第3章:夢の始まり《断章1》
【SIDE:鳴海朔也】
千歳は自らの夢を叶えるために留学をする。
その事に寂しさを感じながらも俺は応援することに決めた。
残された半年と言う時間はあっという間に流れていく。
あと数日で、千歳が旅立つ日が近づいていた。
「いらっしゃい。おや、鳴海君か。久し振りだね」
「どうも、マスター」
その夜は千歳を連れて、馴染みのバーにお酒を飲みに来た。
大学生が利用しやすい手頃な値段のバーで、俺も普段からよく利用してる店だ。
「へぇ、ここが朔也ちゃんがよく利用してるお店なんだ?」
「千歳は普段からお酒とか飲まないからな」
「お父様からもダメって言われて、あんまり飲んだ事がないの」
その理由、なんとなく分かる気がする。
そもそも、未成年(女子高生)にしか見えない千歳にお酒は似合わない。
「鳴海君は相変わらずモテるね。この前、連れていた女の子と違うじゃないか」
「へぇ……違う女の人と来たんだ」
「待て、千歳。違う。それはただの女友達です。変な意味はないぞ」
「……いいもんっ。私は飲みに誘われないだけだから」
千歳は唇をとがらせながら拗ねる。
「マスター、そう言う事を言わないでくれ。これが俺の本命の彼女なんだから」
「ははっ。鳴海君の場合は本当にコロコロと相手が変わるからねぇ」
「……こほんっ。その事はおいといて」
浮気を疑うような事をマスターもさらっと言いやがる。
そうやって、毎回、俺を困らせて楽しんでるからなぁ。
「マスター。お酒の初心者でも飲めそうなやつ、よろしく。俺はいつものでお願い」
「あいよ」
マスターに注文をして、俺達は座席に座った。
JAZZバーなので、心地のいいJAZZのメロディが流れる。
雰囲気の落ち着いた店なので、居酒屋とかとはまた違う。
「JAZZバーってこういう感じなんだ?」
「雰囲気がいいだろ?」
「うんっ。そして、朔也ちゃんは色んな女の子とここに来てる、と」
千歳の追求には沈黙で答えを返しておいた。
深く追求されても困るだけだし。
……そんなに何人も女の子と一緒にきてませんよ、ホントだよ?
「はい、お待たせ。カクテルでいいかい? 初めての子でも飲みやすい方だよ」
「どうも。ほら、千歳」
「ありがと。朔也ちゃんは?」
「俺はお気に入りのカクテル。味も美味しいから気にいってるんだ」
毎度、飲み過ぎてもアレなので、アルコールもそんなに強くない奴だ。
俺達はそれぞれグラスを傾けながら、
「それじゃ、千歳の夢の始まりに乾杯」
「……うん。頑張るね。乾杯」
グラス同士を軽くくっつけて音を鳴らす。
千歳は緊張した面持ちでお酒のグラスに口をつける。
普段は飲みなれていないお酒だからな。
「どうだ? そんなにきつくないだろ」
「……ん。思ってたより美味しいかも」
ここのマスターは腕は確かだからな。
お酒が初めての子でもすんなりと飲めるようなカクテルを作ってくれる。
「そりゃ、よかった。というわけで、千歳の出発も明後日か」
「準備は万端。でも、唯一の心残りは朔也ちゃんの浮気性を直せなかった事だけどね」
「そこは信用してほしい所ですな」
まったく持って、そういう心配はしないでください。
浮気しないように頑張るから。
俺の性格的にマジで頑張らないとダメな気がする。
自分の女癖のダメっぷりに軽くへこんだ。
「ホントに浮気しないで。私のこと、忘れちゃ嫌だから」
「こっちの想いも信じてくれよ。千歳。俺はさ、千歳が初めてなんだよ。心の底から本気で好きになれた女の子って」
「……朔也ちゃんの場合、誰にでも言ってそうな台詞だから」
「おーい、恋人が真面目に語ってるのに、その呆れた顔をしないで」
まさに普段の行いが悪い、自業自得か。
……そんなに女癖が悪いように思われてるのだろうか。
「私達が付き合い始めて、もう1年くらい経つよね?」
「そうだな」
「その1年で、私が朔也ちゃんって女癖が悪いなと思った回数は12回もあるの」
「お、おぅ。それはまた微妙な数字です」
信用度のなさに俺は自ら反省すべきだと思い知る。
あれぇ、自分としてはこれまでより控えてるはずなのだが。
彼女の友達経由で伝わる場合もあるのだろうか。
「夢の心配より、彼氏の浮気を心配する私の気持ちが分かる?」
「あはは……ごめんなさい」
「もしも、浮気したら……お姉ちゃんに言いつけるからね」
「社会的に抹殺されそうだ!?」
一流企業一族の御令嬢であらせられる千歳を敵に回すと怖い。
ていうか、千歳の家族は過保護なのでいろいろと怖いのだ。
余計なことはしないようにしよう。
「電話は無理でも、毎日でもメールはするから」
「そうだな。俺も遠距離恋愛は初めてだから頑張るとしか言えないが」
「あと、友達にも監視を何人か頼んでる。何か怪しい動きがあっても分かるからね」
「……お願いだから、少しだけでいいので信じてくれ」
せめて、そこから話題を離してください。
何度も釘をさすほど、心配される俺が悪いみたいじゃないか。
「だって、不安なんだもん。私がいない間に朔也ちゃんが他の子を好きになっちゃうんじゃないか、とか。私は朔也ちゃん以外に好きになる人なんていないのに」
「俺だってそうだっての」
俺はカクテルを飲みながら、ほろ酔い気分の千歳に目を向ける。
美少女で、天然系で、傍にいて誰よりも安心できる。
こんな恋人と出会えたのは奇跡的な運命だ。
「しっかりと海外で勉強してこい。俺も教師になるために頑張るつもりだからさ。俺も千歳も、一緒に夢を叶えようぜ」
「……うん」
大学3年にもなれば嫌でも現実を考えなければいけない。
大変だとは分かっていても、未来を考えていく時期だ。
互いの夢を叶えるために。
「マスター。もう一杯ずつ。同じので」
俺はさらに注文して、千歳とお酒を飲みながら、普段は喋らないような事まで話す。
「朔也ちゃんは生まれ故郷には戻らないの?」
「美浜町にか? どうだろうな。田舎に戻るつもりは今のところは考えてない。帰りたいと思っていても、現実の問題として、すっかりと心は離れているからな。できれば都会の方で就職できたらいいって考えている」
テンポのよいJAZZの音色をBGMに俺達は夢を語り合っていた。
約1年間の恋人との別れ。
夢の始まりのためとはいえ、離れるのが寂しい。
そんな気持ちを互いに抱きあっていたんだ。