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捌話 願いと呪いは裏表

「お二方、少しお時間ありますか?」

 族長が帰路につく二人の背中を呼び止めた。

「え?……ええ、構いませんが……」

 こくんと頷くリナを見て、少年はそう返答した。

「ではまず、巫女姫様は上にお越しください。聖賢竜殿がお呼びです。なにやら話があるとのこと」 

「はッ、ヒャいィッ!?」

 聞くや否やびくっと声が裏返り、鉱物のように身を緊張させたリナは、先程の勇姿はどこへやら、階段を上がろうとする時には右手足が同時に動く始末だった。

「一緒にいこ?」

 震える手を、反射的に掴んでいた少年。

 すると、冷たく固まった硬直がゆっくりと解け、怯えていたリナは柔らかな微笑を浮かべ、尖った耳の先端を少年の頬にくっつけた。

「もう平気」と短く添えて、彼女は階段をタタっと上っていった。

「時に少年君さん。呪法に興味がおありでしょうか?」

 不可解な行動にやや困惑していた少年は、少しして我に返り、大きく頷いた。

「では実際にお見せしましょう。聖賢竜殿の指示ゆえ、ご安心を」

 族長に従い、少年は極彩社の地下へ通じる階下を降りていく。

 整った和の空気感から無骨な機能美へと移ろい、極彩社を下から支える柱が九本も立ち並ぶ。その様式は洋風へと様変わりして、丸みを帯びた形状に照り返す床の奇麗さが視界の先にある物と不釣り合いで違和感があった。

 ここは資材置き場。大小の角材が転がり、紙や布、糸や板の完成品が置かれていた。その隣には耐久実験でもしているのだろうか、重量のある物を載せた飛扇が風を受けて浮遊を続けていた。

「地下の宮。とは名ばかりの実験場か遊び場ですがね。では始めましょう」

 外縁近くに併設された広場では、魔法の試しとなる丸太がいくつも用意されていた。その先には宿木の外壁で隔てられて、間違っても貫通はしない構造なのだろう。

 族長は中でも大きな丸太を二本立てると、少年の方へ向いて話し始めた。

「理想を現実に変える魔法は、現実を自分好みに蝕む呪法に勝てません」

 はじめは火には水、風には真空といった物理的な相性故かと少年は思った――だが、族長の不穏な気配を感じ取り、そう単純な話ではないと察した。

「いずれも物理法則からすれば異変。思いは世界を変えるきっかけ、その起こし方は二通り。魔法は願いで、呪法は怨嗟で発動します。それ故、魔法の方が種類も所持数も多いですが、呪法はひとり一つが大原則。理由はあまりにも危険。その為、現在は私のみ、条件付きでの使用を許可されております」

 淡々と述べられる説明に、閉口する少年。 

「百見は一成に及ばず。ではまず、魔法で棒を刀に変えてみましょう。上位魔法≪千影夢幻(せんえいむげん)≫」

 木棒が眩く光ると、一瞬で銀色に輝く刀剣になった。

「おぉっ!」

「本来不可能なはずの木から金属への変化も、本質を逸脱できる魔法なら実現します」

 眉間に皺を寄せて鬼の形相と化したアルフレッドは、湯立つような怒気をあらわにした。

「しかし呪法はその限りではなく、元の鞘から抜け出せない。故にこうなります。ふぅ〜……(まど)(しつら)(かげ)()れ――『呪法(じゅほう)』≪千影夢幻(せんえいむげん)≫!」

 簡易的な呪詛(じゅそ)か呪文を束ねると、全てが一点に収束するかのように、空気が薄くなったかと思えば、棒が根を張るような成長を遂げて、精錬された木刀になった。

「はぁっ……はぁ……呪法は、元の、性質のまま、形の模倣しか、できま……せん。が、効果の程はどうか?まず魔法の剣を振ってみますね」

 冷や汗を拭う疲労困憊の族長は、魔法の剣を上から下へひょいと一振りすると、強固な丸太をあっさり真っ二つに切り裂いた。

 「おお~」と拍手する少年には目もくれず、族長は魔法の剣を隣に突き立てて、呪いの木刀を震える指先で手に取った。

「次は呪法です。できるだけ離れて!刀の重さだけで振りますが、くれぐれも気をつけてください!」

 呼吸を整えた族長は、手のひらに木刀を立たせて、そっと傾け――重力によってゆっくりと振るわれた呪いの刀は、丸太の方向へ落下した途端――激烈な閃光と爆風が奔る!

