間じゃ大したステータスじゃないよ」
庶民からすれば十分すぎると思うのだが、彼女には満足できるものじゃないようだ。
「そのせいで、変な壁も作られるの。特別扱いされるのは気持ちが良い事もあるけども、ほとんどは寂しい気持ちの方が多い。私の家の事を気にして、同級生まであんまり近づいてこなかったりするし、友達もあんまりいないから」
「それは、辛いものがあるな」
特別視されるのが良い事ばかりではない。
彼女が家の事で孤独感を抱いているなんて。
「でしょ? それにここは田舎町で何もないじゃん。楽しい事が何もない。だから、私、高校卒業したら絶対に都会へ行きたいんだ。そうすれば、こんなつまらない生活からも解放されるんじゃないかって」
「都会は都会でそんなに楽しくも優しくもないけどな」
俺自身、この町から外へ出て分かること。
何でも揃う町には誘惑も魅力もたくさんあるが、それが全ていいとは限らない。
だが、彼女くらいの年頃ならば都会の方が様々な魅力があるのは事実だ。
「そう言うわけで嫌気になってた私の人生に、鳴海センセーっていう運命の人が現れて劇的に変化し始めてるの。今はセンセーに恋してすごく楽しい」
「……そこに繋がるのか」
「私にとっては大きな影響があるんだってば」
彼女の話を聞いてると、どうにも恋に憧れてるだけなんだよな。
恋は楽しい、幸せだ。
単純なものではないのだが、経験のない子に言葉で理解しろというものでもない。
それに子供の恋と大人の恋には大きな違いがある。
俺は大人だ、子供の彼女の恋の価値観とは合わない。
しかし、星野茉莉と言う少女は、こちらの思っているよりも素直な女の子だった。
「最初に皆の前で告白しておいてなんだけども、センセーがすぐに私に恋をしてくれるなんて思ってない。まだまだお互いに知らない事だらけだし。センセーが子供相手にする気もなさそうなのは分かってる」
「……それだけ分かってるのなら、理解してくれよ」
「でも、可能性はゼロじゃない。高校の3年間をかけてでも、恋を成就するために頑張りたい。恋って楽しい事でしょ?」
彼女が見つけた楽しさってのが俺への恋だってのか。
どんな理由であれ、彼女は俺を好きらしい。
……これは参ったね。
無下に想いを否定するだけでどうにかできる相手ではなさそうだ。
「俺は星野が想いを抱くような相手とは限らんぞ?」
「……ううん。センセーは優しいじゃない。少しだけでも接すれば分かるよ。センセーは私の信頼できる人だってことくらい」
疑いのない眼差しが俺には眩しく思える。
自分で言うのもなんだが、これだけ女の子に信頼されるのは何だか嬉しい。
自業自得、普段の行いのせいもあり、俺の周囲にいる女の人達ってのはどうにも、俺を信頼してくれてないのだ。
「そうだ、鳴海センセー。携帯のメアド教えてよ?」
「……やだ。生徒に個人的な連絡先を教えるわけがないだろう」
「ふーん。そう言う事を言うんだ。私は寂しい」
拒否されても笑顔を崩さない星野。
むしろ、その笑みに迫力を感じるのは気のせいか?
やばい子を敵に回しそうになっているのではないか?。
「……」
「……ふふっ」
無言の圧力。
彼女相手だと何だかとんでもない事になりそうで怖い。
俺は笑顔で俺を脅す相手に屈した。
「やった!センセーの連絡先ゲット」
「うぐっ。必要ない時以外の連絡はなしだからな」
「私にはセンセーの存在がいつも必要だから、いつでもいい?」
「俺の必要ない時に決まってるだろう!?」
この俺が相手に戸惑い、困惑させられる女の子に出会うとは思わなかった。
「鳴海センセーとの距離が少し近づいた気がする。一歩前進かな」
嬉しそうな彼女を前に、俺は何とも言えない表情を浮かべるだけしかなった。
……恋に積極的な女の子は手強いわ(三度目)。