第2章:太陽に恋して《断章2》
【SIDE:一色千歳】
朔也ちゃんとの交際。
私にとって初めての恋人。
期待に満ちた恋の始まり。
「最近のちーちゃんは何だか浮かれていない?」
私は家のリビングでくつろいでいると、お姉ちゃんが顔をのぞかせる。
一色百合(いしき ゆり)、私の大切なお姉ちゃんだ。
「そうかなぁ?」
「そうよ。ちーちゃん。最近は楽しそうだもの。大学が楽しいの?」
「ううん。違うよー。お姉ちゃん、私にも彼氏ができたんだ」
私がそう言うと彼女は唖然とした表情を見せて、
「ウソでしょ? ……ちーちゃんに? ありえない……ホントに?」
「何でそこまで驚くの?」
「何て言うか、想像もできなくて。へぇ、彼氏ができたんだ? どんな人?」
「とっても優しい人なの。朔也ちゃんって言うんだ」
お姉ちゃんは最初は驚いていたけども、彼の写真を見せたりすると興味ありげに、
「カッコいい子だね。でも、意外かも。千歳ってこういうタイプが好きなんだ」
「容姿に惹かれたんじゃないの。朔也ちゃんは太陽みたいなんだ」
「太陽?」
皆、そんな表現をすると不思議そうな顔をする。
どうして分からないかなぁ。
「それは温かいって意味かしら?」
「うーん。温かいのは間違ってないけど違うかな。朔也ちゃんはね、太陽みたいに私を優しく包んでくれるの。だから、すごく安心できる。傍にいると安心できる人を好きになりなさいってお母様も小さな頃から言っていたもの」
「そうね。ちーちゃんはずいぶんと彼がお気に入りなんだ?」
「だって、大好きな人だもんっ」
笑顔で言うとお姉ちゃんは私の頭を軽く撫でて、
「素敵な人なのね。私もいつか会ってみたいわ」
「近いうちに連れてくるよ」
「あら、そう。だったら、お父様にも紹介してみれば?」
「うんっ。そのつもりだよ」
私が躊躇なく言うとお姉ちゃんは小声で、
「……ちーちゃんの無自覚さが怖い時もあるわ。彼も大変ね」
「ん?」
「何でもないわ。お父様も気にいるといいね。楽しみにしてる」
そういいながらも、どこかお姉ちゃんの不安そうな顔が印象的だった。
……どうして?
私は彼氏ができた事をお父様に報告すると彼は表情を固まらせる。
「ち、千歳? 今、何と言った?」
「だから、彼氏ができたのっ」
ちょうど後ろを通りがかった弟は「マジで!?」と驚いた。
「もうっ。皆、驚きすぎっ!」
「恋人なんて千歳にはまだ恋は早いんじゃないかな」
「お父様、私も20歳だよ! 恋くらいするもん」
「……姉ちゃんに恋人ができるなんて想像できない」
高校生の弟にまでひどい事を言われてしまう。
私だって年相応に恋愛くらいするのに。
「千歳。恋愛も夢もキミの自由にすればいい。僕はそれを応援するつもりだった」
「……だった?」
うちの場合はお兄ちゃんがいるから跡取りも心配いらない。
だから、私はものすごく自由なんだ。
でも、お父様は表情を曇らせていた。
「だが、しかし。僕も気が変わったよ、彼を見極めさせてもらおう」
「はい?」
「今度の日曜日にでも我が家に連れてきなさい。ぜひ、お会いしたい」
「朔也ちゃんに会いたいの? いいよ、連れてくるから」
私がさらっとそう言うと、お父様と弟は顔を見合わせた。
何だか複雑な表情浮かべる。
弟は「姉ちゃんの天然スキル発動だ。彼氏さん、ピンチ」と何だか不思議な事を言って自室に戻ってしまう。
お父様はとても神妙な面持ちで、
「……まさか千歳の恋人と対面することになるとは驚きだ。母さんも驚くぞ」
「ねぇ、ピンチってどういうこと?」
「僕の口からは言えないね……」
よく分からないけど、朔也ちゃんと会えば皆が気にいってくれると思う。
本当にいい人なんだもん。
「……千歳、これはどういうことだ?」
数日後、私は朔也ちゃんを家に招いた。
彼とデートする約束があったのでこっちに変更をしたの。
「私の家にご招待。お父様が会いたいんだって」
「ま、待て。待ってくれ。あのな、千歳。……マジで?」
「うん。あっ、お母様は今、お仕事で海外の方にいるから会えないけどね。お父様とお姉ちゃんがぜひ朔也ちゃんに会いたいって」
私の言葉に顔を青ざめさせる朔也ちゃん。
先ほどまでの余裕な表情がいっきに暗くなる。
「あ、あのさ、千歳。俺、今日はめっちゃラフな服装の上に菓子折りとか持ってきてない。今日はやめにしないか?」
「えーっ。そんなの気にしなくていいよ。ね? ほら、入って」
私は朔也ちゃんの背中を押す。
「ノーっ!? ダメだ、千歳。俺には心の準備が、覚悟ができてないっ!?」
「いいから、いいから。美味しいお菓子も用意してるんだよーっ」
