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蒼い海への誘い  作者: 南条仁
第5部:私だけの太陽 〈大学生編〉
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第3章:夢の始まり《断章2》

【SIDE:鳴海朔也】


 ついに千歳がアメリカに留学する、その日。

 空港まで見送りに来ていた俺は、千歳を自分の腕の中に抱きしめていた。

 

「さ、朔也ちゃん。皆の前では恥ずかしいよ」

「もう一回、キスでもしておこうかな、と」

「うぅ、私もしたいけど……んっ」

 

 周囲を気にしながら軽くキスあう。

 恋人としての愛の確認。

 俺達も別れの時がきていた。

 恥ずかしがる千歳は顔を両手でおおいながら、

 

「朔也ちゃんってホントに強引だよね」

「今のは同意だったからOKだろ」

「……うん」

 

 互いに身体を離すと、俺は持っていた荷物を千歳に手渡す。

 

「もうすぐ時間だな。そろそろ、行って来い」

「朔也ちゃん。見送りに来てくれてありがとう」

「千歳。俺は待ってるから。1年後までちゃんと……お前を待ってる」

 

 彼女以外の女性を愛することはない。

 そう自分に言い聞かせながら。

 

「その言葉を信じてる。裏切らないでね」

 

 千歳は俺に小さな手を差し出して握手を求めてきた。

 握りしめる手の温もりを感じ合う。

 

「いってきます」

「あぁ、いってらっしゃい」

 

 愛らしい笑顔を浮かべた千歳が空港のロビーの方へと立ち去っていく。

 さよならは言わない。

 戻ってくる日に俺は出迎えてやればいいだけだ。

 千歳との一時的な別れ。

 俺自身、これが後に大きな分岐点になるとは思いもせず。

 その後姿を眺めながら、別れの寂しさを感じていた。

 

「……しっかりと自分の夢を叶えてこいよ、千歳」

 

 ただ、その事だけを祈っていた。

 

 

 

 

 千歳がいなくなってからの数ヶ月。

 俺も千歳も、いつもの日課のように毎日、メールのやり取りをしていた。

 だが、身体の距離が離れていくにつれて、心の距離も離れていくのが自然の流れ。

 千歳も夢のために頑張る事に必死になり、連絡も毎日が隔日に、やがて、一週間に一度となり始めてきた。

 半年も過ぎた頃、俺は友人の誘いで合コンに数合わせで行く機会があった。

 心の油断が招いた、そう思わざるをえない後悔をする出来事。

 

「……あぁ、俺はバカだ」

 

 思わずそう呟いた、初めての浮気。

 合コンでお酒を飲んだ勢いで、仲がよくなった女の子と一夜を過ごしてしまった。

 電話の声でしか存在を確認し合えない恋人。

 俺はそんな現実に満足できずになり、何度か他の女性に心が移りかけていた。

 悪い事は慣れていく、1度あれば2度、3度と回数を重ねる事に罪悪感が薄くなる。

 もちろん、他の女の子達を本気で愛することはない。

 ……俺の心の中にいるのは千歳のはずなのに。

 矛盾する気持ち。

 千歳を裏切り続けていた、最低の俺。

 挙句の果てに、本気になりそうな子さえできそうになりつつあった。

 合コンで知り合った他大学の後輩の女の子。

 完全に二股の恋愛だった。

 そんな時だった。

 千歳が電話越しに泣いていたのは……。

 彼女は普段は言わない弱音を呟き、素直な本音を口にした。

 

『ぐすっ、寂しい。朔也ちゃんに会いたいよ。……抱きしめて欲しい』

 

 泣くほど寂しさを、会えない事を苦痛に感じていたのは俺だけじゃなかった。

 ガツンっと頭を殴られたような衝撃。


「あぁ、本当に俺はバカなんだな」


 こんなにも想いを強くしている女の子がいるのに、浮気なんして平然としていた。

 そんな自分の弱さを恥じた。

 心の底から自分の行いを悔いた。 

 バカすぎる俺は、弱すぎる俺は……もっとしっかりしなきゃいけないのに。

 千歳の彼氏として、俺がしっかりしないでどうするんだよ。

 

「……俺もお前に会いたい。だから、待ってる。ずっとな」

 

 折れかけていた心を取り戻せた。

 半同棲していた浮気相手とは別れ、自分からも積極的に千歳との交流に努めた。

 会いたくても、会えない。

 心の距離を埋めるように頑張った。

 千歳の帰国のめどがたったと聞いたのは5月の中頃。

 

「もうすぐ、帰ってくるのか?」

『うんっ。こっちでの勉強も終わり。もうすぐ帰れるよ』

 

 千歳にとってアメリカでの経験は本当に有意義なものだったらしい。

 夢にグッと近付けた、と嬉しそうに語る彼女。

 

『朔也ちゃんにようやく会える。それが何よりも嬉しいの』

「俺だってそうだよ」

 

 切れそうだった関係も、何とか切れずにいた。

 恋人として、一つの壁を乗り越えられたんだ。

 強い気持ちを抱きあい、互いの再会を待ち望んでいた。

 

 

 

 

 そして、大学4年の6月、運命の日は訪れる。

 千歳の帰国当日、俺は空港で彼女が来るのを待ち続けていた。

 その日は台風が接近してるために離陸できるか心配はあった。

 大雨の降るガラスの向こう側。

 同じように誰かを待つ人々と共に空港のロビーで俺は彼女を待っていた。

 

「千歳との1年ぶりの再会か。会ったら、何を話そうかな」

 

 この1年で、電話で話していなかったこともたくさんある。

 俺も教師の夢を叶えるために、教員免許を取っていた。

 あとは教員採用試験に受かれば無事に夢を叶えられる。

 それと、俺の罪、浮気した事も素直に謝ろうと決めていた。

 

「――まもなく、……便が到着します」

 

 アナウンスの声に俺はガラス窓の外を見る。

 夜の空を、こちらに降りてこようとする飛行機が見えた。

 ようやく、千歳が戻ってくる。

 そう期待を胸に抱いた瞬間だった。

 誰かが窓の外を指さして騒いだ声をあげた。

 

「ひ、飛行機が燃えてるっ!? どうなってるんだ!?」

 

 そちらに視線を向けると、着陸したはずの飛行機から火花が飛び散っていた。

 大雨の中、煙と炎をあげて燃えていく飛行機。

 

「う、嘘だろ……? 何が起きてるんだよ、おいっ!?」


 無慈悲にも墜落する飛行機がスローモーションに見えた。

 

「あの飛行機には俺の恋人が、千歳が乗ってるのに!」


 その場にいた誰もが絶望の表情を浮かべてその光景を眺め続けるしかできない。

 

「――ちとせ……? 千歳ッ――!!!」

 

 最悪の運命が動き出したその日。

 俺はかけがえのない大事な存在を“失った”――。

 

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