【2】幼き手に映る幻の都
■1【盃に映る京の未来 ~二人の苦悩と共鳴~】
明治二十五年十一月、京の夜は冷たい雨に濡れていた。木屋町の高瀬川沿い、小さな料理屋の一室。障子越しには、雨音にまじって高瀬川のせせらぎと夜警の拍子木が響き、古都の静寂を滲ませていた。部屋の中では、燗酒の湯気と、語らいの熱が障子紙をほんのり曇らせている。向かい合って座るのは、建築家・片桐陽介と、庭師・野々村拓海。歳こそ少し離れてはいるが、かつて岩倉具視の志に触れたという点で、二人はどこか魂を通わせていた。建築と庭園。異なる道を歩みながらも、京という土に根ざした者にしか分からぬ、静かな火が宿っていた。杯を三巡ほど交わした頃、片桐が口を開いた。
「中村副会頭らも、紀念祭をただの賑わいで終わらせたくはないと、連日頭を抱えておられる。先日の会合でも、勧業博覧会だけでは記憶に残らぬと—後世に遺る“象徴”が必要だと、皆そう感じている」
その声は、静かだが芯があった。建築家としての矜持と、都市に宿る精神への責任が滲み出ていた。
野々村は黙って頷き、燗酒を口に含んだあと、慎重に言葉を選んだ。
「実は私も……先日、中村さんから内々にお話を。何か、魂を宿す“空間”を、と。植治先生が適任との声もあったようですが、私にも、と仰ってくださった。その言葉が、正直……重くて、怖くもあります」
「…南禅寺界隈で手がけられた先生のお庭を拝見したばかりでしてな。石と苔、水と空、何も語らぬのに、まるで千年の時がそこに息づいているようでした。私はまだあの域には到底届かない」
盃の底を見つめるように俯くその表情には、野心と畏れが交錯していた。名声や比較ではなく、ただ“本物”の重みに打たれているのが伝わった。
「だが—」野々村は顔を上げた。
「京都の土と生きてきた者として、千年の都にふさわしい“魂を込めた庭”を創りたいという気持ちは…、あります」
その静かな決意に、片桐は深く頷いた。彼自身もまた、己が背負う“言葉”に折に触れ、胸を焦がしていた。
(……岩倉様。あなたは、あの欧州視察の旅でモスクワの姿を見て、京都こそ文化の首都であるべきだと仰った。そして病床のあの夜、「片桐……京都を頼む」と手を握りしめてくださった。私は、あの眼差しを裏切るわけにはいかない)
「野々村君、魂を込める、か……。私も建築で同じことを考えている。ただ模すだけでは、過去を継ぐ意味がない。再現であってさらに創造でもありたい。明治の技術の粋を集め、未来へ誇れる“京都の象徴”を築きたい。それが、師への恩返しになると信じている」
その言葉には、片桐の内にある焦燥と信念がにじんでいた。何かに取り憑かれるような、純粋すぎるほどの建築への情熱—いや、信仰にも近いそれに、野々村はある種の畏敬を抱いた。
「……私は、片桐さんのその覚悟に応えられる庭を、必ずお見せしたい。建物と庭。形は異なれど、ひとつの祈りとして響き合うような空間を」
その夜、二人は未来の形をまだ知らなかった。ただ、同じ方向を見つめる眼差しと、その奥に潜む迷いと願いが、盃の中に交差していた。
やがて雨は上がり、空には雲間から細い月が顔を覗かせていた。濡れた石畳に映る光に、二人の小さな決意がそっと重なっていた。
■2【砂場の都、京の魂を託す邂逅】
あの夜、片桐と「後世に残せるもの」への共鳴を分かち合った後も、野々村拓海の胸には、その問いが重たく残っていた。
