昭和の景色と摩天楼
伯爵家の馬車はどこまで行くのだろう? と他人事の様に考えていたが、その旅程が十日近くに及ぶと、さすがに不安の方が勝ってくる。
一緒についてきてくれている伯爵家の方々は親切にしてくれているが、それは学校に着くまでという話だ。
つまり、私は一人で学校の寮で生活する予定なのである。
一人暮らしは日本にいた頃経験済みだし、精神的には一人暮らしに向いてはいる性分らしい。
何だか「アウクスブルク」はエリート養成所みたいな学校でもあるらしくて、なんと部屋も一人で一部屋使えるとのことだし。
だから不安は……言葉にしづらいけど、都会の生活、というものに私は漠然とした不安があるのだろう。
物価とか治安とか、そういう面だ。
こっちの世界に来てからずっと田舎の村で生活してたからなぁ。
一番の都会と感じていたギーガーには何回か行ったけど、あれは本当に観光状態だったし。住むとなれば勝手が違うのだろう。
その辺りは素直に伯爵家の方々にも聞いてみたんだけど、伯爵家の方々もこれから向かう首都トレヴォロについてはよく知らないらしい。
封建社会では考えてみればそれも当然かも、と早々に諦めた。
ここで無茶を言って、十日余りの旅程が過ごしにくくなるのもいやだしね。
で、その十日後――
窓の外に現れる木がリズムを刻み始めた。
誰かが、というか人間が一定の間隔で木を植えているのだろう。
つまり今見えている木は街路樹。
そう認識したことがきっかけだったのだろう。
馬車の、というか蹄の音と、車輪の音が変化している。
道が舗装されているのだ。
そこで窓に頬を寄せて、前の様子を窺ってみると、まずはっきりわかるのは灰色の壁。
その壁よりも高くそびえ建つ、いくつかの建物。
今はまだ霞の向こうにあるような感じだ。
馬車は真っ直ぐにその壁に向かうのではなくて、緩やかに右へとカーブしながら近付いてゆくコースを辿るようだ。
まだまだ壁は遠いのか、それぐらいでは風景に変化は感じられない。
それよりも先に変化に気付いたのは、街道の様子だ。
馬車が行き交う、いわば車道と、歩行者が歩く歩道が完全に分離されていて、その様子が何とも私の中の日本人の郷愁を誘う。
歩行者の様子は、日本とはまるで違うのだけれど、巨大なリュックサックを担いだ人たちもいて、その様子は何だか昭和の風景、という感じもするし。
何なら車道にオート三輪とか走ったりしてそうな雰囲気でもある。
自分が乗っている馬車が六頭立て、何て日本ではまず見られない乗り物であることをしっかり意識しなくては。
――首都「トレヴォロ」
これは日本人にとってはヤクい街なのかもしれない。