「うわぁあああっ!?」

 車にでも轢かれたような衝撃が駆け抜ける。

 藁の様に軽く吹き飛び、少年の体が後ろの壁に勢いよく叩きつけられた。

 呪いの木刀の影響力はなおも止まらず、落雷のような爆音が反響し続け、斜線上にあった宿木内部にかけられた天魔護風陣の一部をも破壊してみせた。

「え〜……はい。やり過ぎましたね。はははっ」 

「……はっ?なんっだ……コレ。確かにこれは、比較にならんわ」

 刀の切るという効果を著しく逸脱して、制御可能な許容範囲を遥かに凌駕して、丸太があった場所は爆撃を受けた爆心地の様相を呈していた。

 さも当然のように跡形もなく消滅した丸太の行く末を見届けた少年は、怪奇現象のような、何が起こったのか全く分からなかった。

「本人の意思の質と量に応じる魔法とは異なり、呪法の怨嗟に際限はなく、瞬く間に指数関数的に増幅されたエネルギーは、常軌を逸する規格外となります」

 話を続ける族長は、魔法の刀を手に取ると、金属光沢が霧散して元の木の棒に戻った。

「そして、ここからが重要。このように魔法は解除すると元に戻りますが……呪法はどうでしょうか?」

 呪いの支配権を手放した瞬間――木刀はグニャリと曲がり、不気味な弧を描いて黒く染まっただけでなく、アルフレッドの腕に密接に絡みついてきた。

「怖ッ!?」

 身も凍るような寒気を感じた少年は、数歩下がって距離を取った。

「決して元には戻らず、代償として必ず恨みが遺ります。これを黒色化と呼び、近づくと伝播、波及する現象を汚染と言います。これが呪法です」

 魔法は便利な道具だが、呪法は凶器そのものだ。これが殺意を込めた怨嗟なら、大量破壊兵器と化して、この世界樹の森すら苦もなく壊滅できるだろう。

 歪な棒の成れの果てが放つ禍々しい重圧の禍々しさには、そうとしか思えない。

「先の会議では失礼しました。焦げ付きがこれに似ていた為、皆の疑いを強めてしまったのは、慚愧に堪えません。お詫びもかねまして、なにか、ご質問があれば」

「呪鬼とはなんだ」

 あまりに早く即答する少年に意表を突かれた族長は、一瞬表情を曇らせて、背を向けた。

「未知です――ので仮説で良ければ。呪法は呪鬼を呼ぶ降霊の一種とされており、カラフル絶対の禁忌。言う事も思う事すら禁止され、許可なく使えば追放処分となります」

 族長は、腕の枝を丁寧に外しながら異様な木刀を見せた。

「この木刀も、あとでお札を貼って封印せねばなりません」

 その後、屈託のない笑顔を向けたアルフレッドは、後片付けを始めた。

「それにしても、児戯にも等しい怨嗟でこの有様。呪鬼を作り出すような呪いは――いったい、どれほどの怨嗟だったのでしょうか……」 

「願いと呪いは……裏表……」


 その後、囲炉裏の間まで戻ってきた二人は、リナの姿を確認できなかった。

「まだ来てない。あ、そういえば、巫女姫とはどういった役目なのですか?」

 アルフレッドは最初こそ不思議そうだったが、すぐ納得した様子で口を開く。

「巫女姫は神楽の踊り子、そして神のお供になります。此度の神楽開催に反対意見もありましたが、巫女姫の御意向は絶対。族長の役割は、そのお手伝いさんに過ぎません」

「リナって、もしかしてコルトより偉い?」

 顎に手をやった族長は、少し首を傾ける。

「巫女姫の厳命は、族長と聖賢竜の両名が一度だけ差し止められますが、再度号令すれば逆らえません。しかし、その優れた叡智によって、聖賢竜殿は事実上の長のようではありますね。しかし立場は補佐役に過ぎません。ちなみに、少年君さんを監視対象としてカラフルに滞在させる決定も、リナさんがしましたよ」