数日後の休日。秋の陽光がやわらかく庭を照らす午後、野々村家では、昼餉を終えた後の静かな時間が流れていた。妻の早苗は縁側で干し物の位置を整え、拓海は軒下に腰を下ろして、庭の隅で遊ぶ息子・匠真の姿を見つめていた。
「お父ちゃん、京都って、昔からこんな寂しい感じやったん?」
突然、匠真が顔を上げて尋ねた。その言葉は、幼いながらも過去の都に向けた憧れを含んでいた。
「いや、昔の京はな……ようけ灯がともっててな、音も光も、人の誇りも、ぎょうさんあったんや『平安京』いうて、千年以上前にできた大きな都があったんやで」
「へぇ……千年も前?」
「そうや。その真ん中に『大極殿』いうてな、帝さまの御殿があって、そこから国の政治が行われてたんや」
拓海は黙って小枝を手に取り、指先で撫でるように砂をなぞった。千年前の都を思い起こすように、大極殿の輪郭を浮かび上がらせた。手つきは丁寧で、どこか祈るようにすら見えた。
匠真は、父が描くその壮大な絵に目を輝かせ、真剣に見入っていた。
その数時間後――。
庭仕事を終えて戻ってきた拓海は、日が傾き始めた庭の片隅で、小さな人影が黙々と何かに取り組んでいるのを見つけた。匠真だった。昼に父が描いた平安京の図を思い出し、小石や木片を使って、砂場の中に「大極殿」らしき建物を再現しようとしていたのだ。屋根は何度も崩れ、柱も傾く。それでも匠真はあきらめず、繰り返し組み直していた。
拓海は、静かにその光景を見つめた。陽が低くなり、砂場の影が少しずつ伸びていく中、幼い両手が、消えた都の幻影を掘り起こそうとしている。
(ああ、人はこうして、形なき夢を形にしようとするんやな)
(はっ!!!!!これや)
胸の奥で、何かが音もなく点火した。ひとたび灯ったそれは、決して消えることのない熱になった。(この小さな手が、千年の都を掘り返そうとしている)
千年の風に消えた都を、未来へ。息子の瞳の奥に芽生えた「再現したい」という衝動が、拓海の中で眠っていた創造意欲に火を点けた。
(平安京大極殿を、再び。この京都に。この手で――)
その夜。焚き火の熾火のように胸を焦がす情熱を抱えたまま、拓海は眠れずにいた。
そして翌朝、まだ空が白む前、彼は足早に片桐の設計事務所へと向かったのだった。
「片桐さん! 大変なことに気づきました! 平安京そのものを、この京都に再現するのです!」
野々村は、息子との出来事を交えながら、自身の「気づき」を熱っぽく語った。片桐は、最初はそのあまりの壮大さに言葉を失ったが、拓海の真摯な眼差しと、そのアイデアの根源にある純粋な想いに触れるうち、次第に建築家としての魂を揺さぶられた。
「平安京…大内裏朝堂院…大極殿を、再現する…」
片桐の口から、具体的な建造物の名がこぼれる。彼の目標でもある「歴史的再現」という長年の夢が、今、野々村君の熱意によって、具体的な形となって目の前に現れたのだ。
野々村の「平安京再現」という魂の叫びが、片桐の中で「明治の技術の粋を集めた歴史的建造物の復元」という壮大な構想へと昇華した瞬間だった。二人の夢はこの時、確かに一つになった。
■3【平安京の幻影と、再生の誓い】
「不在だと?」
京都商工会議所を訪れた片桐陽介は思わず言葉を漏らし、その場に立ち尽くした。中村栄助――この夢を託すべき会長は、急な東京出張で数日は戻らないという。
「どうする…」
焦燥が胸を締めつける中、冷たい風が頬を撫でた。そのとき、京都商工会議所の玄関口で、ゆったりとした歩みを見せるひときわ背筋の伸びた人物が目に入った。
――佐野様?
