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蒼い海への誘い  作者: 南条仁
第5部:私だけの太陽 〈大学生編〉
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最終章:再会を望んで

【SIDE:鳴海朔也】

 

 結局のところ、俺は千歳の心情を理解してやれていなかったのではないか。

 アイツとの交際を振り返ると、俺はそんな事をいつも考えてしまう。

 千歳という女の子は純粋で、見た目や言動の子供っぽさに惑わされるが、俺と同じように20歳を超えた大人でもあった。

 彼女を子供のように感じていた。

 だから、俺は彼女の傷ついた心を理解できていなかった。

 俺の前から姿を消した事も、別れの理由も。

 どうしてやればよかったのか。

 俺には今になってもその正しい答えがどうだったのか分からない。

 ……俺と言う奴は本当に恋愛が下手だな。

 俺は教師になるために美浜町に戻ってきた。

 そこでの生活は楽しいし、俺自身の心の傷は癒えてきつつあった。

 けれど、千歳の事を少しずつ忘れていく事が怖い。

 忘却は悪い事ではない、自然の流れだ。

 彼女の存在を忘れる事を、彼女自身も責めたりしないだろう。

 人は忘れていく、楽しい記憶も、辛い記憶も――。

 





「……ふぅ」

 

 俺は学校の屋上でひとり、大きくため息をついた。

 放課後の見回り中、俺は屋上にあがると暑い夏の空を見上げる。

 教師の仕事も楽ではない。

 この1年、何とか仕事をやってきたが、大変なものだと実感している。

 当然、やりがいのある面白さも、同時に体感していた。

 

「んー、ため息なんて珍しいね。朔也先生?」

「お前か、千津。俺だってため息つくらいつくさ。そんな気分の時もある」

「……お悩みでもあるの? 私が相談にのってあげようか?」

 

 千津に対して、俺は軽く肩をすくめて言ってやる。

 

「ないない。生徒に相談なんて乗ってもらう事は何もないよ。そういや、もう1年も前になるな。ここで登校拒否していた女の子の相談に乗ってやったのは……彼女は今、元気にやっているだろうか」

「うぐっ!? そ、そんな昔の話はもう忘れてよ~」

 

 かつて、千津も登校拒否をしていた頃がある。

 進路に悩み、外交官になりたい夢を諦めそうになり、親と喧嘩をしていた。

 人にとっての夢は大事なものだ。

 俺は千歳が後押しをしてくれなかったら、この夢を諦めてたかもしれない。

 

「……夢って、大事なものだよな」

 

 千歳は叶えたのだろうか。

 翻訳家になりたいと言う夢を。

 今の俺にはそれを知るすべはないが、叶えていてほしいと願っている。

 

「夢? 先生はちゃんと自分の夢を叶えたんだからすごいじゃない」

「まぁな。千津もちゃんと夢を目指して頑張れよ」

「……なんか変なの、先生らしくもない。どうしたの?本当に何かお悩みでもあるのなら聞いてあげるのに」

「人生ってのは長くていろいろとあるんだよ。お前もそのうち分かるさ」

 

 俺の言葉に千津は「おっさんくさい」と禁句を口にした。

 そう言う事を言う奴にはお仕置きをしなくてはいけない。

 

「人をおっさん呼ばわりした千津に、天文部の部室倉庫の整理を命ずる」

「えーっ!? 私ひとりで!?」

「夏休みにまた流星群を見るために、泊まりがけの合宿をするんだ。その準備は必要だろう」

「私一人では嫌~っ。あそこは埃っぽいもん。朔也先生の意地悪っ」

 

 ふてくされる彼女が拗ねる。

 

『朔也ちゃんは意地悪だよね。うん、意地悪さんだ』

 

 その横顔にふと思い出してしまう。

 別れた恋人の同じように拗ねた顔を……。

 

「……よく言われるのだが、俺ってそんなに意地悪かね」

「意地悪だよ。何て言うの、女の子をいじめるのを生きがいにしてるんじゃない? ドSの変態プレイとか好んでいそう」

「それは偏見だ。誰がしてるか。人聞きの悪い。そこまで極悪人ではないぞ」

 

 自分じゃそんなつもりはなくても、いじめてしまうタイプなのだろうか。

 部室の整理は確かに面倒だが、やらなくちゃいけない事だ。

 夏休みに入れば合宿もあるのだ、さっさとやっておくに限る。

 

「仕方ない。俺も手伝ってやるからさっさと終わらせるぞ」

「はーい」

 

 俺も部活顧問として手伝ってやる事にした。

 今の俺の日常が過ぎていく。

 毎日の繰り返し、教師としての日常は充実してるし満たされている。

 だけど、今でも最愛の女の子の笑顔を思い出してしまう。

 もう2年も経つのに忘れられない。

 

「今、お前はどこで何をしてるんだ、千歳? いつもの笑顔をみせてるか?」

 

 俺が太陽なら、アイツは向日葵。

 