 それは少年と少女が初めて出会う前の話なのだろう。少年の知らぬ間に、リナに何度も助けられていた事実を重く受け止めた。

「コルトネリウス殿が申しておりました。貴方だけは()()だと。遠慮なく頼ってあげて下さいね」

 彼の……というよりは、傀儡の言葉の真意が見えず、少年は頭を傾げた。


 すると、ドンドンと苛立ちが混じる杖の音が入り口方面から鳴り、白髪混じりの老人が再び現れた。

「のう、無駄話は済んだかえ?ちと言い忘れた事があってな。神前志合に追加条件を課したい。(わっぱ)が負けたらリナも追放じゃ」

 しゃがれた声から発せられた突拍子の無い筋違いなムト―の発言に、族長は顔をしかめる。

「厳命をお忘れか?それに巫女姫を追放しようとは無礼千万、身の程を弁えなさい」

 族長は無頼な老人をあしらう様に邪険にしたが、ムトーは毛ほども気にしなかった。

「勘違いすなよ。これは、そこなか細い命の為じゃ。魔法も使えぬ無能を夜に放てば死するのみ。それでは不憫じゃ。連れてきたのがリナ、夜の外出許可を持つもリナしかおらん。神楽の折に戻れば良い。適任じゃろうが?」

「論外です。リナさんは最も重要な人物。貴方と違って代わりがいません」

 老獪な老婆はここぞとばかりに言い放つ。

「ほうほう……つまり、やっとリナに本分を全うさせる気になったのかぇ?」

 聞くや否や、アルフレッドは怒気を露わにした。

「最終警告だ!ムトー・ブル・カラフル!真っ先に追放されたいかッ!?」 

 呪法を使った木刀を掲げて怒気を放ちながら声を荒げる族長アルフレッドの威圧感を前にして、流石のムトーも睨み返すだけだった。

「ちっ、コルトの傀儡めが……」

 置き土産に悪態をつきながら、ムトーは尾を引きながら社から出ていった。

「――すみませんでした。急に大声を出してしまいまして」

 静まる社にぎこちない失笑を混えながら、族長は頭を掻いた。

「いえ、あの、リナの本分というのは……」 

 少年が言い切る前に、階段から音が聞こえた。見上げてみると、リナが神妙な面持ちで降りてきた。

「リナ!?どうした?コルトに何を言われたの?」

 指を絡めたり変にモジモジして、なぜか彼女の様子がおかしかった。

「あの~……コルトさんから少年君に。その……、夜の……外出許可が下りました」

「何ですってェッ!?」

 弾けるような族長のあまりの驚き様に、少年は呆気に取られた。

「理由は言われませんでした。言う必要がないのでしょう」

 いきなりの急展開にリナも動揺して冷静ではなかった。

「あの~……夜って外出できないはずでは?」

「はい、ですが巫女姫は掟の例外、そしてこれからはあなたも自由に外出して構いません。これも因果ですね。リナさん、折角ですからアレを見せてあげたらどうでしょう?少年君さんも神楽に興味はおありですよね?」

