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蒼い海への誘い  作者: 南条仁
第5部:私だけの太陽 〈大学生編〉
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第4章:さよなら《断章3》

【SIDE:一色千歳】


 朔也ちゃんのことが好きだった。

 私が初めて愛した、たった一人の男の人。

 私達には互いに夢を持ち、その夢のために努力してきたの。

 いつか夢を叶えたら、結婚もしたいなって思うほどに愛していた。

 それなのに、私は……。

 

「ちーちゃん、アメリカに行くって本当なの?」

 

 私にそう尋ねてきたのは百合お姉ちゃんだ。

 心配そうに私の顔を覗き込む。

 

「うん。お父様の知り合いがいる病院でお世話になる事にしたの。飛行機に乗るのは怖いけども、今度はお父様も一緒だから。足の手術が成功すれば、今よりも改善されるんだって。ちゃんと歩けるようになるには時間がかかるみたいだけどね」

 

 車いすを使う生活が続いている。

 私は車いすを動かして、窓辺の方へと向かう。

 ここは私の家が所有している別荘地だ。

 都会から離れて、私はここで暮らしていた。

 大学をやめて、朔也ちゃんの前から姿を消すように逃げた。

 事故後、私の足は障害を負い、満足に自分の足で歩けなくなった。

 心の傷を癒すため、私はこの自然の多い別荘地で暮らしている。

 木漏れ日を眺めながら私はお姉ちゃんに言った。

 

「……もう二度と立てないかもしれない。それは怖いよ、すごく怖い」

「ちーちゃん」

 

 あの事故で命があっただけよかった。

 それは分かってるつもり。

 足の怪我なんてまだいい方だ。

 不幸な事故のせいで、たくさんの人が亡くなり、傷つき悲しんだ。

 

「鳴海さんとのことは?」

「……それは」

「弟から連絡が来てたんだ。鳴海さん、何度も実家の方に来てたそうよ。貴方を探して、貴方に会いたいって……どうして、別れたりしたの? あんなにも幸せそうで、大好きだったんでしょう?」

 

 朔也ちゃんに会いたい。

 私の本音は口にできない。

 だって、私は彼から逃げたんだもの。

 この障害を負ってしまった私は彼の傍にはいられない。

 病院の先生から初めて聞いた時、私はショックを受けた。

 自分の足で立つ、当たり前の普通の生活を送る事ができない。

 それは、朔也ちゃんにとっての負担にもなる。

 彼は優しいからこんな私でも受け入れてくれる。

 その気持ちを分かっていたからこそ、私は逃げた。

 

「私は、朔也ちゃんの事が好きで、でも……」

「ちーちゃん。貴方、自分の言葉で鳴海さんに別れを告げてないんじゃないの? 逃げてきただけ? 違う? ……もしもそうならば、それはいけないわ」

 

 姉の責める言葉に私は俯くことしかできない。

 朔也ちゃんを傷つけてまで、私は自分の心を守ろうとしている。

 ずるい私は彼に合わせる顔がない。

 彼の拒絶が怖かった。

 たくさん泣いて、悲しんで、悩んで。

 ……そして、今、私はここにいる。

 

「ちゃんとした別れもしないで、このまま、さよならでいいの?」

「……」

「手紙でもいい、彼に言葉で想いを伝えなさい。そうじゃないと、ちーちゃんだけじゃなくて彼も前には進めない。鳴海さん、教師の試験も受けずに落ち込んでいるんだって」

「嘘……!? 私のせいで、朔也ちゃんが……」

 

 ダメだ、それはダメ……絶対にダメ。

 私はハッとして、自分のした行動の愚かさを嘆く。

 大事な夢を諦めてしまう、それだけはダメだから。

 

「どうしよう、お姉ちゃん。私、どうしたら……」

「彼と元通りの関係には戻れないの?」

「それは……無理だよ。怖いの、彼の言葉で私を否定されるのが怖い。そんな事ないのは分かっていても、怖いの……」

 

 どうしようもない恐怖。

 それは、時間が解決してくれるしかない、心に受けた傷。

 お姉ちゃんは私の頭を撫でる。

 

「ちーちゃんのために、鳴海さんのために。どうすればいいのかよく考えて」

「私達の……ために……」

 

 私はひとりで別荘の外へと出た。

 天気の良い空の下、並木道沿いを私はまだ慣れない車いすでゆっくりと歩く。

 小鳥のさえずりを聞きながら、私はふと立ち止まる。

 湖岸のほとりに綺麗な花が咲いている。

 

「可愛い花……」

 

 私は昔から花が好きだった。

 そして、その花を見ていると私は初めて朔也ちゃんと出会った日の事を思い出す。

 大学の中庭の花畑、私が花を眺めていると彼に声をかけられた。

 はじめは私が親しくなれるようなタイプの人じゃないと思った。

 でも、見た目の印象よりも、彼は優しくて、穏やかで一緒にいると幸せになれた。

 あの日、私の中に初めて誰かを想う心が芽生えたの。

 思い出すのは楽しい日々の記憶。

 この胸にある恋心、消したくない。

 だけど――。

 

「……さよなら、朔也ちゃん」

 

 私は彼と決別することを決めた。

 朔也ちゃんは夢を諦めようとしている。

 私が彼の夢の邪魔をしたくない。

 互いに違う道を歩む事になっても、前に進まなきゃいけないから。

 きらきらと輝く太陽を見上げる。

 朔也ちゃんは私にとって太陽みたいな人だった。

 私だけの太陽だったんだ――。


 

  

 

 数日後、私は彼に手紙を書いて送った。

 幸いにも、まだ彼の実家である美浜町で、教師の採用試験があった。

 これに受かれば、彼はまだ夢を諦めずに済む。

 その資料も添付して、私は自分勝手に彼に別れを告げた。

 恋人関係の終わり。

 彼はきっとすぐに新しい人を好きになる。

 辛いけれども、それでもいい。

 朔也ちゃん。

 いつか、また会える日がきたら。

 その時には私も朔也ちゃんも夢を叶えていて。

 楽しく笑って会えたらいいね――。

 

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