第2章:太陽に恋して《断章3》
【SIDE:鳴海朔也】
「朔也ちゃん、起きて。起きて~っ」
俺の身体を揺らす女の声。
目を開けると、パジャマ姿の千歳が俺を起こしていた。
「おはよー。朔也ちゃん」
「ん。おはよう。千歳」
眠い目をこすりながら俺は起き上がる。
千歳が俺の顔を覗き込むようにしていた。
「朝ごはんできたよ。早く食べて、大学に行こうよ」
「そうだな」
千歳と恋人になって半年も過ぎれば、こんな風に一緒に朝を迎える事もある。
意外にも朝に強い千歳に起こされていた。
「まともな料理くらいはできるようになって欲しいものだ」
「ひどいっ。私だって頑張ってるんだからね」
付き合い始めた当初に比べれば成長はしてるだろう。
だが、目の前の朝食もどきはまだまだ改善の余地がありすぎる。
こげたパンと卵焼き、まだ食べられる範囲なのは成長の証だろう。
料理未経験だったお嬢様である千歳も成長はしてる。
努力は認める、そう思いながら俺達は食事を始めた。
「……あのね、朔也ちゃんに言っておきたい事があるの」
「なんだ?」
「私の夢、前にも話した事があるでしょう?」
千歳の夢。
俺が教師を目指しているように、千歳にも夢がある。
「翻訳家になりたいってやつか」
「そう。私……今、考えてる事があるんだ」
「……考えてること、ね?」
千歳は子供っぽいように見えるが、考えている所は考えている。
こうみえて大学生なのだから、まともに自分の事を考えるのも普通なワケだが。
「私、アメリカの方に留学しようかなって」
「……マジで?」
「うんっ。大学の方からもそう言う話があるんだって。お父様も認めてくれているし、頑張ってみようかなって思ってるんだ」
「留学か……。そもそも、千歳に一人暮らしとかできるのか?」
微妙な疑問を投げかけてみる。
そこからが問題だったりする。
「失礼だよっ。私だって、それくらいできるもんっ」
「あー、ごめん、ごめん。冗談だからそう怒るな」
「むぅ。朔也ちゃんってばホントに意地悪さんなんだから」
千歳は良い所のお嬢様であり、常識も多少あるような、ないような。
そんな恋人を心配になるのは普通だろう。
「大丈夫だよ。私はお父様のお友達の所にお世話になる予定でもあるの」
「そうなのか。だったら、心配はないな」
「……朔也ちゃんの私の評価が低い気がするの。恋人として寂しいよ」
俺はうなだれる千歳の頭を撫でながら、
「悪い。からかっただけだ。ホントはさ、寂しいなって気持ちがあるんだよな」
当然だ、留学ってことはしばらくは会えなくなるのだから。
千歳は今までの恋人とは違う。
俺に色んな事を教えてくれたり、影響を与えている女の子だ。
それゆえに、今、ここで離れてしまう事に寂しさを感じていた。
「朔也ちゃん。私も寂しいよ」
「でも、それが千歳の夢ならば……俺は応援する」
俺がなりたい夢を追っているように。
千歳が願い、追い続ける夢もある。
その夢を叶えるために、留学ってのは必要なんだろう。
だとしたら、俺は反対できない。
「ホントに?」
「あぁ。それに前からそんな話もしていたからな」
「よかった。でもね、心配なのはもうひとつあるの」
千歳が俺の方をジッと見つめてくる。
……何だろう?
俺、何かしましたか?
「――心配なのは朔也ちゃんの浮気性」
「グサッ!?」
俺の心は千歳の疑惑の視線を受けた事で傷ついた。
「ちょっと待て。俺は千歳と付き合ってから一度も浮気なんてしたことがないだろう!? その疑惑はどうなんだ?」
「えーっ。だって、私のいない所で知らない女の子達に囲まれてたり、デートのお誘いを受けてたり、こっそりと合コンに行こうとしてたり、実際に行ってたり。私も色々と聞いてるんだからね? 知らないと思ってるでしょ?」
「……疑惑を受けるだけの事はしてました、ごめんなさい」
ここは素直に平謝りしておこう。
千歳は恋愛面においては思いのほか、かなり厳しい。
浮気でもしようものなら……。
考えたくもないな。
「でしょ? だから、私がいない間にこっそりと浮気しちゃうんじゃないかって心配なの。朔也ちゃんってモテるじゃない。その辺が怖いなぁ。気持ちが離れる事も、嫌だから。私の気持ちが分かってくれる? それが不安なんだよ」
「……善処はします」
「浮気したら許さないからね?」
頬を膨らませる千歳。
まぁ、俺だって彼女の事が好きなわけで。
好きな女がいる俺がいくら寂しいからって他の女に浮気する男でもない、はず。
……頑張ろう、俺。
「俺の心配はしなくていい。だから、自分の夢を叶えてこい」
「自分の夢は叶えてくるけど、朔也ちゃんが心配です」
「それはいいから。こほんっ……い、いつくらいに行くつもりなんだ?」
強引に話をそらせようとする。
千歳はジト目ながらも、本件の方に話を戻した。
「5月くらいかな。そこから1年の予定なの」
「これから半年程度はまだ余裕があるわけだ?」
すぐにでもってわけではないようだ。
まだ出発まで半年も先だ。
「そうだよ。話を進めるのにも時間は必要だもの」
「そっか。でも、半年なんてあっというまだからな」
俺と千歳が出会い付き合い始めてからなんて、本当にあっというまだった。
楽しい事も、悲しい事も、怖い事も色々とあったけど、満たされていた。
「だから、それまで朔也ちゃんと一緒にいられる時間を大事にしたいな」
むぎゅっと抱擁してくる彼女を俺は受け入れる。
可愛い恋人。
これから先も続いていく関係を信じていた。
「朔也ちゃんの浮気性はどうすれば治るのかなぁ。あと半年でどうにかなる?」
「……わ、分かりません」
「浮気は絶対に許しません。こんな独占欲、初めてだよ」
そして、千歳にはもうちょっと俺を信じて欲しかった。
俺達はまだ知らないでいる。
この1年後に待つ俺達の未来を、結末を。
まだ何も知らないでいたんだ……――。