その名を呟いた瞬間、陽介の背筋に電流が走った。あの目の奥に宿る光、どこまでも静かで、しかし揺るがぬ信念を湛えた眼差しは、誰よりも岩倉具視の京都文化首都構想を理解し、その志を胸に生きる男のものだった。
「佐野様!」
思わず駆け寄った声に、佐野常民はゆっくりと振り返る。年を重ねたその顔に刻まれた皺は深かったが、目元には変わらぬ優しさがあった。かつて元老院議長を務めた彼は、岩倉具視や片桐陽介と共に、京都を文化の首都として再生させる構想に奔走した中核人物だった。
現在は、博愛会の活動に注力しつつも、その志はいささかも色褪せていない。
「おお、片桐君か。久しいな。……元気そうで何よりだ」
「はい、おかげさまで。それに――こちらは、友人で庭師の野々村拓海くんです」
野々村が一礼する。佐野は軽く頷きながら、彼にも変わらぬ温顔を向けた。
「今日は博愛社の用事で京都に。偶然だが……懐かしい顔に会えて嬉しいよ」
「偶然じゃないと思うんです。……そう信じたいんです」」
片桐は思いを噛み締めながら、言葉を続けた。
「私たちには、今どうしてもお伝えしたい構想があるのです。お時間を頂けないですか?」
佐野の目が静かに細められた。旧友の真剣な眼差しに、彼は黙ってうなずく。三人は近くの会館の一室へと腰を移した。紙も図面も用意していない。ただそこには熱だけがあった。片桐と野々村は一気にその構想を語りはじめた。岡崎の地に、大極殿を中心とした壮麗な社殿を。かつての平安京の幻影を、千百年の眠りから、もう一度この京に息を吹き込むという、祈りにも似た奇跡を。そこに庭を添え、訪れる者すべての心を包み込む静寂と調和を生む空間を――。
「……つまり、それが君たちの“後世に残せるもの”だと?」
佐野は問いかけながら、組んだ両手をほどき、そっと膝に置いた。片桐は静かに頷いた。
「これは、まさに岩倉先生が遺された“文化首都構想”の継承です。そしてこの記念祭が、その実現の舞台なのです」
長い沈黙が落ちた。片桐は喉の奥が渇くのを感じた。やがて、佐野はゆっくりと立ち上がり、窓辺へと歩いた。秋の午後の光が、その背を淡く照らしている。
「……君たちは、ほんとうに素晴らしいものを見ている。私がウィーンで見た建築の力、それを君たちが、京都で形にしようとしているとは」
「かつて岩倉様が私に言ったことがある。“この都の未来を、本気で考えてくれる者が、必ずおる。その時が来たら、背を押したれ”。―君たちの目を見たとき、私はあの言葉を思い出した。あの人が最も期待していたあの少年たちが、今でもこうして灯を絶やさず、歩んでいた。ならば私は、かつての盟友として、その背を支えねばならん」
そう呟く声には、どこか懐かしさと希望が滲んでいた。
「君たちの構想、私が東京の平安遷都千百年紀念祭協賛会で副会長として提案しよう。近衛会長にも伝える。あとは――この風が、都に届くよう祈るとしよう」
その言葉を最後に、佐野は振り返らずに歩き出した。
片桐と野々村は、彼の背を見送りながら、拳をゆるめた。
■4【神宮創建の閃き】
冬の東京は、空気に張り詰めた緊張と期待を孕んでいた。
中村栄助は、重厚な扉をくぐるとき、ひと呼吸おいた。
(ここで京都の未来が動く──)彼の足元は自然と早くなっていた。
麹町の華族会館。その一室には、近衛篤麿公爵を会長とし、佐野常民、政府の要人、旧華族、文化人が一堂に会していた。「平安遷都千百年紀念祭協賛会」──その第一回の正式会合である。中村は席につきながら、改めて思う。
(博覧会だけでは終わらせられない。後世に何を残すか…それが、我々に課せられた問いだ)
近衛会長が口を開いた。
「諸君、刻は迫っている。我々は何を京都に、そして日本に遺すべきか──」
彼の静かな言葉には、確かな情熱が宿っていた。だが、議論はやがて堂々巡りを始めた。