 アルフレッドは知ってか知らずか、少年に助け舟を出した。神楽は巫女姫が行う一大行事だ。現場を見れるならぜひ行ってみたい。

「それではリナさん。お願いします」

 気持ちの整理がついていない様子ではあったが、リナは仕方なく頷いた。  


 自宅に帰るや否や、リナは忙しそうに外出の準備をしながら、棒立ちの少年に忠告した。

「夜の森では声を出さない!私の言う事には従う事!少年君にも厳守してもらうよ!」

「わかったよわかった。もう心配性だねぇ」

 リナはだらける少年の肩を捕まえた。

「夜に複数人で行動するなんて、前回以来なんだ。何が起きるか分からない。本当に危ないんだよ」

「……ならやめよ?わざわざ危険に飛び込む必要はないって。何なら明日の後にでも……」

 しかし言葉を強く遮るように、リナは断固として首を振った。

「ううん、行くよ……。あのコルトさんの……言うことだから」


 静寂と無音。無風が鎮座する森の中は、葉の擦れる音も無くあらゆる生命を拒絶するかの様に沈黙して、異様な不気味さを感じられた。

 半ば強引に連れられて、宿木の中腹、玄関の出入り口にある秘密の通路を通って、少年は夜の闇に身を投じた。

 真っ白の飛扇を床に置いて、やっとリナは口を開く。

「暗闇の静寂って、取り残されたみたいでちょこっと恐い、少年くんは?」

 彼は夜空を見上げると、月はおろか星もない暗天だった。光が全く無い時の目は、漆黒しか映し出さず、手を伸ばしても感覚を残して暗闇に溶け込んでいった。

「逆に落ち着く。人目を気にしなくて良いからね。ところで――」

「シっ――ちょこっと待って。もうすぐだから」

 リナは暗闇の先を見据えて、何かを待っている様子だった。

 尖った耳の先端がピクリと動くと、少年にもかすかに風を切る音が聞こえた。

 続けて、フィ〜という声が少年の耳に届いた。

「あれ?フェルネじゃん。何してんのこんな夜中に?」

 フェルネがムササビみたく翼膜を広げて、軽やかに着地した。

「夜目が利くフェルネにとって夜も昼も同じなの。明かりの無い飛行はフェルネと一緒なら平気」

 フェルネが先端に座ってから、飛扇へ乗るよう促すリナへ少年は尋ねた。

「飛ぶ前に、これだけ聞くよ。敵は、呪鬼か?」

 その名を聞いてしばらく静止したリナは、小さく頷く。

「十年前ね、五百人近くいた。でも今は百人余り……乗って」

 リナの無感情な声を、その時、少年は初めて聴いた。


 闇の中を突き進むというのは、目を閉じて歩く恐怖にも似ていた。

 一歩前に出すのが怖い、今、どこにいるのか、周りに何があるのか、どんな危険が先に待ち構えているのか……方向も距離感も不明のまま進む度、足がすくんで目を開けたくなる衝動が暴れ回る。心に募る不安は、先を知ることで解消してきたのだと、少年は思った。

 それは一時、子供が夜を怖がるのと同じかもしれない。想像力が発達する時期に、ありもしない魑魅魍魎の怪物に襲われるなどと言って、自由気ままに恐怖するのだ。

 だが、ここではそれが実現する可能性がある。

 彼ができることは、リナの両肩を掴む手のひらの感覚だけを支えに、じっと待つことのみだ。


 あれからどれくらい経ったろうか……声をかけようとしては我慢を繰り返して数時間後、ある変化が生じた。

 闇の中にポツポツと小さな灯りを見た。

 蛍みたいな仄かな白い光がゆらゆらと空中で漂っている。細かな白い粒は、粉雪がふわふわと舞うように降って、二人の間を通り過ぎていく。

「これは……幻覚?」

 無意識に声を出してしまい、ハッと口を閉じる少年の焦りを、気にしないでと言うように、リナも続いて口を開く。

「コレが見えたら小声で話して良いよ。これは無重力海流。虹鳥の対になる夜の王、泳牛(えいぎゅう)リーフシードの痕跡だよ」

「そいつ危険?」

「ううん、とっても安全だよ。暗がりも照らしてくれるし、無重力の流れは独自の生態系を率いているの。私が重力軽減を使えるのは、その光景が好きだから」

「へぇ~」

「夜の森でしか見れない現象で、発光する生物達が泳ぐ絶景は、忘れられないくらい奇麗だから、覚悟してよね!」

 仄かなネオンが照らすリナの綻ぶ笑顔から、緊張の糸を解いた少年は気がかりがあった。

「海流も気になるけど、なぜ無重力?この光は、変素がどうなってこうなってんの?」

「う~んと、なんだっけ?……夜の森は思念が凪いで穏やかな状態になるから、、世界樹から漏れ出した思念が変素と反応して願素になる時に発光するの。でも、すぐ崩壊して、消えちゃう一瞬の閃き。とっても綺麗だけど」

