熊は生きていた。想定外に
私は思わずカルト卿の袖を握っていた。
「だ、大丈夫なんですか!? 体調が悪かったりとか、めまいがするとかは……」
「い、いや、心配させたようだが私はこのようになんでもないぞ」
「猟師小屋に飛び込んだ瞬間にも!?」
「ああ、それも大丈夫だ。そのまま熊の首筋に斧を叩きこむことが出来たのだからな」
そういうスプラッタは脇に置いておいて。
お母さんの顔色が悪くなってるから、その辺りはスルーでお願いしたい。
「ああ、ジョーずっと言ってたな。すぐに飛び込まないで、まずは穴を開けろって」
ゲルトおじさんがようやく私の注意を思い出してくれたようだ。
口が酸っぱくなるほど注意したはずなのに。
そんな風に咎める私の視線に気づいたのか、ゲルトおじさんがのけぞりながら言い訳する。
「俺ぁ、ちゃんと言ったよ? でも、そこのが――」
「熊が寝ている時に一気に奇襲をかけるべきだと考えてな。実際、それで怪我を負わせることが出来たことが大きい。被害は最小限で済んだと言っても良いだろう」
カルト卿の分析は正しいのだろう。
だけどそれは……ああ、そういう事ならもう一つ確認すべきことが出来てしまった。
「じゃあ、カルトさんの攻撃で熊は倒れなかったんですね?」
「うむ。それが恐ろしい話でな。最初の一撃には魔力を乗せていたので何とか傷を負わせることが出来たが、それ以外の攻撃は恐らく通ってはいまい」
「ああ、あれはダメだ。矢なんか全然役に立たない。あんたが来てくれなきゃ、酷いことになっていた」
そこから再び、二人による熊退治の顛末が語られることになった。
どうやらカルト卿から一撃を貰った巨大熊は、猟師小屋を破壊しながら姿を現したようだ。
そして周りを囲んだ猟師たちの矢は全く効果が無く、兵士たちが剣で斬りかかったらしい。
そうやって近付いた兵士二人が軽傷を負ってしまったという事だ。
それでも軽傷で済んだこと。そして巨大熊が力尽きたのも最初のカルト卿の一撃で深手を負っていたからのようだ。
それでも一晩の間、巨大熊を遠巻きに囲むことしかできなかったとのこと。
「それは確かにとんでもないですね……」
最初に話をせがんだ身としては、ありきたりであっても《《らしい》》感想を口にすることにしておく。
けれど、そんな平凡さがかえって二人を感傷的にさせたようだ。
しみじみと杯を呷っていた。
「それで、熊はどうなるんでしょう? 毛皮とかは……」
お母さんが、何だか逃げ出すようにそんなことを尋ねると、カルト卿がしかつめらしくこう応じた。
「毛皮に関しては伯爵閣下に献上させていただくことになるでしょうな。各村にはそれぞれ見舞金が下賜されることになるかと」
「それは当然だな。肉は分けさせてもらうぞ」
「それもまた当然かと」
聞くべきこと、確認すべきことはすでに済んでいた。
あとは……あとはどうすれば良いんだ?
――限りなく現実のものだとは思えなくなったこの世界で。




