神様は暇だった
神様は暇だった。
歴史とともに名前が残らなかった神様は、大阪にあった祠を失い、そこら中をプラプラしていた。直射日光の鋭い春のことだった。
「最近は外来語がようけ飛び交っとるなぁ」
神の言葉は風となった。しかしそれに気づく者はいない。
神様は人の心に宿るので、祠なき無名の神様は人の目には見えないのであった。
「あーあー、無視ですかいそうですかい」
いじけた神様、通りすがりにあっかんべーをしたり両指で人の影に鬼の角を生やしたりと、やりたい放題していた(子どもか!)
────しかし、神様は暇だった。
「天照大御神ほどの人気モンには……なられへんしなぁ」
神様は腕を組んだ。どうにか信仰を集められないか。再び祠をつくってもらえないか。考えていたら午後になっていた。
予定のなかった神様は、大阪の天王寺駅まで来ていた。
「ここは毎日賑やかやな〜。それに、いろんな人が見られる。最近の日本人は神よりも観光客ってもんに頼っとるんやな」
神様は、駅ナカのオシャレなカフェを見渡した。四角く大きな旅行鞄に外来語が行き交う。クーラーの風が冷たくて心地よい。
「むかしはワイに願えば、夏に涼しい風とほんの少しの幸運を吹かせたもんやけど、かなわんわ……」
快適で幸せそうな人達を見て、『自分なんて必要ないんだ』と凹んだ神様は、同じように忘れられた神が多そうな奈良に行ってみようと、JR(王寺行き)のホームに流れた。
「暑いなぁ」
神様は、線路に咲いている名もなき花を見ていた。花が指さすように、揺れた。視線を送ると、黄色い線から出て、ボーっとしている青年を見かける。
(大丈夫か、アイツ)
目が虚ろで、どことも焦点が合っていない。まるで神様が祠を失った時のような目をしていた。
ガタゴトと電車が走ってやってくる。
その時、青年の足が線路の一歩先を行った。
「いかん!」
神様が叫んだ。
大きな風が吹き、青年の足元に居た蝶が驚いて羽ばたく。
「うわあ!」
青年は蝶を避けるように一歩下がった。そのおかげで電車が予定どうり来た。
(ワシのお陰で命拾いしたな)
神様は自慢気に腕を組んだ。青年は、唇を噛んで加茂行きの電車に乗った。神様は暇だった。だからついて行った。奈良公園まで。
神様は、青年の自殺をことごとく失敗に終わらせた。青年の唇は真っ赤になり、やがて歩きすぎて筋肉痛になったのか、鹿の横でヘタっと座りだしてしまった。
午後の奈良公園は日照りが凄く強かった。
「暑いのう〜。なぁ、鹿よ」
鹿は神の使い。神様の姿が見えているようだ。しかし反芻行為中の鹿は喋らずに咀嚼を続けていた。
長閑な奈良公園に、青年の声がぶつぶつ聴こえる。
「死んだらおしまいだって思ってたのに。ぼくは会社をサボって死ぬつもりだった。死んで全部終わりにするつもりだった。蝶が飛んでくるなんて思わないじゃないか。うう、また明日が来る。明日が怖い。上司が怖い。部下も怖い。大事な資料づくり失敗した。絶対に怒られる……会社行きたくない。会社、爆発しないかな、いや、ぼくが爆発すれば良いんだ。ぼくなんか、ぼくなんか……あぁ死にたい……死にたい……」
青年の反芻は念仏よりも長かった。これには東大寺の大仏もびっくりだろう。
(よくもまあこんなにグチグチと……)
そんな時こそ、神に祈れば良いのに、と神様は思った。しかし神様は青年には見えていない。それを鹿は、はにかみながら見ていた。
「よし……死ぬぞ!」
反芻が終わったのか、青年は再び死に場所を探すために勢いよく立ち上がった────刹那、めまいが彼を襲った。
熱中症だ。
鹿達が集まり「どないします〜?」等と神様に話しかけてきた。
「わ、ワシかえ!? んー、人を呼ぼうかの……あ、あそこに日傘をさした女性がおるわい……お~い!」
神様は応援を呼んだ。吹いた風は女性の日傘を青年のところまで飛ばした。
「……あら大変!」
女性は自分の日傘を青年に差し出して、できる限りの介抱をした。そのおかげもあってか、青年は意識を取り戻した。
「うーん……」
「お兄さん、大丈夫ですか?」
「……え? え、ええ……」
青年の顔が一層赤くなった。これはどうしたものかと神様が様子を見ていると、おませな雌鹿が、
「一目惚れですよ」
と口をモゴモゴさせながら神様に言った。
「ほう、一目惚れかぁ。ワシにそんなご利益があったとはのう」
「まぐれですよ、◯◯様」
「ハッハッハ」
久しぶりに名前を呼ばれて気分の良くなった神様は、奈良公園に涼し気な春風を吹かせた。青年は、桜吹雪を両手ですくいながら、「ずっと前に国語で習ったんですけど……」と、女性を見つめて話しかけた。
「桜が、綺麗ですね」
「ふふ、そうね」
鹿達が集まり噂を立てる。
「桜で告白するなら吉野ですればいいのに」
「いや、たぶん今の告白。伝わってないで」
「令和やもんな〜」
「な〜」
恋バナをしだす鹿達の会話に神様は交れなかった。神様は暇だった。しかし、この『暇』は心地よいと感じた。
だから神様は、奈良公園で地道に人々の信仰を集めることに決めた。
「よーし、やったるで〜!」
おしまい
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