「そう言う問題ではなくて、あのな、ちと……せ……」
彼が言葉を詰まらせる。
玄関で私達を待っていたのはお姉ちゃんだった。
「あら、来たのね。初めまして、千歳の姉の百合です」
「は、初めまして、鳴海朔也です。すみません、こんな恰好で」
「千歳の彼氏にしては少し派手なイメージではあるけども、この子は人を見る目があるもの。私はそれを信じてるわ。ただし、可愛い妹を裏切ったら……社会的にどうにかしちゃうかも。権力がある人間をなめない方が良いわよ?」
「そ、そんなことはしません、です。大事にお付き合いさせてもらってます!」
朔也ちゃんが何だが必死なので私は思わず笑ってしまう。
「変な朔也ちゃん」
「……千歳も無自覚なのが残酷よね。鳴海さんも大変だ」
「もう慣れましたけど。それも千歳の魅力だと思っています」
「そっか。そう言う所も含めて千歳を愛してくれてるなら安心したわ」
お姉ちゃんはそう言って彼を認めてくれたみたい。
彼女は彼に「頑張って」と応援してくれる。
緊張する朔也ちゃんと共にリビングに入ると、お父様が待っていた。
「いらっしゃい、鳴海朔也君だね。話は千歳から聞いてるよ」
「おじゃまします。そ、その突然だったのでこんな恰好で申し訳なく……」
「いや、まぁ……今時の若者らしくていいんじゃないかな。どうぞ。座りなさい」
眉をひそめるお父様。
朔也ちゃんはガチガチに緊張している。
そんなに緊張しなくてもいいのにね?
「朔也ちゃん。お茶飲む? 紅茶? コーヒー?」
「コーヒーで……いや、やっぱり、紅茶にするよ」
私はソファーに彼を座らせると、お茶を用意する。
「鳴海君。千歳と交際をしてるそうだね?」
「は、はい。お付き合いをさせてもらってます」
「どうにも千歳は大事に育て過ぎてしまった。キミのような男の子と交際するとは思ってもいなかったのだが……」
「朔也ちゃんは良い人だよ」
私は彼にお茶を入れてカップを手渡す。
朔也ちゃんは緊張のあまり、ティースプーンをテーブルに落とす。
「ははっ、緊張しなくても良い。鳴海君、僕は千歳が気にいった相手ならば、特に反対する気はないんだ。ただ、親としては心配でね。我が家につれてきてもらったわけだ」
「はぁ……」
「見た所、千歳は本当にキミを好いてるようだ。鳴海君のことはそれなりに聞いている。中学時代まで、美浜町にいたそうだね。もしや、キミのお父さんは荒井商事の鳴海部長じゃないかな?」
朔也ちゃんにお父様はそんな事を尋ねていた。
「そうですけど? 俺の父を知っているんですか」
「あぁ、やはりそうか。美浜町という土地と鳴海と言う名字でもしやと思っていたが。彼とは古い友人なんだ。若い頃はいろいろと世話にもなった。地方に行ってしまい、長らく離れていたが先日に再会してね。法政大学に通う息子がいるといっていたよ」
「なるほど……。今は実家から出て一人暮らしをしてます」
最初は緊張していた朔也ちゃん。
でも、私のお父様は気さくな方なので話をすれば雰囲気も和む。
やがて、慣れてきたのか楽しそうに会話をする。
「そうか、キミの趣味は釣りか。いいねぇ、僕も若い頃はよくクルーザーを運転しては釣りをしていたな。今も時々しているよ」
「すごいですねぇ。クルーザーも持っているんですか。本格的じゃないですか」
「釣り好きが高じてね。船は維持費もかかるが、船釣りが一番楽しい。鳴海君も機会あればぜひ一緒に……」
釣り好きなお父様と話題があったのか朔也ちゃんも楽しそうだ。
そのうちに一緒に釣りに行こうって、お父様と約束したりして。
そんな風に最後は和やかに時間を過ごしていたんだ。
夕食後、私は朔也ちゃんを見送りに玄関まで出る。
「千歳のお父さんは良い人だな。最初は緊張したけど、話してみれば気さくな人だった。俺の親父とも知り合いだったようだしな。それにしても、姉さん、美人過ぎだろ。話には聞いてけど、すごい家族だな」
「お父様も朔也ちゃんの事を気にいっていたよ」
「そりゃ、よかった。だけどな、千歳。こんなドッキリはこれっきりにしてくれ。俺も今日は寿命が縮まるかと思うほどに緊張したんだから……。突然はまずい、心の準備くらいさせてくれ」
「はーい。でも、お姉様もお父様も朔也ちゃんを認めてくれたから嬉しいよ」
私が彼に微笑むと、そっと身体をぎゅっと抱きしめてくれる。
「千歳が家族から愛されてるのがよく分かった。良い家族だな」
「うんっ。皆、大好きっ。もちろん、朔也ちゃんの事も大好きだよ」
朔也ちゃんもいずれはそんな家族の一員になって欲しいな――。