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蒼い海への誘い  作者: 南条仁
第6部:変わる未来 〈セカンドシーズン・学園編〉
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第1章:舞い散る桜《断章3》

【SIDE:村瀬真白】


 後輩の前での大失態を思い出すだけでも、私は自分が恥ずかしくて仕方ない。

 

「はぁ、いろいろと凹むわ」

 

 お酒を飲んだせいで頭が痛い。

 昨夜、先生達と一緒にお花見をした所までの記憶はある。

 楽しく騒いで、問題はその帰りの事だ。

 母いわく、私は鳴海君に背負われて家までやってきたらしい。

 これまで何度も同様の事をしてしまったので、私は大きくため息をつくしかなった。

 

「また鳴海君に変なお姉さんだと思われたに違いない」

 

 私は酔うと性格が変わるらしい、変な意味で。

 友達からは「男にはそんな姿見せちゃいけないよ」って釘を刺されていたのに。

 それをよりにもよって、普段からの距離が近い後輩に見せちゃうなんて。

 昨夜で唯一覚えてる記憶。

 

『――真白ちゃんの命令っ。私を抱っこして家まで送りなさーい』

 

 ……消えたい、痛すぎる真白ちゃんはさっさと消えてしまいたい。

 私はひとり唸りながら、失態を悔やむしかない。

 頭の中の消したい記憶を自由に消せたらいいのにね。

 

「鳴海、朔也――」

 

 鳴海君は私にとって教師としての後輩でもあり、友人でもある。

 どうして、こんな田舎の学校に来たのか分からない一流大学卒業と言う学歴を持ち、容姿も良いし、生徒思いで彼らからの評判も高い。

 教師と言う事をずっと夢に抱いてきたらしくて、普通の先生達よりも責任感もある。

 ……問題はそれだけ良い所があるのに、ナンパな性格がアレだと言う事だけ。

 町での彼の噂は二股交際やいつも違う女性を連れてるなんて言う類のものだ。

 それだけモテるんだろうけど、そういう不健全な所だけはマイナスポイント。

 そのマイナスを補える以上に、彼って優しいんだけどね。

 今回の事もそうだ、わざわざ家まで送ってくれて、面倒をみてくれた。

 

「真白、二日酔いからは覚めた?」

「まだぁ……頭が痛い、気持ちが悪い、自分の酔った姿がかなり痛い」

 

 心配してくれたお母さんが部屋に顔をのぞかせる。

 

「真白って本当にお酒に弱いのにどうして飲んじゃうのかしら」

「うるさいなぁ。お酒に弱くても好きものは好きなの」

「お父さんと一緒ねぇ。そう言う所は似ているわ」

 

 彼女から薬と水を受け取って、私はそれを飲んだ。

 ズキズキと頭に響く二日酔いに苦しむ。

 

「今日はお仕事じゃないの?」

「春休み中は教師は半休みたいなものから大丈夫」

 

 私はやる気が起こらず、再びベッドに寝転がる。

 このまま寝てしまいたい。

 それができればいいんだろうけど、やらなくちゃいけない仕事がある。

 

「昨日も、また鳴海さんが家まで連れて来てくれたのよ」

「……でしょうね。何となく覚えてる」

「もうこれで何度目? いつも鳴海さんにお世話になりっぱなしじゃない」

 

 情けない姿を何度もさらしている事実に私はショックを受けている。

 

「やーめーてー。思い出させないで」

「鳴海さんは優しくて素敵な人じゃない。真白とお付き合いしてるの?」

「ぐふっ!? な、ないない。そんな関係じゃないわ。ただの後輩です」

 

 お母さんの思わぬ言葉に吹いた。

 どうして、私が彼と付き合っている事になるんだろうか。

 

「そう? 意外とお似合いに見えるのだけど」

「……変な勘ぐりはやめて。そんな事はないってば」

「先生同士の職場恋愛って難しいのかしら?」

「そーいう問題でもないし。鳴海君に変な事を言わないでよ?」

 

 私たちが恋人関係なんて、そんな関係ではない。

 あいにくと、変な雰囲気になったこともない。

 

「真白もそろそろ良い歳なんだから、相手くらい探しなさいよ。結婚を考える年齢にもなっているのは自覚してるでしょう?」

「……んー。私はまだしばらくは独り身でいいよ」

「そう言ってるといつまでたっても結婚できなくなるわ」

 

 耳が痛い言葉だけども、私は今のところ、そう言う事を考えてはいない。

 今しばらくは自由でいたいと思う。

 

「私達が元気なうちに孫が見たいのよ」

「そっち!?」

「当たり前じゃない。子供が独立したら、次は孫が見たいのが親と言うものよ」

「私よりお兄ちゃん達にさっさと結婚するように言ってやって」

 

 私よりもふたりの兄の方が年齢的に結婚してもらいたい年齢だ。

 あちらはあちらで遊んでばかりのようなので、浮いた話も聞いてない。

 お母さんが部屋から立ち去ったので、私は大きくため息をつく。

 

「結婚なんて私にはまだ早いって」

 

 友達は何人か結婚しているけども、まだ焦る年齢ではないと思う。

 結婚なんて漠然とした憧れ程度のものだ。

 それに教師なんて仕事をしていると、結婚するのは遅れそうな気がする。

 

