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ネトコン13参加作品

神様は暇だった

作者: 白夜いくと

 神様は暇だった。


 歴史とともに名前が残らなかった神様は、大阪にあった祠を失い、そこら中をプラプラしていた。直射日光の鋭い春のことだった。


「最近は外来語がようけ飛び交っとるなぁ」


 神の言葉は風となった。しかしそれに気づく者はいない。


 神様は人の心に宿るので、祠なき無名の神様は人の目には見えないのであった。


「あーあー、無視ですかいそうですかい」


 いじけた神様、通りすがりにあっかんべーをしたり両指で人の影に鬼の角を生やしたりと、やりたい放題していた(子どもか!)


 ────しかし、神様は暇だった。


「天照大御神ほどの人気モンには……なられへんしなぁ」


 神様は腕を組んだ。どうにか信仰を集められないか。再び祠をつくってもらえないか。考えていたら午後になっていた。


 予定のなかった神様は、大阪の天王寺駅まで来ていた。


「ここは毎日賑やかやな〜。それに、いろんな人が見られる。最近の日本人は神よりも観光客ってもんに頼っとるんやな」


 神様は、駅ナカのオシャレなカフェを見渡した。四角く大きな旅行鞄に外来語が行き交う。クーラーの風が冷たくて心地よい。


「むかしはワイに願えば、夏に涼しい風とほんの少しの幸運を吹かせたもんやけど、かなわんわ……」


 快適で幸せそうな人達を見て、『自分なんて必要ないんだ』と凹んだ神様は、同じように忘れられた神が多そうな奈良に行ってみようと、JR(王寺行き)のホームに流れた。


「暑いなぁ」


 神様は、線路に咲いている名もなき花を見ていた。花が指さすように、揺れた。視線を送ると、黄色い線から出て、ボーっとしている青年を見かける。


(大丈夫か、アイツ)


 目が虚ろで、どことも焦点が合っていない。まるで神様が祠を失った時のような目をしていた。


 ガタゴトと電車が走ってやってくる。

 その時、青年の足が線路の一歩先を行った。


「いかん!」


 神様が叫んだ。

 大きな風が吹き、青年の足元に居た蝶が驚いて羽ばたく。


「うわあ!」


 青年は蝶を避けるように一歩下がった。そのおかげで電車が予定どうり来た。


(ワシのお陰で命拾いしたな)


 神様は自慢気に腕を組んだ。青年は、唇を噛んで加茂行きの電車に乗った。神様は暇だった。だからついて行った。奈良公園まで。


 神様は、青年の自殺をことごとく失敗に終わらせた。青年の唇は真っ赤になり、やがて歩きすぎて筋肉痛になったのか、鹿の横でヘタっと座りだしてしまった。


 午後の奈良公園は日照りが凄く強かった。


「暑いのう〜。なぁ、鹿よ」


 鹿は神の使い。神様の姿が見えているようだ。しかし反芻はんすう行為中の鹿は喋らずに咀嚼を続けていた。


 長閑な奈良公園に、青年の声がぶつぶつ聴こえる。


「死んだらおしまいだって思ってたのに。ぼくは会社をサボって死ぬつもりだった。死んで全部終わりにするつもりだった。蝶が飛んでくるなんて思わないじゃないか。うう、また明日が来る。明日が怖い。上司が怖い。部下も怖い。大事な資料づくり失敗した。絶対に怒られる……会社行きたくない。会社、爆発しないかな、いや、ぼくが爆発すれば良いんだ。ぼくなんか、ぼくなんか……あぁ死にたい……死にたい……」


 青年の反芻はんすうは念仏よりも長かった。これには東大寺の大仏もびっくりだろう。


(よくもまあこんなにグチグチと……)


 そんな時こそ、神に祈れば良いのに、と神様は思った。しかし神様は青年には見えていない。それを鹿は、はにかみながら見ていた。


「よし……死ぬぞ!」


 反芻はんすうが終わったのか、青年は再び死に場所を探すために勢いよく立ち上がった────刹那、めまいが彼を襲った。


 熱中症だ。


 鹿達が集まり「どないします〜?」等と神様に話しかけてきた。


「わ、ワシかえ!? んー、人を呼ぼうかの……あ、あそこに日傘をさした女性がおるわい……お~い!」


 神様は応援を呼んだ。吹いた風は女性の日傘を青年のところまで飛ばした。


「……あら大変!」


 女性は自分の日傘を青年に差し出して、できる限りの介抱をした。そのおかげもあってか、青年は意識を取り戻した。


「うーん……」

「お兄さん、大丈夫ですか?」

「……え? え、ええ……」


 青年の顔が一層赤くなった。これはどうしたものかと神様が様子を見ていると、おませな雌鹿が、


「一目惚れですよ」


 と口をモゴモゴさせながら神様に言った。


「ほう、一目惚れかぁ。ワシにそんなご利益があったとはのう」

「まぐれですよ、◯◯様」

「ハッハッハ」


 久しぶりに名前を呼ばれて気分の良くなった神様は、奈良公園に涼し気な春風を吹かせた。青年は、桜吹雪を両手ですくいながら、「ずっと前に国語で習ったんですけど……」と、女性を見つめて話しかけた。


「桜が、綺麗ですね」

「ふふ、そうね」


 鹿達が集まり噂を立てる。


「桜で告白するなら吉野ですればいいのに」

「いや、たぶん今の告白。伝わってないで」

「令和やもんな〜」

「な〜」


 恋バナをしだす鹿達の会話に神様は交れなかった。神様は暇だった。しかし、この『暇』は心地よいと感じた。


 だから神様は、奈良公園で地道に人々の信仰を集めることに決めた。


「よーし、やったるで〜!」





 おしまい

最後まで読んでくれてありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
とっても好きです!!!!信仰が集まりますように!!!
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