臭いによるアイデンティティ
「目が覚めたら、こんな世界は消えてしまえーーー!!」
……なんて台詞はきっと「ゼーガペイン」で聞いたんだな。
確かこの台詞で本当に世界が消える。
でも《《この世界》》は消えたりはしない。
私は変わらずに「ジョセフィン」のままだ。
そして目の前にはうずたかく積まれた堆肥と、これから堆肥になる糞の山。
この吹き溜まり、内部は結構な広さがあったはずなんだけど、その敷地のほとんどが堆肥に占拠されている。
何しろ近隣の村の糞も吹き溜まりに持ち込まれるようになったからね。
ロート村はまだ「近隣」になると思うけど、メナン村とザーギ村は近隣とは言い難い気もする。だけど、それでも運ぶって言ってるんだから仕方がない。
……当然、臭いはとんでもない事になってしまっている。
吹き溜まりでなければ、どこまで悪臭が拡散したのかわからないなこれ。
あと発酵の際の熱も結構なもので、吹き溜まりでは雪が積もることもない。
私の《聖女》の祈りは冬に最も多く糞に捧げられることになるので、何だがおかしな気持ちになる。気温だけなら、春を通り越して初夏に近いんじゃないかな?
嗅覚は疲労しちゃうと、機能が低下するので、臭いに関してはさほど気にならないんだけど。
それでもしっかりと口元は覆い、頭にはスカーフ。
体は肌が露出しないようにしているから、それで暑さが割り増しになってる気がする。
「ジョー! 追加だ」
「はい。こちらにお願いします」
パウルおじさんから声がかかった。
確か次はメナン村からの糞が届くはず。
それを吹き溜まりに降ろしてゆくのは、さすがに私の仕事ではないけれど――まだまだ体が小さいからね――段取りを決めるのは私だ。
冬の間なので、ここまで運んでくる時には臭気も控えめなんだけど、この気温ではなぁ。
糞が入った樽の蓋も開けられてしまうし。
……まぁ、それも私が選んだ道だ。
こんな「世界」で進むべき道を見失いつつある今、こうやって目の前にやるべきことがあるのは――まぁ、ありがたい事なんだろうな。
何よりこの強烈な臭いが、この世界は現実だと訴えているように感じられるのが……救いなのか。それとも無駄な抵抗なのか。
そんな臭いによるアイデンティティ。
いやそれよりも私が頼むべきは女神アリスなのかもしれない。
神と設定された《《なにか》》。あるいは主神レールと名乗るナニモノかを意識するべきなのか。
そんなヨコでシマともいえる祈りだったはずなのに、何だか今日の祈りは手応えがある。
そんな馬鹿な、という話なんだけど、感覚的にそんな感じだ。
――感覚的?
そんな言葉が全部虚しく思える。
……しかしこの世界は目覚めない。