「俺はここで教師をやってるぞ。お前のおかげ夢を諦めずにすんだんだ」


 快晴の空を眺めながら呟いた言葉は風に乗って消えていった。

 

 

 


 

【SIDE:一色千歳】


 ……。

 朔也ちゃんに別れの手紙を送ってから2年の月日が流れた。

 私はアメリカで自分の夢を叶えつつあった。

 小さな仕事ではあるけれど、いくつかの翻訳の仕事もこなした。

 翻訳家としての仕事は予想以上に大変だったけども楽しい。

 

「お足もと、お気をつけて。大丈夫ですか?」

「はい、ありがとうございます。お手数をかけました」

「いえいえ」

 

 私は手伝いをしてくれた駅員さんに頭を下げた。

 すっかりと慣れた車いすに乗りながら、駅のホームに降り立つ。

 気持ちのいい海風が吹く、穏やかな雰囲気の場所だった。

 海の香りを運ぶ風が私の髪を揺らめかす。

 

「良い風ですね。海が近いんですか?」

「えぇ。この町は海だけが取り柄のようなものです。観光ですか?」

「……はい。似たようなものですね」

 

 私はそう答えると、にっこりと微笑みを浮かべる。

 

『美浜』

 

 そう書かれた駅名の看板を私は見上げた。

 私が初めて訪れたこの場所は朔也ちゃんの生まれ故郷、美浜町。

 私が愛した彼はここにいるんだ――。

 アメリカで手術を受けた私は長いリハビリ生活を続けている。

 いまだに両足で立つ事は困難だけど、わずかな光は見えつつあった。

 車いすの使い方にもずいぶんと慣れたものだ。

 先月に日本に帰国してからは、実家で翻訳家の仕事をしていた。

 そんな夏のある日、私は旅行に行く決意をする。

 目的地は……朔也ちゃんの生まれ故郷、美浜町。

 海が綺麗な町だって彼が言っていたのを思い出す。

 電車を乗り継いでいくと、たどりついたのは田舎ののどかな風景。

 

「まずは海が見たいなぁ」

 

 私は駅を出ると、ホテルに行く前に海が見たいと思って、近くの人に道を尋ねる。

 案内してもらった通りに道を進むと、駅からすぐの場所に海水浴場があった。

 さすがに砂浜は一人で歩けないので、砂浜越しに眺める。

 

「うわぁ、綺麗な海。こんなに蒼い海って初めて見たかも」

 

 きらきらと煌めく水面。

 潮風香る、深く蒼い海の色に私は驚きの声をあげる。

 雲一つない晴天の空の下、海で遊んでいる子供たちは楽しそうだ。

 

「……いいなぁ」

 

 海を眺めると、すごく心が落ち着く。

 

「私も泳げたら楽しいのに。なんて、無理だけど……」

 

 よくよく考えてみたら、足の障害の前に私は泳ぎが下手だったのを思い出す。

 暑い日差しを避けるために、私は帽子をかぶりながら、そよ風を感じる。

 

「ここが朔也ちゃんの故郷なんだ」

 

 私が美浜町に来たのには理由がある。

 今さらかもしれないけれど、朔也ちゃんに会うためだ。

 朔也ちゃんの前から姿を消してからの2年間。

 私たちは一度も会っていない。

 彼と別離した頃よりも、精神状態が落ち着いて、彼と別れた事を悔いていた。

 どうして、私は別れる事を選んでしまったんだろうって。

 ずっと彼に会いたくて仕方がなかった。

 私から一方的に別れを告げた事もあり、彼に会いたいからと言って会う事はできない。

 この2年で彼にも新しい生活がある。

 きっと恋人だっているかもしれない。

 その新しい日常を壊す事はしたくない。

 これは私の我が侭なのだから……。

 

「……朔也ちゃん」

 

 だけど、彼に会いたくて、ここまで来てしまった。

 一目でいい、彼に会いたい。

 私はその気持ちを抑えられなかった。

 関係を戻したいとか、そんな都合のいい事を今さら言うつもりはない。

 彼は私を許したりしていないだろうし。

 自分勝手なこの気持ちにけじめをつけておきたかったの。

 

「ねぇ、朔也ちゃん。貴方の言う通り素敵な海だね」

 

 私は海を眺めてそんな言葉を呟いた。

 

『海しかない、何もない町だけどな。良い町だと思うよ』

 

 彼がそう言っていた故郷。

 ここにいる、朔也ちゃんも同じようにこの空を見ているかもしれない。

 

「貴方は今、どこで何をしていますか?」

 

 同じ空を見ていると信じて、空に向けて言葉を囁いた。

 空は青く、海は広く。

 美しい群青色の世界が私の目の前にある。

 

「――蒼い海に誘われて、ここまで来たよ。朔也ちゃん」

 

 さざ波の音が響く海。

 大好きな人に会うために、私は車いすを動かしながら海沿いの道を歩き始めた――。

 

【 THE END 】

 

千歳大学編、終了です。千歳完結編はまたいずれ。次からは学園編ということで、雰囲気をガラッと変えて、鳴海朔也の2年目を書いていきます。

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