第1章:好きになっていく《断章3》
【SIDE:鳴海朔也】
千歳からの愛の告白。
まさか、と言いたくなる展開だな。
気に入られるとは思っていたが、彼女から好きと言われるなんてそこまでは想像していなかった。
そして、俺自身、思っている以上に千歳に惹かれていたのだ。
今まで俺が出会った事のないほどに純粋な女の子。
それゆえに、惹かれ、恋をした。
「ここが朔也ちゃんのお家なの?」
「……まぁな。ここで一人暮らしをしている」
東京に家族ごと引っ越してはきたが、大学に通うために離れた場所にアパートの一室を借りて生活をしている。
それに大学生にもなると実家暮らしは女絡みやら生活の事で厳しいだろ。
基本的に家には恋人以外を上げる気はない。
たまにうちの母親が様子を見に来ようとするのを電話で阻止するくらいだ。
……代理として実家の近所に住む従妹が送り込まれてきたときはマジで焦った。
『兄さんの女性関係を調べてきて、と叔母さんから頼まれてきました』
女子中学生になんてものを調べてこいというのだ、わが母は……。
部屋の中には当時、付き合っていた女性の私物やら下着やらがあって。
『あちらこちらに女性の影あり。兄さん、あまり派手なことはしないように』
真顔で嘆かれると俺も辛いわ。
年下の従妹にいろいろと詮索された過去は俺にとって屈辱だった。
あれ以来、恋人以外は上げないと心に決めていたのだった。
それはさておき。
デートも終わり、帰り際にいきなり千歳は俺の家を見たいと言い出した。
これからの事もあるし、俺もOKを出したんだが……。
「朔也ちゃん、部屋汚い……」
俺は家に千歳をあげてから後悔する事になる。
「男の部屋はだいたい、こんなものなの」
「そーなの?」
千歳みたいなお嬢様には庶民の野郎の部屋なんて入る機会もないだろうが、大抵はこんなものだ。
間取りもそれほど広いわけではない。
普通の学生の一人暮らし用のアパートだからな。
「ねぇ、朔也ちゃん」
「なんだよ?」
「――あっちに女の子の下着が落ちてるんだけど?」
――ナンデスト!?
廊下の端に下着らしきものが落ちていた。
多分、元カノのものだ。
「き、気にするな」
俺はそれをこっそりと拾いながら苦笑いで誤魔化す。
「……まさか、朔也ちゃんの?」
「違います、俺には女装趣味などないから心配するな」
「そっか。もしも、そんな趣味があったらどうしよって思っちゃった」
言われて気付いたが、この部屋にはまだ元カノの私物が残ってる。
まとめて今度送ってやることにしよう。
俺自身、こんなに早く恋人ができるとは思っていなかったわけで、面倒で部屋の整理もろくにしてなかった。
まずい、これは非常にまずいことになりそうだ。
「朔也ちゃんはここに誰かと住んでるの?」
「ま、前の彼女の私物があるだけで、今は一人暮らしだ。ホントだぞ?」
ほんの2週間ほど前に別れた恋人の私物。
千歳は気になったのか、部屋を見渡して言うんだ。
「……朔也ちゃん」
「は、はい?」
「うぅ、今度は女の人の裸のDVDが……えっちなのは嫌いだよ」
「ごめんなさい、部屋を片付けるから待っていてくれ!?」
DVDを片手に呆れてため息をつく千歳。
せめて、片づけくらいしてから千歳を部屋にいれるべきだった。
後悔をして慌てて片付けようとする。
けれど、千歳もそれを手伝い始めたのだ。
「私もお手伝いするよ」
「え? あ、いや……」
変な物を隠したい意味での整理なので千歳にされると困るっていうか。
そんな俺の気持ちとは裏腹に千歳は別の思惑があったらしい。
「――私もするよ。前の彼女さんの荷物はもう朔也ちゃんの部屋にはいらないよね?」
元カノの私物を見つめながらはっきりとした強い口調で言う。
意外と言っては失礼だが、千歳は結構、独占欲の強いタイプらしい。
「だって、今日からは私が朔也ちゃんの恋人だもん」
そう言う所を気にするタイプに思えなかったので驚いた。
そりゃ、普通の女の子なら当然だよな。
「あぁ、そうだな。片付けるのを手伝ってくれ」
「うんっ!……あっ、またDVDが」
「それは見ないで!? 俺が片付けるから!」
前の彼女が気にしないタイプだったゆえの油断。
大いに反省しながら、俺達は部屋を片付けるのだった。
DVDその他は押し入れの中へ、元カノの私物は段ボールに詰め終わりのちに配送準備、その他もろもろの掃除が終了した。
たった1時間くらいで見違えるように俺の部屋は綺麗になった。
千歳はぽやっとしてるただのお嬢様かと思いきや、整理整頓が上手というか、掃除がうまいのでびっくりした。
「意外と掃除が上手なんだな」
「いつも、プロの人がやってるのをよく見るから。うちには家政婦さんがいるの」
「……なるほどね」
一流のお嬢様は伊達じゃない。
見るのも経験というやつだ。
「綺麗になったね、朔也ちゃん」
「おかげさまでな。こんな時間になったし、駅まで送るよ」
千歳の家は駅で二つ先なので、俺たちは家を出ようと準備する。
「朔也ちゃん。今度は私が私物をここに置いてもいい?」
「ん? あぁ、別にかまわないが……そうだ、ちょっと待て」
俺はタンスから合いカギを取り出す。
つい先日まで別の相手が使っていたもの。
俺は気持ちを切り替えながら、それを千歳に手渡す。
「これ、俺の部屋の合いカギ。いつでも来ていいからさ」
「私に? いいの?」
「恋人同士だし、俺の部屋を綺麗にしてくれたからな」
それに何より、千歳はそれを望んでいる気がした。
わざわざ、俺の家に来たがったのも、元カノの私物チェックをしに来たんだと思う。
どうせ、彼女の友達のアドバイスだろうけどな。
『彼と恋人になったら部屋をチェックした方がいいよ』
そんな事を言われていたに違いない。
本人もなぜ、俺の部屋を片付けなくてはいけないのか、目で見て実感したようだ。
合いカギを受け取ると、千歳はそれを手にしながら、
「ありがとう、朔也ちゃん」
にっこりとほほ笑みを浮かべる。
可愛い笑顔に俺は軽く抱きしめた。
「……私、朔也ちゃんの恋人になれたんだよね。何だかとても嬉しいなぁ」
「悪い男に騙されてるんじゃないか」
「あははっ。朔也ちゃんは大丈夫だよ。だって、心はとても綺麗だから」
俺の胸にそっと千歳は手で触れる。
「……私が初めて好きになった男の子。朔也ちゃんは良い人だよ」
真顔で言われるからこちらが照れくさくなる。
「千歳の期待に応えられるように努力はする」
「期待しちゃうよ、朔也ちゃんのことは本気だもん」
千歳と言う恋人を大事にしたい。
今度こそ、今までのような適当な恋愛じゃなくて真面目な恋をしたいんだ。
それができる相手こそ千歳なんだ。
そのためにも、俺も変わらないといけないな。