記念碑、文化公園、伝統技術の殿堂……いずれも悪くはない。
だが、中村の胸にある渇望を満たすには、どれも届かない。
(また、決め手を欠いたままか…)
そのとき、佐野常民がそっと挙手した。
「一つ、提案がございます」会場が静まり返る。
「京都が千年の都と呼ばれる、その原点は、桓武天皇によるご遷都にございます。であるならば、その偉業を讃えるにふさわしい御方をお祀りし、新たな御社殿を建立してはと、私は考えます」
佐野は言葉をつづけた。
「大内裏朝堂院──とりわけ正殿・大極殿。その壮麗な姿を、今の技術と精神で岡崎の地に甦らせ神宮として創建する。これこそが未来へ繋ぐ真の『象徴』となるのでは」
一瞬、空気が凍った。
「大極殿を……復元?」「現代に、平安京を…?」
ざわめきが走る。だが中村は、ただその情景を想像していた。
先日、片桐と野々村が語っていた夢。それが、佐野の言葉で形を成し始めた。
やがて近衛会長が立ち上がった。
「佐野君、それは実に素晴らしい。桓武天皇をお祀りする新たな神宮──その名を、仮に『平安神宮』としてはどうだろう?」
その瞬間、空気が一変した。
「平安神宮…!」「夢ではない、やる価値がある!」
誰かが叫び、誰かが頷いた。反対の声は、一つもなかった。
佐野は静かに頷く。その瞳の奥には、亡き岩倉の影、片桐と野々村の情熱が映っていた。
こうして、平安神宮創建の構想は、歴史の表舞台へと歩みを進めた。
それはただの建築ではない。京都の魂を、未来に託す壮大な「祈り」だった。
■5【光明の刻、生涯を賭す道】
「よう戻った、中村はん!」
誰かが声をかけた。京都商工会議所の広間に入った中村栄助は、上着の裾を払いながら小さく頷いた。その顔には、数日間の東京での奔走の疲れと、それを上回る高揚が滲んでいた。
「皆、集まっておるな」中村はゆっくりと演壇に歩を進め、深く息を吸い込む。
「今しがた、東京での決定を持ち帰った。よう聞いてくれ——」
場の空気が、張り詰める。
「平安遷都千百年紀念祭。その中心事業として、我ら京都に——桓武天皇の御神霊をお祀りする“平安神宮”を創建することが、正式に決定された!」
一瞬、誰も息を呑んだ。
「社殿は、大内裏の正殿・大極殿を模す。建立地は、岡崎とする!」
「大極殿を……復元するのか!」「平安神宮……なんという荘厳な名だ……」
ざわめきとともに、熱が広がる。身を乗り出す者、膝を打つ者、拳を握る者。
中村はそれを制するように両手を広げ、声を響かせた。
「これは単なる記念碑ではない。千年の都、京都の魂を未来に刻む——その象徴を、我々民の力で築くのだ!」その言葉が、会場に火を点けた。
その後方、片桐陽介は腕を組みながら、中村の背中を見つめていた。
(大極殿を、今この時代に……)心が沸き立つ。だが、浮つくものではなかった。
むしろ、奥底に眠っていた情念が静かに覚醒するような感覚。
(建築家として、これ以上の挑戦はない。師・岩倉公の遺志を継ぎながら、自分の名をも後世に残す機会……これは生涯をかけた仕事となる)
片桐はそっと目を閉じた。あの日、岩倉に夜通し語られた“・京都を文化の都として再生するという構想。その中心に自らの名を刻める絶好の機会——
その隣、野々村拓海もまた、視線を逸らさずに会場の熱を見つめていた。
(神苑を……自らの手で。桓武天皇を祀る社の庭……)
彼の胸に浮かぶのは、これまで育ててきた庭ではなかった。これから生むべき、唯一無二の庭、京の土に、自分の生を刻む場所。静かに拳を握った。
やがて会議は散じ、人々は三々五々と会場を後にした。
片桐と野々村は無言のまま、隣室に用意された小さな卓へと向かう。そこには簡素な盃と、祝賀の酒が静かに置かれていた。言葉なく、片桐が酒を注ぎ、野々村が盃を差し出す。
