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蒼い海への誘い  作者: 南条仁
第6部:変わる未来 〈セカンドシーズン・学園編〉
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第3章:運命の人《断章1》

【SIDE:鳴海朔也】


 入学式当日、俺は朝早くから職員室で仕事をしていた。

 今年も副担任ということで、プリントの用意やら確認やらで忙しい。

 

「おはよう、鳴海先生」

「あー、おはようございます、北沢先生」

「先生も大変ね。頑張ってるじゃない」

 

 朝から俺を幸せにしてくれる美女登場。

 色気のある雰囲気に俺はすっかり虜ですが何か?

 

「そうだ、先生。聞いておきたいことがあるんです」

 

 俺はさっき見つけた、気になる事を尋ねる事にした。

 それは入学式の新入生代表の名前だ。

 

『新入生代表、北沢八尋』

 

 美浜町では北沢の名字はあまりないので、もしやと思った。

 

「これなんですが、代表の北沢八尋って男の子はもしかして弟さんですか?」

「くすっ。正解、八尋は私の弟よ。両親と離れて暮らしていて、今はふたり暮らしをしているの。昔から成績がよくて私の自慢の弟なの。今日も朝から新しい制服を着て、とても似合っていたわ」

 

 弟さんがすごく大事なのか、うっとりとした表情で話す彼女。

 ……何だか意外だが、家族が大事なのは良い事だよな。

 

「今日の代表挨拶の時に見てあげて」

「了解です。先生は弟さんを大切に思っているんですね」

「当然じゃない。姉弟として、大切よ」

 

 俺もこんな風に想われてみてー。

 とか、そんな事を考えながらプリントをまとめる。

 

「俺はこれを教室に置いてきます。もし、村瀬先生が来たら、教頭先生が呼んでいたと伝えておいてください。昨日の件で話があるらしいので」

「えぇ、分かったわ。昨日は災難だったって彼女から聞いたわ」

「ホントですよ。ああいうアクシデントは勘弁してほしいです」

 

 昨日の閉じ込めの件だが、なぜか教頭の耳に入ってしまった。

 あの時間帯に俺達があそこにいたのも悪いのだが、ちゃんと施錠する際に確認しなかったことについては謝罪された。

 これが生徒だったら大きな問題になるから気を付けてもらいたい。

 これで、村瀬先生も機嫌が少しはなおると良いんだけど。

 俺はプリントの束を抱えて1年の教室へ歩き出す。

 

「今年の新入生はどんな子達だろうか」

 

 去年は、教師としての最初の問題として、黒崎千津の騒動があった。

 最初から不登校が続いて、たまに来ても村瀬先生の授業をボイコット。

 夢を諦めたくない少女のささやかな抵抗。

 親との確執、諦めきれない夢と現実。

 それでも、千津は問題を乗り越えて悩みは無事に解決できた。

 

「今年は千津のような問題がない事を祈ろう」

 

 問題や騒動は何度も起きてもらうと困る。

 結果的に千津は天文部に入部して、いまや部員のひとりとして親しいのだが。

 何事も問題がない事が一番いいのだ。

 まだ誰もいない教室に俺はプリントを置いていく。

 副担任としての役目ってのは雑用が主である。

 

「……さぁて、今年も一年、またよろしくな」

 

 俺は教室にそう呟いてから廊下に出た。

 そろそろ入学式も始まる時間たちが近づいてきていた。

 

「おや?」

 

 それは体育館へ行く途中の事だった。

 渡り廊下へ通じる階段、前から一人の少女が階段を下りてくる。

 

「……~♪」

 

 今日、この時間帯に校舎にいると言うことは新入生だろう。

 携帯電話を片手に持ち、液晶画面に視線を向けている。

 あれは、危ないなぁ。

 注意でもするか、いや、そこまで子供じゃないだろうし。

 俺がそう思っていたら、案の定、彼女はつまずいたのだ。

 

「……え?」

 

 少女の小柄な身体が宙を舞う。

 

「――きゃっ!?」

 

 ガタッと言う音をたてて彼女は階段から転げおちた。

 ほら、言わんこっちゃない。

 俺は駆けよると彼女に近付いて声をかけた。

 

「大丈夫かい?」

 

 廊下に倒れて、尻もちをついていた彼女は俺を見上げた。

 誰かに見られてたと言う事に恥じらったのか、頬が赤くなる。

 

「……カッコいい」

 

 あまりにも小声で聞き取れなかった。

 彼女は俺の顔をジッと見つめてくる。

 数週間前まで女子中学生とは思えない大人びた顔つき。

 小柄な身体に、ショットカットの黒髪がよく似合う。

 きらめく瞳は大きく、可愛らしい印象を抱いた。

 

「怪我はないのか?」

「え? ……あっ、痛いっ」

 

 彼女は足を押さえて涙目になる。

 痛みが遅れてやってきたらしい。

 

「足をひねったのか?」

「分かんない」

 

 彼女はこちらに助けを求めてくるような涙目の瞳を向けた。

 

「悪いな、少し触るぞ」

 

 俺は彼女の細い足に触れてみる。

 足首を触ると彼女は痛みに苦痛の表情を浮かべた。

 

「足首か? ここが痛いんだな?」

「う、うん……変な感じ、ズキズキするのに鈍いような」

「それは捻挫だな。落ちた時に足首を捻ったんだよ」

 

