第6話 デッド・バイ・フォレスト︰第三層探索
――しばらく、第二層を回っていた。夜が来るたび、丈一郎はスイートルームを出て、新宿駅の地下へと潜っていった。すでに“通い慣れた”道。第一層はもはや素通りに近い。だが。
「……経験値、溜まんねぇ……」
三日間、スライム狩りに集中してみて、ようやく気づいた。この層では、得られる経験値があまりにも少ない。1体で経験値1。まともにレベル上げをしようとすると、時間がかかって仕方ない。一方スキルはそれなりに育っている。
溶解液:5回追加。Lv5に成長。
体当たり:6回追加。Lv9に到達。
収納:1回。Lv2へ。
「……いやまあ、育ってはいるけどさ。偏り方よ…」
火力として頼れるスキルにはなった。体当たりはスライム相手には効果がないことや、以前ゾンビに試したら大変なことになった…シャワーも川もないため地獄だった…ので、それ以降使っていない。
溶解液はゾンビに試したところ一撃で倒せたが…絵面がヤバいのでやっぱり封印。
そして収納。レアリティが高いのか、かなり入手確率が低いようだった。レベル1ではリュック程度だったが、レベル2ではスーツケース2個分入ることが分かった。また、いろいろと試して分かったことがある。
・収納したいものも意識すると収納できる
・取り出そうと考えると取り出せる、場所の指定も可能
・何が入ってるか意識すると頭の中でリストを確認できる
・収納、取り出し共に対象距離は半径3メートル程度
・おそらく時間経過はする。時計の針は進んでいたし、火をつけた紙をしばらくして取り出すと燃え尽きていた
・生きたスライムは無理だったが、倒した後であれば収納できた
・捕食したモンスターは消えるため、その直前に収納しようもしても無理だった
・どれくらい入ってるかなと考えると利用率もでる親切設計
何にしても収納スキルは間違いなく当たりスキルだろう。今後も育てていきたいスキルなので、食料などを詰め込み利用率は常に50%以上になるようにしている。けれど――
「……そろそろ次、行ってみたいな」
そんな事を考えながら第二層の最奥探索を進めていると――
「……あった」
視界の先、苔むした岩壁の間に、滑らかな石階段がぽっかりと口を開けていた。“第三層”へ続く階段。階段の前には、スライムが3体。
「行き止まりだから溜まりやすいのかな」
大玉スイカサイズの青い球体が、ぷるぷるとこちらを見上げていた。丈一郎は無言で鉄パイプを構えた。
――ズブッ。
一撃、また一撃。三体すべてを、突きで崩す。その瞬間、頭の中に“音”が響いた。
《スキル『体当たり Lv.MAX』を獲得しました》
「体当たり Lv.MAX……カンストか?」
少し期待していた進化や派生スキルは、今のところ現れない。
「10で打ち止め……って感じだな。検証はまた今度でいいか」
そのまま階段を下りる。第三層――そこは、またしても空気が違っていた。
「……森?」
目の前に広がっていたのは、鬱蒼とした森林だった。振り返ると岩壁に穴が空いており、降りてきた階段が見える。第二層までのような閉塞感はまるでない。むしろ空間は広く、空気が澄んでいて、湿った土の匂いが鼻をくすぐる。だが、丈一郎が本当に驚いたのは――その“空”だった。
「……え、天井がない……?」
見上げたそこには、まぎれもなく空があった。雲の隙間から覗く太陽も、はっきりと見える。
「うっそだろ……地下、だよなここ……?」
さすがに目を疑った。これまでの層は確かに“地下”の雰囲気だった。圧迫感のある岩壁、湿った空気、閉ざされた空間。だがこの第三層は、違う。
太陽の光が降り注ぎ、風が梢を揺らし、月光が木々の隙間から降り注ぐ。
「これ……再現とかのレベルじゃねえぞ……」
不自然に整った構造でもなければ、ホログラム的な違和感もない。むしろあまりに“本物すぎて”、逆に現実感が薄い。
この空が本物の新宿の空なのか。それとも、別の空間と繋がっているのか――
「……今は正午すぎ…太陽の位置的に地上と時間、連動してるっぽいな」