「ふぅ、そろそろ準備しよう」

 

 私は痛む頭を押さえながら起き上り、服を着替え始めた。

 

 

 

 

 数日後、私は鳴海君と一緒に花見をしていた。

 お気に入りのオートバイを走らせるのは気持ちいい。

 ふたりで山桜を眺めながら落ち着いた時間を過ごす。

 

「鳴海君の恋愛の話って聞いても良い?」

「はい? 俺のですか?」

「前にちゃんとした恋愛をしたのは一人だけって話が気になっていたの」

 

 あまり深入りするのは失礼だと思うけど。

 今の私は彼の事が少し気になりつつある。

 鳴海君は桜の花びらを指先でいじりながら語る。

 

「前の彼女の話になりますけど、俺はそれまで恋愛なんてまともにした事がなかったったんですよ。高校、大学と何人もの女の子と付き合ってましたが、特別に好きになって付き合ったわけでもなかったんです」

「向こうから告白されたから付き合ったとか? モテるからってひどいなぁ。女の敵だわ。遊び半分でたくさんの女の子を弄んできたのね」

「ひどいいわれようだ!? 敵ってそこまで言いますか。まぁ、自分でもひどいとは思いますけどね。そんな俺が初めて心の底から好きになった少女がいた。彼女はすごく純粋な子でした。俺なんかと付き合うなんて思わないくらいに」

 

 彼女の名前は千歳と言うらしい。

 それまで恋愛は遊びだと思っていた彼に初めての恋を教えてくれた。

 千歳さんと鳴海君は交際を続け、やがてふたりに待っていたのは……別れ。

 

「大学3年の時に千歳がアメリカに留学しました。彼女は翻訳家になりたいと言う夢があったんです。それから1年、帰りの便の飛行機事故で全てを失いました」

「……記憶にあるわ。不運が重なった事故だってニュースで見た」

「えぇ、あの日の夜、俺はあの空港のロビーで彼女を待っていたんです。そして、事故は起きた。幸いにも千歳は足の怪我だけですみましたが、後遺症のせいで満足に歩く事が出来なくなった。それを気にして、俺の前から姿を消しました」

 

 鳴海君にとって、彼女の喪失は本当に大きなものだったんだろう。

 私はそこまで人を愛した経験がない。

 

「覚えてますか。俺がここに来た時に、田舎の学校に来た理由ってのを」

「えっと、都会じゃ就職できなかったから、こっちに来たんだっけ?」

「えぇ。それは嘘なんですよ。本当は違う。千歳の喪失ってのが精神的に堪えて俺は何もかもやる気をなくしてたんですよ。予定していた私立の高校の採用試験も受けず、教師になるのをやめようとしていたんです」

 

 教師を目指し続けてきた彼が夢を諦めそうになっていた?

 

「けれど、寸でのところで、千歳本人がそれを止めてくれた。夢を諦めないで欲しい。彼女からそんな手紙をもらったんです」

 

 その手紙には美浜高校の採用試験の書類が添付されていたらしい。

 そして、彼は生まれ故郷であるこの町にやってきた。

 

「今の俺が夢を諦めず、叶える事ができたのは、最後に後押しをしてくれた千歳のおかげなんです。俺は、彼女に本当に大切な事を教えてもらいました」

「……今も千歳さんに会いたい?」

「会いたいですよ。恋愛の続きってのは今さら難しいでしょうけど、お礼が言いたい。今の俺が教師でいられるのは彼女のおかげでもありますから」

 

 彼は口元に笑みを浮かべながら言った。

 私は全てに納得が言った。

 彼みたいに学歴の良い人がどうして、田舎の高校に来たのかも。

 そして、1年前のどこか心に悩みを抱え沈みきった表情の理由も。

 私が思っている以上に彼は、辛い経験をしていたのだということを。

 

「……そっか。千歳さんはすごい人だね」

「何がすごいかと言うと、本人が天然で無自覚な所です。意図して、俺に影響を与えようと思ったわけじゃない。すごい子ですよ。最近になって彼女の事をようやく吹っ切れることができました。鳴海朔也、完全復活って感じですかね」

 

 鳴海君の過去を知れて、私的にはよかった。

 こう言う話って落ち着いた時にしかできないものだから。

 鳥のさえずる声が聞こえる森を私は見渡す。

 鮮やかなピンク色の山桜の大輪の花びらが美しい。

 

「それじゃ、鳴海君は次はちゃんとした恋ができるかもね?」

「えぇ。そう願っています」

「……なのに、鳴海君にはいつも浮いた噂ばかり聞くのはなぜかしら?」

 

 私の一言に彼は困った表情を見せて言う。

 

「あはは、それは……どうしてなんでしょうねぇ?」

「女の子の心を弄ぶのはやめられない? 悪癖は消えないものなのね」

「嫌だなぁ、村瀬さん。俺はそこまでひどい人間なつもりはないですよ。ただ、女の子が好きなだけです」

 

 そう軽く笑いあいながら、私たちはお花見を続けた。

 誰にだって過去はあって、目の前にいる普段は明るい後輩にも辛い過去がある。

 鳴海朔也、いつしか私の心の中で彼が気になる男性になりつつあった。

 頼りになって、傍にいて、私を支えてくれる男の人。

 少しずつ私は彼を意識し始めていた――。

 

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