第67話 スピリテッド アウェイ④
後方では、押し寄せる数百のモンスターの波を、菅原隊が食い止めていた。一体一体は脅威ではない。だが、その圧倒的な物量は、熟練した彼らですら前線への加勢を許さなかった。
彼らは自らの持ち場を固めながら、中央で繰り広げられる異次元の戦いを、驚愕の目で見守っていた。
「なんや、あいつ…! 人の能力に直接制限かける、聞いたことないで! 疾風斬符!」
祠堂和歌が、短縮符によって繰り出した斬撃で、モンスターの首を刎ねながら叫ぶ。その横で、双子の橘兄弟もまた、呼吸を合わせるように戦いながら、信じられないものを見る目で声を上げた。
「当たり前のように複数のスキルを同時に使いこなしてるね」
「しかも、魔法使いに霊媒師に結界術、異なる職業のスキルを組み合わせてるよ」
その言葉通り、ジンの戦い方は常軌を逸していた。
彼は霊媒師のスキルで呼び出した霊を、魔法使いのスキルである火球に宿らせ、意思を持つ火の精霊として従える。丈一郎がそれを剣で払えば、今度は結界師のスキルで彼の四方を瞬時に光の壁で囲み、その内部に魔法で業火を生み出す。
それは、単一の職業では決して到達し得ない、複合的で、殺意に満ちた芸術だった。
「ぐっ…!」
炎の檻から強引に脱出した丈一郎の体には、無数の切り傷と火傷が刻まれている。だが、その傷は次の瞬間には舞が放つ癒しの光に包まれ、みるみるうちに塞がっていく。
「治癒!」
後方で菅原隊の面々から守られつつ、舞は丈一郎へと必死に回復術をかけ続ける。しかし、その顔は青ざめ、額には玉の汗が浮かんでいた。
傷が癒えるそばから、ジンの容赦ない追撃が新たな傷を刻む。まるで、終わりのない消耗戦。丈一郎は、ジンの猛攻とステータス低下という二重の枷によって、徐々に、しかし確実に追い詰められていた。
「私のせいで…」
舞の唇から、か細い懺悔の声が漏れる。
自分が人質になったから、丈一郎は力を封じられた。援軍が来たとはいえ、自分がこの場にいることで、彼は無茶な戦いを続けているのかもしれない。
癒しても、癒しても、その身に刻まれていく新たな傷。血を流し、歯を食いしばり、それでも自分の前に立ち続けるその背中が、舞の胸を締め付けた。
その傷だらけの姿が、遠い記憶の残像と重なる。
祭りの日、自分のために藪の中を探し回り、ボロボロになって現れた幼い日の彼の姿。あの時、彼は言った。
『必ず俺がなんとかしてやるから。だから約束しろ。……泣くな』
涙が、今にも溢れそうになる。だが、舞はぐっと唇を噛みしめ、涙をこらえた。
目をそらさず、丈一郎を見る。彼はただやみくもに傷ついているだけではない。その瞳は、絶望に曇ることなく、ジンの動き、スキルの癖、その全てを観察し、分析し、突破口を見出そうと、今この瞬間も戦い続けている。
昔も、今も、なにも変わらない。
いつだって、彼は諦めずに前へと進んできた。
その姿に、ずっと憧れていた。惹かれていた。
でも、大人になるにつれて、いつの間にか距離ができてしまった。隣に立つことすら、なんだか気後れしてしまって。
病院で助けに来てくれた時、どれほど嬉しかっただろう。
そして、今度こそ彼の力になりたい、ただ守られるだけじゃなく、その隣に立ちたいと、どれだけ強く願っただろう。
――そして、それは、きっと今。
この場に自分がいる意味。それは彼の力になることだ。
そう固く決意した瞬間。舞の脳内に、世界からの祝福を告げるかのように、テキストが現れた。
《光導巫女、上位職への開放条件を満たしました》
《日照聖女へ進化させますか? 【はい/いいえ】》
もう、迷いはなかった。
舞は祈るように指を組み、そして、これまでとは比べ物にならないほどの強い意志をその瞳に宿して、前へと進み出る。
(――はい)
心の中で応じると、胸元から全身へと温かな光が広がり包み込みこむ。前に進む彼女の想いに応えるように、新たな力が漲るのを感じた。
舞は、傷つきながらも戦い続ける丈一郎の背中に、その全ての想いを込めて、新たな力の詠唱を紡ぐ。
「我らが身を縛る暗き印よ、いま太陽の環にて解かれよ――陽環解印!」