ふと、そんな可能性を考える。“時間”が連動しているなら、あの太陽も地上のものと同じ座標を持っているのかもしれない。
(ってことは、何らかの仕組みで“地上の空を写してる”のか)
答えは出ない。だが、確かにここは“森”だった。木漏れ日が落ちる小道が、丈一郎の前に続いている。
「……行くか」
鉄パイプを手に、ゆっくりと歩を進める。足元の土は柔らかく、音を吸い込んでいく。その静けさが逆に、周囲のわずかな気配を際立たせた。そして――丈一郎は気づいた。
「……いたか」
木立の向こう、低いシルエットが3つ。影のように静かに動くそれらは、あきらかにスライムではない。目を凝らすと、細身の体。尖った耳。手にした木の棒。
「……ゴブリン、だな」
ついに来た。ゾンビに次ぐ人型の“モンスター”。
ゾンビと決定的に違うのは、敵は本格的に“知恵”を使ってくる可能性がある。現に目の前の3体は、付かず離れずまとまって行動しており、それぞれ別方向を警戒しているようだ。丈一郎は、深く息を吸い込んだ。
「慎重に行こう――」
丈一郎はその場を離れ、森の奥、ゴブリンたちの気配が届かない位置まで移動した。
「さて……罠の準備でもすっか」
周りに敵がいないことを確認すると、収納スキルで道具を取り出す。手元に、ホテルの倉庫で見つけた折りたたみ式スコップが現れる。もともとは第二層を掘って調査するつもりで持ってきていたものだ。そして、地面に刃を立てる。
――ザクッ。
「……おお。掘れる掘れる。STRのおかげだなこれ」
土は柔らかく、思っていた以上に作業はスムーズに進んだ。力も持久力も向上している今、2メートルほどの深さの落とし穴を掘るのに、十分な時間も労力も必要としなかった。
「……あとは中身か」
丈一郎は右手を見下ろし、《溶解液》を発動。ぬらり、と手のひらから青白い液体が滴る。そのまま落とし穴の底に手を突き出し、溶解液を放出していく。じゅわ……じゅわ……と土の底が濡れ、薄く蒸気が立ちのぼる。30センチほど液が溜まったところで、丈一郎は納得したように頷いた。
「……これで、落ちればただじゃ済まないはず」
カモフラージュのため、枝と枯葉で穴の上を覆い、罠は完成した。罠を掘った近くの木の上で、敵が来るのを待ち伏せすること20分。
少し離れた木立の先には、さっきの3体のゴブリンたちがまだうろついていた。全員、手には木の棒を持ち、軽く周囲を警戒しながら移動している。
(よし、あいつらをターゲットにするか)
丈一郎は小石を拾い、罠の近く、音が反響しやすい木の根元へ向かって投げた。
コツンッ!
ゴブリンたちが反応し、1体が警戒しながら近づいてくる。
(……おいでおいで)
目論見通り、罠のほうへと進む個体。足を踏み外した瞬間――
ズザッ!!
穴へと落下。
「一丁あがり」
だが、そこで他の2体も異変に気づき、こちらに向かってくる。
(ここからが本番だ)
丈一郎は木の上から飛び降りた。5メートルほど先の1体のゴブリンに向けて体を前傾し、地面を蹴った瞬間、全身が矢のように加速する。
――体当たり Lv.MAX 発動!
ゴブリンが声を上げる間もなく、丈一郎の突進が命中した。
ドゴォッ!!
「――うおっ!?」
吹き飛ばされたゴブリンは、後方の木に激突。バキィッ!!と幹がへし折れる音が響いた。
駆け寄って確認するまでもない。木の幹に頭を叩きつけられたその個体は、頭蓋骨が陥没し、即死していた。
「やっっっっべ……Lv.MAXってここまで威力が上がるのか……!」
自分で繰り出した技の威力に驚きつつも、内心はガッツポーズだ。衝撃に、残りの1体が呆然と立ち尽くしている。丈一郎は躊躇なく間合いを詰め、鉄パイプを横薙ぎに一閃。
ガツン!!
乾いた衝撃とともに、最後のゴブリンも崩れ落ちた。一瞬の静寂のあと、勝利を告げるアラートが鳴る。
《経験値を獲得しました》
《レベルアップしました》
「よっしゃ!」
そして、次の表示が――
《捕食対象:ゴブリン》
《捕食しますか?(Y/N)》
「きたーー!!」
拳を握りしめ、空を見上げた。