 俺は腕時計を見ると、もう入学式が始まる時間帯だった。

 このまま放っておくわけにもいかない。

 俺は携帯電話を取り出して、すでに来ているであろう村瀬先生に連絡をする。

 

「……村瀬先生、俺ですが」

『遅いよ、鳴海先生。もうすぐ入学式が始まるんだから体育館に集合っ!』

 

 俺を叱る彼女に苦笑いをしながら、

 

「すみません。生徒の一人が階段で転んで怪我をしたんです。入学生だと思うんですが、彼女を保健室へ連れて行くのでふたりとも遅れます」

『えー、怪我?大丈夫なの?』

「多分、捻挫だと思います。名前は……えっと、少し待ってください」

 

 俺は足を押さえてうずくまる少女に名前を尋ねた。

 

「キミの名前は?」

「私は星野茉莉(ほしの まつり)、入学生だよ」

「星野さんか。先生、星野茉莉さんと言うそうです」

 

 星野茉莉……繋げて読むと“星の祭り”、洒落た名前である。

 俺が告げた名前に電話先の村瀬先生が驚いていた。

 

『星野? 星野茉莉って……茉莉か。うん、よく知ってる。私の先輩の妹だから。そして、今年の一番の問題児でもあるわ』

「問題児って……知り合いなんですか?」

『彼女の話はあとで。とりあえず、彼女を保健室に連れて行ってあげて。先生達が遅れる事は伝えておくから』

 

 そちらは先生に任せる事にして、俺は電話を切る。

 今は彼女の治療の方が先決だ。

 

「ほら、立てるか? 保健室に行こうか。肩を貸そう。どうした? 傷が痛むのか?」

「私、抱っこが良い」

「え?」

 

 初対面の相手から望まれる行動ではない。

 

「い、いや。歩けないほど痛いのか?」

「立てないほどに痛いから抱っこして?」

「えっと……背中に背負うと言うので、手を打たないか?」

「いや。お姫様抱っこが良いよ」

 

 にっこりとほほ笑む顔も可愛いのだが、とんでもない事を言う美少女である。

 お姫様抱っこなんてファンタジーだろ、実際にした事ねーよ。

 だが、俺は可愛い女の子のお願いには弱いのだ。

 というか、放っておいても解決しないのならしょうがないでしょ。

 俺は誰も見ていない事を祈りながら、

 

「……ったく、甘えたがりなお嬢様だな」

 

 彼女の要望に応えて、そっと身体を抱きあげた。

 星野は思ったよりも軽く、嬉しそうに俺に身体を寄り添わせる。

 

「こんな風にされるのって、気持ちがいいね。まるでお姫様みたい。先生のお名前は?」

「鳴海朔也、一年の担当だ。もしかしたら、星野のクラスの副担任になるかもしれない」

「ホントに!? 嬉しい。鳴海センセー♪」

 

 嬉しそうな彼女、年相応な可愛らしさだ。

 鼻孔をくすぐるような甘い花のような香り、香水ではなく彼女自身の香りなんだろう。

 

「こんな所を誰かに見られたくはないな」

「えへへっ。ふたりだけの秘密だね」

「……秘密、ね?」

 

 甘えてくる彼女を抱き抱えながら保健室まで送ってやる。

 幸いにも怪我は全治数日の軽い捻挫だった。

 そのまま、俺達は遅れた入学式に向かうことにした。

 

 

 

 

 入学式では、北沢先生の弟が立派に新入生代表挨拶をつとめていた。

 爽やかなイケメンで、女子から人気が出そうなタイプだった。

 入学式が終わり、俺は先にAクラスの副担任の挨拶をすませる。

 それも終わり、次はBクラスの村瀬先生のクラスだ。

 教室につくとちょうど生徒達の自己紹介をしている最中だった。

 俺は途中に割り込む形で、軽い自己紹介を済ませる。

 

「このクラスの副担任をする、鳴海朔也です。一年間、よろしくな」

 

 俺がクラスメイトの子達の顔を見渡すと、先程の少女、星野茉莉が手を振っている。

 

「鳴海センセー」

 

 あの子、このクラスだったのか。

 ちょうど、次は星野茉莉の自己紹介の番だった。

 

「私の名前は星野茉莉。第一中学校から来ました。趣味は……」

 

 美浜町には2つの中学しかないから、半分近くは顔見知りと言う事になる。

 彼女の事を知ってる生徒も大半らしくて、美少女とは言えざわめく気配はない。

 だが、油断は大敵。

 最後に思わぬ爆弾発言をしたのである。

 

「最後に、私の好きな人は……目の前にいる“鳴海センセー”です♪」

 

 まさかの展開。

 自己紹介中に、笑顔でさらっと大胆告白に教室中がざわめいた。

 

「「――えーっ!?」」

 

 あ然とする村瀬先生。

 思いがけない告白にざわめく生徒諸君。

 

「何? な、鳴海先生? どういうこと?」

「なぁっ……!?」

 

 何より一番驚いてるのはこの俺なわけで。

 どういう事だって、誰か説明してくれ。

 

「ふふっ。鳴海センセー、愛してるよ」

 

 小悪魔的な微笑を浮かべる星野。

 今年の1年生も、さっそく頭の痛い騒動を起こしてくれたのだった。

 

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