「願素の視覚化……興味深いな」

 手を伸ばしても触れられない白い光は、蛍の様に現れては消えてを繰り返した。

「呼べば来るよ。思い悩めば、変素が勝手に反応して粒子が集まるとリーフシードは寄って来るから」

 得意げに語るリナの様子に、気になる点があった。

「詳しいね」

「ぶっ、文献で読んだからだよ!?それに昔は、みんな夜でも活動してたから……それで~」 

 世界樹の幹の隙間から、巨大な物体が次々と這い出てきた。

 僅かな間からニョキニョキと伸びて、それは軟体動物のように伸縮自在のようだ。そして先端には無数に伸びる触手が展開された。

「ナニ?コレ……イソギンチャク?」

「あっ!?近くにいる!?これは行くしかないでしょ!」

 リナの操縦する飛扇が喜々として加速して、より光の粒子が集まっている明るい方へと飛んでいく。

 みるみるうちに段々と辺りが光のベールに包まれて、太陽の光が雲の間から差し込む時の光のカーテンのような輝きが木々の間から放たれた。

「えっ、へ?ゲッ!?なんか恐いんですけど!?」

「怖くないって!今からわかるよ。楽しみにしててね」

 強引な操縦で接近するリナは、光の群れの中心に向かって急上昇した。


 それは飛行機雲の様に線上に伸びながら、輝く渦の道だった。

「これがリーフシード。夜に活性化されたけど行き場を失った願いの残滓を集めて無重力の流れを作り、生態系を率いているの。私が重力軽減を使えるのは、この泳王に憧れてるから」

 優雅に漂う巨大生物が羽衣を振るわせ、幾つもの発光生物達を率いていた。

「あの鳥並みにでかい……巨大ウミウシだ。だがそれにしても美しい……綺麗な薄緑色に混ざる白い体色、碧い羽衣がすごく神秘的だ」

 まるで優雅に泳いでいるかのように、ひらひらと宙を移動していた。人の掌を広げたようなヒレを動かして、竜のような細い胴体の後ろには尻尾が伸びていた。

 その後ろには煌めく小魚の群れがくっついて離れず、子連れのクジラに巨大クラゲの上で眠るペンギンみたいなのまでいた。無重力海流はまさに、地上に降る夜空の天の川みたいだった。

「まさか夜の森で海の生物を見る事になるとは……思わなかった」

「リーフシードはね、ただ泳ぎ回っている訳じゃないの。この世界を見回って、世界樹の中から漏れた叶わなかった願いをね、今から私たちが向かう場所に送り届けるんだよ」

「そうか。つまり……これ全部……」

 ……むごい。

 この一つ一つが、命の証。これだけの数の思いが、未練が、夢半ばに散った。

 夜の世界樹の森は、昼とはまるで別物だと少年は思った。まるで墓場と同じ空気感は、リナと初めて話した場所に続いて二度目だから、瞬間、そう判断した。


 白い雪の降るような風景は、黒い霧のような瘴気とは真逆だ。

 瘴気の持つエネルギーは、やはり魔法と呪法と同じく、この粒子とは比較にならないのだろう。


 フィ、と小鳥のさえずりのようなフェルネの声。

「さ、寄り道はここまで!もうすぐだし、そろそろいくよ」

 フェルネに急かされた二人を乗せる扇子は、リーフシードが作った白い奔流を滑るように降る。

 流れ星のような大群がいくつもの河川と合流して大河を作り、燃え尽きながら集まってある場所へと流れ込む。


 清らかな空気に満たされた夜の闇に浸かり過ぎて、骨まで溶けていくかのような錯覚に酔いしれていると、リナが少年に真剣な眼差しを向けた。


「着いたよ。ここが神楽場。神事、神楽の舞台にして世界の中心に座す――始まりにして世界最古の御神木。ここから世界が始まったって言われているんだ」

 滝のように流れ落ちてできる白い壁で一周を囲まれた底抜けの窪地。

 その中央でひっそりと顔を覗かせる、光の結晶体のような世界樹の新芽。

 それは透明にも見え、角度によっては虹色に映る不思議な存在だった。


 僅かに映るソレを視界に入れた瞬間、少年は身の毛もよだつ強烈な吐き気が襲い掛かってきた。

 声もなく嘔吐(えず)き、肩を振るわせる――うぅっ、な、何だこの感覚?初めて来たはずだ、初めて見たはず!?なのに、なんで既視感があるんだ!?


 初めてなのに見た事がある感覚が、少年の頭の中で木霊する。

 身の毛もよだつ神秘が招き寄せるのは、果たして何を(かえ)すのだろうか……。

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