第70話 スピリテッド アウェイ⑦
丈一郎のパーティが光の中に消え、第五層の洞窟にはKIRCSの五人と、拘束されたジンだけが残された。
「さて、うちらも行きましょか」
祠堂和歌が、長かった戦いの終わりを告げるように、どこか気の抜けた声で言った。
和歌が先行して転移を試したところ、確かに彼らが入ってきた大阪ダンジョンの入口へと転移できたことが確認できた。その結果を受け、KIRCS菅原隊の面々は京都へ戻る準備を整え始める。
式神によって手足を固く拘束され、菅原と壬生に両脇を抱えられたジンは、その間、うなだれたまま一言も発しなかった。
だが、その静寂を破ったのは、そのジン本人だった。
「クックックッ……」
俯いたまま、喉の奥で押し殺すような、不気味な笑い声が漏れ出す。
「何がおかしい」
壬生が、いぶかしげにジンの顔を覗き込みながら問いかける。
ゆっくりと顔を上げたジンの瞳には、敗北の色ではなく、愉悦と……そしてどこか憐れむような光が宿っていた。
「いやはや、ネ……。ダンジョン転移とは、実に便利なものですネ。いったい誰が与えた力なのカ……まさか、ダンジョンの入口まで一瞬で戻れるとは思いませんでしたヨ」
そこでジンは、にやりと口角を上げ、含みを持たせるように続ける。
「――ですガ。あなた方は、まだ“その本質”に気づいていませんネ」
「……」
菅原は、ジンの言葉の裏にある意図を探るように思考を巡らせた。
入口――確かに、入ってきた場所に転移できるというだけの話だ。実際、彼らが潜ってきた大阪ダンジョンの入口へと帰還できることも、和歌が試して確認済みだ。
――だが、ジンの口ぶりは、それだけでは終わらない“何か”を示していた。
「転移の力は、ダンジョンの権能、その力を使っているということは間違いないでしょうね」
「では、ヒントを差し上げましょう」
ジンは、まるで教師が無知な生徒に教え諭すかのように、楽しげな声音で続けた。
「あの男は、私とイザベルの力――職業とスキルを、その身に奪い取った。では、私とイザベルは、ここへ、一体どこの入口からきたと思いますカ?」
「何を言って……」
動揺を隠せない壬生を横目に、菅原の脳裏では、散らばっていた情報がひとつの恐ろしい可能性へと繋がり始めていた。
――転移の識別。奪われた力。そして、ジンたちがここへときたルート。
「まさか……。もし、ダンジョンのシステムが、その者の持つ職業を“力の源流”として個体を識別しているとしたら……あの男の転移先は……」
菅原が、戦慄を押し殺すような声で呟く。
「さて……どこへ行ったんでしょうネ?」
ジンの口元に浮かんだのは、憐れみか、それとも愉悦か。
「最悪、その魂はバラバラに……。良くても、我々二人分の力に引っ張られて、想定外のことが起きているでしょうネ」
クックックッ……と不気味な笑い声だけが、静まり返った洞窟の奥にいつまでも響き渡っていた。
* * *
(“ダンジョン入口”を選択……)
丈一郎が脳内で転移先を思い浮かべた瞬間、足元の魔法陣が眩い光を放ち始める。
景色がぐにゃりと歪み、視界は真っ白な光に包まれた。体を縛っていた重力がふっと消え、一瞬の浮遊感。
そして――目を閉じ、再び開いた次の瞬間。
目の前に広がるのは、青黒く静まり返った夜の海。その向こうには、天を突くように乱立する摩天楼の影。
街を彩るネオンの残光はなく、周囲の看板に書かれた文字は日本語ではなく、見慣れない繁体字と英語。
――そして、周囲を徘徊する死体たち。
だらりと下げた首、焦点の合わない白濁した瞳。だが、その動きはゾンビとは明らかに違っていた。両足を揃えたまま跳ねるような足取りで、痙攣するように身を揺らし、手を前に突き出して空を掴むように進む。
「……なんだ、これ……どこだよ、ここ……」
その異様な光景に、丈一郎は言葉を失った。
転移した先が、自分の知る場所ではない――今わかることは、その事実のみであった。
ここまで読み進めていただきありがとうございました。
第1部はこの話で終わるため、第2部の準備は進めていますが、一区切りとさせていただきます。
最終局面までのプロットはありますが、書いているうちに変わってきている部分や、広げたい部分も出てきており、色々見直しをしながら準備をするため、少しお時間をください。
初めてまともに書いた小説ということもあって、読み返すと拙い部分も多くあり、ここ最近モチベーションが停滞していました。
そんな中、いただいた感想を読み返して活力にして、一部の完結まで更新できました。
これからも感想や評価をいただけると大変ありがたく、励みになります。
よろしくお願いいたします。