そして逆に、野々村が注ぎ返し、片桐が受け取る。
「片桐さん——」
「野々村君——」
カチン。静かな音が交わる。それは、歓喜ではなく、決意の音だった。
信頼と覚悟。誇りと欲望。そして、千年の都に“名”を遺すための、静かなる誓いだった。
■6【試される志、巨匠の影と二つの才能の挑戦】
「……あの栄光が、他人の手に渡るかもしれない?」
その疑念が、片桐陽介の胸をかすめたのは、東京からの吉報を聞いた数日後のことだった。
野々村との祝杯の余韻も消えぬうちに、心に宿った焦燥は、静かに広がっていた。
その日、片桐の事務所に野々村拓海が姿を現した。目の奥に、言葉より先に訴えるものがあった。
「片桐さん……我々の意志を、正式に中村会長に示すべきです」
「中村会長へ。そして佐野様へ」
「我々こそが、この神宮を担うにふさわしいと。構想も志も、準備はできています」
その声には技術者としての誇りと、何よりも―名を刻みたいという欲が、隠しきれずに滲んでいた。片桐は黙って図面を見つめたまま、心の奥で答えを出していた。
「……私も同じことを考えていたよ、野々村君」
「この国家的文化事業は、我が生涯における最大の挑戦になる。いや、そうでなければならない」
「岩倉先生が遺した『文化首都・京都』の志。それを、建築家・片桐陽介の名で形にする。私は…そのために、ここまで来たのだ」
図面に落ちる光が、彼の目の奥の欲望を照らし出した。それは理念でも使命感でもない。己の名を、建築史に焼き付けたいという―ほとんど本能に近い飢えだった。
その夕刻、二人は中村栄助に面会を申し入れ、佐野常民も同席することになった。
京都商工会議所の一室には、東京決定の興奮と期待が、まだわずかに漂っていた。
「本日はお時間を頂き、誠にありがとうございます」
片桐が深く頭を下げ、野々村がそれに続く。
「平安神宮の社殿と神苑の設計、施工――ぜひとも、その任を我々にお任せいただきたく、参上いたしました」
「東京でもご承認を得た構想でございます。この京の新たな象徴に、全身全霊をかけて臨む所存です」
―誰にも渡さぬ。この機会だけは。
そう語らずとも伝わる執念が、二人の眼差しに込められていた。
中村と佐野は目を交わし、沈黙ののち、佐野が口を開いた。
「……お二人の覚悟は、しっかりと伝わりました。君たちの構想が、我々の発想の源泉であったことも事実です」
「ただし、これは国家の文化事業。京都のみならず、日本全体の象徴となるものです。設計にも、施工にも、万全を期す必要があります」
少しの間をおいて、佐野が口調を変えた。
「実は、社殿建築に伊東忠太先生を、神苑には七代目・小川治兵衛氏――植治殿への打診を進めております」
その名が出た瞬間、室内の空気が微かに揺らいだ。
片桐も、野々村も、言葉を失った。巨匠。まさにその名がふさわしい二人。
(……やはり、我々では力不足か)
一瞬、敗北の影が差しかけたが――中村が空気を断ち切るように、明るい声を放った。
「だが、我々は君たちを見捨てるつもりはない。むしろ―その力を、証明してもらいたい」
その目は、真剣でありながら、どこか挑む者への期待に満ちていた。
「具体的な設計図と構想案を提出してほしい。それをもとに、紀念祭協賛会および関係各所で審議し、最終判断としたい」
片桐は一瞬、目を伏せた。だがすぐに、瞳に決意の光を戻し、静かに頷く。
「……謹んで、お受けいたします」
野々村もまた、その声に重なるように言った。
「この挑戦に、すべてを賭けます」
佐野はふっと目を細め、二人の若き情熱を見つめた。
(この志が、時代を越える礎となるか――それは、彼ら自身が証明するしかない)
平安神宮創建――それは、名誉と野心を賭けた、静かな決闘の始まりだった。